第16話 某国の王子を愛した魔女と、お抱えの魔女を愛した某国の王子

「それで、犯罪者を連れて来ちゃったのかい? アルケー……」

 

 僕らは、今回のヴィーナス・トラップを回収した事で仕事は完了。されど、指を落とさないと回収できないそれを持って戻ってきた僕らは取り調べにあった。と言ってもリトが見事にファランの指を落として回収、その間にファラン達は逃走した事にしている。もちろん指は死んだ冒険者の物を拝借した。

 リトはサリエラ先輩が用意したお菓子と果物を一心不乱に食べている。ファランとデリンジャーは出されたお茶に口をつけようともしない。

 もちろん、敵の巣窟にやって来た状態だ。

 

「約束しました。彼らを逃す。その代わりにユナの情報をもらう」

「ふーん」

 

 サリエラ先輩は冷たい目で二人を見つめる。それは自分は約束なんかしていないとそう言うつもりに僕もファランとデリンジャーも思えた。

 

「二人は当然、馬車の操縦はできるよね?」

「もちろんだ。国々、町々の移動に魔法だけではくたびれるからね」

「丁度いい。アルケーとリトを次の職場まで運んでくれないか? その後であれば馬車はそのまま君たちにあげるよ。足にするなり売るなり、馬を食べるなり好きにすればいい」

「それだけかい?」

「それだけだよ。君は話によるとランバラ王家の者らしいじゃないか、そして王宮お抱えの魔女がデリンジャー」

「国は奪われ、お尋ね者だがな」

「いいんだよ。君はいずれ国を取り戻す。私が言うんだから間違いない。これからは王族、貴族、多く後ろ盾が欲しいし、それに……身分を超えた愛を応援したい私もいるのだよ?」

 

 なんですと?


 ぴくりとリトですら反応した。確かにファランはヴィーナス・トラップの力をデリンジャーに使わなかった。いや、使う必要がなかったと言うべきなんだろう。だって二人は相思相愛なんだから……王宮仕えの魔女に恋した王子と、仕える国の王子に恋した魔女だなんて戯曲にでもなりそうな二人組だな。


 僕は二人のことを少し勘違いしていた事に気づき恥ずかしくなった。そんな二人とサリエラ先輩の視線は僕に向けられる。これはサリエラ先輩がファランとデリンジャーに依頼する僕とリトの次なる闇バイト……についてだろう。

 

「あのサリエラ先輩、僕らの次の仕事って……」

「そういえばまだ言ってなかったね。次はあれだよ。エゼルグリン高官学校の臨時教師をしてもらうよ」

「エゼルグリン魔法学園の事ですか?」

「あー、平民にはそう伝わってるんだっけ? 魔術師養成が主だけと、全体の3割くらいは騎士や魔法騎士課があって、わずかだけど危険魔道具管理官、カンタービレの受験希望者もいるから定期的に講義もしてるんだ。エゼルグリンを卒業していればカンタービレになれなくてもカンタービレの手伝いや助手になれる場合もあるからね。基本的にカンタービレの受験合格率は君も知っての通りで若くして合格は意外と難しい。私だってカンタービレの先輩の助手をしばらく続けて合格したくらいだからね。要するに未来のエリートがいるからもしれない。で、今回ゴールドランクの君は私の代わりに受験生達に講義をしてあげて欲しい。もちろんリトは用心棒として連れて行ってくれたまえ」

「え? サリエラ先輩、それって……授業をする以外には?」

 

 いつもなら、建前の仕事は授業で本当に必要なサリエラ先輩の本音の部分があるハズなんだ。危険や血生臭く、全く慣れない闇の仕事。

 サリエラ先輩はファランがわけてくれた南方の豆を引いて作るお茶、珈琲を口にしながら、しばらくの間を置いて言った。

 

「ないよ。講義をしに行くだけ。しかも普段より薄給だ」

「講義をしに行くだけ? そんな馬鹿な……」

 

 僕は僕の本音をつい口にしてしまった。それにミルクに浸したお菓子を食べているリトの手も止まり僕を緋色の瞳が見つめた。そんな事ありえないだろうという僕の憶測と表情をサリエラ先輩は読み、そして呆れ顔で僕にこう言った。

 

「あのさアルケー、君は私の事を処刑執行の指示役か何かだと思っているのかい? 一応、この危険魔道具管理官、カンタービレの総責任者だよ。本来裏の仕事より表の仕事の方が多いんだよ。で、魔道具の管理やメンテナンス、座学しかしていない君にもカンタービレの仕事をさせないといけないと思って今回、三ヶ月間の就任期間を取ったんだよ。ちょっとした勉強期間とリフレッシュタイムだと思えばいいよ」

 

 僕の未来はリトと歩む事を選んだ時点で、闇の道しかないと思っていた。それでも僕は自力で勝ち取ったカンタービレという資格に誇りを持っていた。妹を取り戻す為に全人生をかけるつもりでもいた。

 だけど……いざ、カンタービレとしてちゃんとした仕事が出来ると言う事に期待で胸を膨らませていた。こんな日が来るとは思っていなかった。

 たった一つの未来にかけて全てを諦めていたハズの僕だったけど、サリエラ先輩に敬礼し、

 

「サリエラ先輩、ジュデッカの代表として恥ずかしくないよう。三ヶ月の就任期間を勤めて参ります」

「よろしく頼むよアルケー。君の同期のソル・フレイヤも同じ学校に就任するから仲良くしてあげてね」

 

 ソル・フレイヤ……あー! 一緒に合格した貴族の女の子だ。そういえばみんな各国や街々の魔道具協会で仕事してるんだよな。唯一同期で出会った奴といえば、ユイウス・サタナーバーだったっけ? リトにちょっかいかけて大怪我した奴。あいつは従者なんか連れて威張ってたけど……ソル・フレイヤはどうなんだろう? 喋った事もないし、平民の僕の事なんて向こうも覚えてないだろうな。

 

「分かりました。がんばります」

 

 僕はこの時、あまりにも通常業務に関われる事が嬉しくて、サリエラ先輩の顔をしっかりと見てはいなかった。リトを用心棒として連れて行く、エゼルグリン高官学校。学校内の安全は保障されているハズなのに……用心棒が必要だと言った意味をあとで知る事になる。

 そんな事も知らずに僕は期待と不安を抱えながら、ファランさんが操縦する馬車に揺られ、エゼルグリン高官学校へ向かう。道中で馬車の荷台にリトと共に座っているデリンジャーに話しかけられた。

 

「アルケーと言ったな少年」

「僕に何か?」

「少年はどこか別の世界に行った妹を探す為にカンタービレになったと言っていたな?」

「えぇ」

 

 こんなに喋るデリンジャーは僕も初めてで少し驚いていた。リトはすぴー、すぴーと寝息を立てて寝ているので、危険性はないんだろう。時折デリンジャーはリトに殺意を込めた視線を送るとリトは目を開けるけど、僕の方を向いて話し出した。

 

「私は魔道具に関してはそこまで明るくはないんだが、もしかすると少年が探している魔道具というのは私たち魔女界隈では“テオドール“と言う物。恐らく少年達カンタービレの中では……クラスター・アマリリスの事じゃないか?」

 

 なんだその魔道具……デリンジャーはなんでそんな事を知っているんだ? 僕は魔女のデリンジャーが僕を騙そうとしている可能性を考えながら、

 

「デリンジャーさん、その話。どうしていまここで?」

「カンタービレの協会にいたあの男はどうも信用できない。これは女の勘だと言っておこう。が少年は、あの男の手先だったとしても力も権力もない平民出だ。不条理に立ち向かうにはあの男のような後ろ盾が必要な事も分かる。そして少年は優しい。ファランの指をすぐに治してくれた礼だ。クラスター・アマリリスは時と空間を超える魔道具。その性質故、一つの場所に留まっていないと聞く。恐らくあの男も君の妹が消えた魔道具の事については知っているハズだ。だが、所在を探す事が困難故に君にその話をしていないんだろう」

 

 ガタンガタンと足場の悪い道を馬車は走っているんだろう。だけど、僕はそんな状況よりも、デリンジャーの話に釘付けになっていた。自ら移動する魔道具なんて聞いた事がない。そんな魔道具どうやって確保すればいいのか……サリエラ先輩の事だから、その魔道具を確保する為の魔道具を探しているかもしれないけど……

 

「そんな話を僕にして何か見返りがあるんですか? それに僕はその話を半分程は信じていません……魔女には用心しろとサリエラ先輩にも言われていますし……」

 

 僕の言葉を聞いてデリンジャーはフッと笑った。それは僕のブラフが読まれたんだろう。そりゃ十代の子供と長い年月を生きた魔女じゃこういう場数慣れは違いすぎる。これ以上喋るとボロが出そうなので黙秘を貫こうと思った時、デリンジャーさんの提案。

 

「悪いが、馬車の操縦を代わってもらえないか? ファランと私はこのあたりで消えさせてもらう。恐らく君をエゼルグリン高官学校に送り届ける仕事の後に私たちはあの男の差し向けた刺客あたりに襲われるだろう。返り討ちにもできなくはないが……できれば無駄な衝突は避けたい。魔道具の情報が何かわかれば少年に直接情報を伝える事を約束する。まだ私もファランも生きなければならない」

 

 まだ生きなければならない。

 それは、死場所は既に決めていると言っているようなものだ。二人の中ではユナと言う存在の復讐しかないんだろう。それまでは捕まるわけにも死ぬわけにもいかない。僕は頷いた。

 

「分かりました」

「少年、ありがとう。私たちが魔法で襲撃をかけ、馬車は大破した事にしてくれればいい」

 

 そう言うとデリンジャーは魔法を詠唱して、荷台を破壊、僕とリトに浮遊の魔法をかけると安全に着地され、ファランとデリンジャーは馬に跨って逃走した。二人が手を振っているので、僕は片手を小さく上げた。虚をつかれて逃走された。殆ど事実だ。サリエラ先輩にそれを報告するのは、三ヶ月の就業が終わってからでもいい。

 ひとまずはアゼルグリン高官学校へ入らなければならない。

 

「リト、少し歩くけど頑張ってね」

「問題ない」

 

 一体歩いてどのくらいかかるのか、先行きが不安になった時、一台の大きな馬車が通りがかるので僕は大きく手を振って馬車を止めた。操縦している男が、

 

「何者か? 冒険者か?」

「いえ、馬車を壊されてしまい。徒歩でアゼルグリン高官学校に向かっています。カンタービレです。お金は払います。近くまで乗せていって狗れないでしょうか?」

 

 僕のお願いに操縦者が何か言いかけた時、「何事ですか?」と馬車の荷台から降りてきたのは金髪の貴族の少女。ブロンズランクのカンタービレを意味するバッチ。彼女は……

 

「貴方は平民出、飛び込みでカンタービレの試験を合格し、現在ゴールドランクのアルケー・ダニエルさんではないですか? 私、覚えていないかもしれませんが同時期に合格したソル・フレイヤと申します! あのよければ中でお話ししませんか?」

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