闇クエスト3 盗賊と魔女の逃避行

第13話 魔女と盗賊の逃避行中。魔道具を回収せり、生死は問わない

 サリエラ先輩が僕らに命じた次の仕事は現在冒険者ギルドでお尋ね者となっている盗賊のファランと魔女のデリンジャー。たった二人で様々な場所を荒らしては金品を強奪して恵まれない人々に施す所謂たった二人の義賊の討伐任務……ではなく、ファランが持っているであろう対象一人を魅了する魔道具。

 

「ヴィーナス・トラップをファランが持っていると見て間違いない。魔女一人を自分の虜にして自分の力に変えてしまうんだ。アリエルを殺したとはいえ、気をつけるんだよ?」


 というサリエラ先輩の言葉。魔女のデリンジャーは盗賊ファランの持つ魔道具で魅了されているというのが魔道具協会の見解らしい。とはいえ神出鬼没の二人組の盗賊をどうやって捕まえるというのか……そこら中、冒険者達が張ってるんだ。こんな所に現れるわけがない。僕は仕方がないのでリトに、

 

「ギルドの食堂でミルクでも飲もうか?」

「うん。ミルクは美味しい」

 

 リトは食べ物は大抵普通と言うけど、ミルクは美味しいと言う。ミルクは全ての生物を育てる命の水だなんて教会では教えてるくらいだし栄養価も高い、やはり体に必要な物は美味しいんだろうか? 僕はリトが喜ぶ物を少しずつ覚えるようにしている。笑顔こそ見せないが、リトが嬉しそうにしているのを最近雰囲気で感じれるようになってきた。特級魔道具で縛られたリト、美少年の皮を被ったアークデーモンとサリエラ先輩は言うけど、リトも男の子だ。

 

「隣いいかい?」

「あっ、はい」

 

 珍しい、ギルドの冒険者はリトを怖がって僕らに近づく事はない。そんな僕らに近づくこの男性は、新人冒険者だろうか?

 

「二人は冒険者かい?」

 

 ターバンを巻いた冒険者風の装い、だけど凄く品を感じる。僕は感じのいい彼に首を振って、

 

「いえ、僕らはこの通りカンタービレ。魔道具の管理研究者です。職場がここから近いのでよく休憩にギルドの食堂を使ってます」

「へぇ、学者さんかい。それも平民出じゃないのかい? 凄いねぇ、偉いねぇ」

「いえ、それほどでも。ここにいる冒険者の方が命懸けて探してきてくれる魔道具もありますから、やはり凄いのは冒険者ですね」

「へぇ、そっか。今、君たちが探している魔道具とかあれば優先して見つけてあげるよ。どんなのだい?」

「ハハっ、そうですね。異世界とここを繋ぐ魔道具です」

「はぁ……そんなのあるのかい、まぁ覚えとくよ! 俺にもミルク!」

 

 僕らと同じように冒険者の男性はミルクを飲んで懐中の時計を見ると、「時間だ」と一言。代金を支払ってギルドを後にした。そこで僕らもこれからどうしようかと思いながら支払いをしようとした時、

 

「先ほど出ていかれた冒険者が二人の分も支払って行きましたよ」

「えぇ?」

 

 ありがたい、けど……ミルクをご馳走してもらうような間柄でもない。それとも相当稼いでいる冒険者だったんだろうか? 僕はリトを連れて外に出ると黒い煙が遠くで立ち上っている。

 

 そして、

 

 ドン!!!

 とーー爆発音は煙に遅れて沸き起こった。僕の経験則ではあれは魔法による爆発だ。無機質な獣が獲物を狙うような咆哮でもなくただ、破壊する事を目的に放たれた空気の振動音。

 リトがグイグイと僕を引っ張らなければそのまま呆気に取られていたかもしれない。恐らく、そこにいるんだろう。

 

 指輪型魔道具、ヴィーナス・トラップを持って魔女のデリンジャーを操っているファランが……

 

 現場にはすでに冒険者パーティーが数チーム。こんな街中で魔法をぶっ放した。当事者のデリンジャー。彼女は虚な瞳で魔法の杖を構えている。

 

「対抗魔法急げ! 相手はデリンジャーたった1人だ! 数で押し込め!」

「ファイアーボール!」「魔法弓を放つ時間を稼いでくれ!」思いの他冒険者達は統率が取れている。このままだとデリンジャーは捕まるだろう。

 

「あれを殺せばいいの? アリエルより簡単そう」

「ううん、僕らの狙いはファラン、指輪型魔道具を持っている方なんだ」

「どんな人?」

「手配書によると……」

「あれじゃない?」

 

 リトが指を指した先、冒険者達に包囲されているデリンジャーの横にふわりと浮かび上がる青年。ターバンをした先ほど、僕とリトの隣に同席をしてミルクを飲んでいた人だ。

 

「あれがファラン……あの人も魔法使いだったのか……」

 

 ゆっくりとデリンジャーの手を優しく握るファラン、それに虚な瞳でファランを見つめるデリンジャー。二人は何をするつもりだ?

 

「「サイレント!」」

 

 魔法封じ、からのデリンジャーは先程破壊した瓦礫を風の魔法で操り出す。風にのせた瓦礫を相手にぶつけるウィンドウクラッシャー。魔法防御ができない冒険者達は……

 

「我ら、ファランとデリンジャーに立ち向かった気高き戦士達よ。眠れ! ウィンドウクラッシャー!」

 

 タンクの戦士達が仲間を守ろうと前に出るけど……酷い有様だった。冒険者四チームを再起不能、もしかしたら死人が出てるかもしれない。そんな惨劇を産んでファランとデリンジャーは地に降り立つ。ファランは傅くデリンジャーに指輪型の魔道具、ヴィーナス・トラップを向けて服従の効果を持続させているんだろう。

 

「あれを殺せばいいの?」

「リト、ウィンドウクラッシャーはリトの腕の魔道具で魔法を無効化しても瓦礫に襲われて致命傷を受けるよ。今回は引こう……」

「どおって事ない……死なないのだけ受けて近づいて殺せばいいなら、今殺すけど?」

 

 リトは足元に転がっている木材の破片を拾って僕の指示を待つ。リトが出来るというのであればできるんだろう。やるべきなんだろうか? だけど、僕はリトに……

 

「リト……ファランとデリンジャーを……」

 

 リトの瞳が大きくなる。リトの殺害者としてのスイッチが入ろうとしていた。リトが殺せるというのであれば殺せるのかもしれない。

 僕はそれでも……

 

「ここでは追いかけない。今はリト、冒険者のみんなを救護するから手伝って」

 

 リトの瞳から力が抜けたように繋いだ手も脱力する。柔らかい女の子の手だ。僕はアリエルの魔法が使える魔道具を取り出すと、斃れている冒険者達に回復魔法を使った。ファランとデリンジャーの姿は記憶した。魔道具を回収するのは次にあった時でいい。これは情報戦だ。僕とリトは二人の事を知っている。だけど、ファランには僕らはただの研究者だと思っている。

 そこが付け入る隙だろう。

 僕らはジュデッカに戻るとサリエラ先輩にそれらを報告。

 

「戦闘でウィンドウクラッシャーを受けた戦士二人の死亡。その他の冒険者はアルケーとリトの応急手当てが間に合って、今は回復魔法士の治療を受けている。冒険者ギルドから礼金を貰ってるよ。あとで確認しといて、しかし今回は仕留めずに次回に持ち越しか、いいね。アルケー。いい判断だったよ」

 

 サリエラ先輩に褒められた。前回、情報が大事だという事を僕は念頭に置いていたのと、できればリトに不必要な殺しをさせたくなかった。今回はヴィーナス・トラップの回収だ。必ずしも殺す必要はない。できれば、ファランを説得して出来る限りの負傷は避けたいと思っている。僕の気持ちを見透かしたかのようにサリエラ先輩は続けてこう言った。

 

「でもさアルケー、次姿を見せて仕留める事ができなければヤバイよ。相手が持っている魔道具は対象を魅了する物だ。万が一、リトを奪われでもしたら、ファランはお騒がせテロリストから勇者様をも殺せるだけの力を手に入れるようなもんだよ。そうなると、聖騎士団が黙ってないだろうし、ここジュデッカは王国と教会が協議して政権相の大臣か、教会によって管理されるかお取り潰しさ」

 

 そんな洒落にならない事ですらサリエラ先輩は楽しそうに話している。リトはサリエラ先輩が別の国で売っていたという砂糖が散りばめられたビスケットを齧っているのでおとなしい。でも確かにヴィーナス・トラップの能力は厄介だ。対象一名とはいえ、完全に自分の奴隷にしてしまえるのだ。魔術師よりも深いところにいるという魔女ですら魅了して自分の戦力にしているファラン。恐らくチャンスは一回だろう。

 僕とリトに警戒していない時を狙ってヴィーナス・トラップを奪う。それにはリトに僕の作戦を教えてその通りに動いてもらわないといけないんだけど……リトにそれが出来るんだろうか?

 

「リト、君の見立てだと魔女デリンジャーよりアリエルの方が強いと思ったんだよね? それは何故だい?」

 

 もしゃもしゃとビスケットを齧っているリトが手をとめ、嫌そうにサリエラ先輩をみる。リトはサリエラ先輩に対して割と感情を強く出す傾向にあるみたいだ。リトは水を両手を持ってごくごくと飲み干すと、

 

「アリエルは容赦がない。あのマホーを使う女の子は容赦がある。だから弱い」

 

 要するに、アリエルと違って魔女デリンジャーはあのテロ行為ですら手を抜いているという事なんだろう。実際二人を捕縛しようとした冒険者達に負傷者は出たが、周囲の人々への被害は最小限だった。魔女デリンジャーがそうなるように魔法を放ったというのだろうか? でもあれがアリエルだったら、関係なしに魔法をぶっ放しただろう。ファランの命令でそうさせたのだろうか?  というか、僕は大きな疑問を今にして抱いた。

 

「サリエラ先輩、ファランは何を目的としているんですか?」

「さぁ、私はファランじゃないから分からないけど、彼は冒険者がいるところに現れては冒険者に死傷者を出しては消える。迷惑な事をしているね。何か恨みでもあるのかもしれないけど、ファランとデリンジャーは目の前の小石だよ。あの魔道具も今後必要になるから回収していたんだ。これはこれから起きる時代の変革に対しては些細な出来事さ」

 

 あの二人が小石とはサリエラ先輩も言ってくれるな。暖かいココアをもらってそれに砂糖をこれでもかと入れて飲んでいるリト。彼の緋色の瞳が僕を捉えた。準備はいつでもいいと言わんばかりに、次の情報。二つ離れた街にファランとデリンジャーが入国したという噂。

 僕は二人が出国してしまう前に早朝からリトをつれて馬車に乗った。

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