第8話 美術商と海賊
夕食はアウセルポートの海産物を食べてお腹いっぱいになった。
「大変美味でしたわ」
「姫様、久しぶりに食がすすんでいましたね」
「さすが港だ」
帝都で食べることのできない、新鮮な味に軽い衝撃を受けたあと、レキソン美術商の向かいにある宿屋をとった。
「まあまあの広さだな」
「えっ? めちゃくちゃ広い……」
「衣装室はあるのでしょうか?」
マトビアが考えた計画を実行するためには、三人とも同じ部屋にしないといけない。
とはいっても、三名一部屋だからといって、ゲートタウンの宿のようなせま苦しさはない。
この宿で、もっとも高いスイートルームにしたからだ。
「こちらに置いておきますね」
上機嫌のスピカがテーブルにレターセットを準備してくれる。
「まるで学校の寄宿舎みたいですね!」
鼻歌混じりで、窓辺にいるマトビアの横に向かうスピカ。おそらく一緒に寝泊まりすることに喜んでいるのではなく、単に懐に余裕ができて、部屋がアップグレードしたからだろう。
監視を続けるのは二日間という期限を決めた。レキソンと海賊が裏で手を結んでいるということは推測に過ぎないし、帝国領にいつまでも留まるわけにはいかない。
短期間で海賊なんて現れるはずがないと踏んでいるスピカにとってみれば、ちょっとしたバケーションのつもりなのだろう。
二人で監視を行い、もう一人は休憩をとるというローテーションで夜を過ごす。レキソンに動きがあれば、マトビアが言い出した次の計画に入るというわけだ。
「手紙ができたぞ」
シーリングには帝国の国印が綺麗に押されてある。
なかなかの出来だ。マトビアの装飾品にあるティアラの紋章をスタンプ代わりにして、封止めの赤ロウに押し付けて偽造した。
もちろん中身も、実際の将軍の名前をかりて、そこらの警らに見破ることはできない。
公正文書偽証の罪に問われる案件だが、すでにもっと重い罪を犯している。それに悪いことをしようとしているわけじゃない。その逆だ。
手紙をマトビアに渡す。
「少し封蝋の質が悪そうですが、町の兵士では見破れないでしょう」
「そうか? 結構、本物に近いと思うが」
どうみても、本物にしかみえん。
皇女のマトビアには一日何十通も求愛の手紙が届くらしいので、ちょっとした違いに敏感なのだろう。
先に休憩を取ろうとしたとき、スピカが小さな声を上げた。
「あ、アレ……何か斜面で動いたような……」
マトビアと俺はスピカにくっついて、窓からのぞいた。
店の裏側にある斜面を、人影が下るように動いた。
「きっと、海賊でしょう。こんな夜にあんなところは歩きません」
「さっそく出番か……」
思った以上に早く出番が回ってきて、俺はふかふかしたベッドを目で追いながら外に出た。
「『
魔法で美術商の店が暗闇に浮かび上がる。
裏手に回り込み、海賊が入ったであろう扉を前にした。すると、表の通りで馬車が止まり荷台から男たちが数名おりてくる。
「『
こちらに来たので慌てて隠れる場所を探したが見つからず、目の前の扉を開けた。
入った部屋で手前の大きな木箱に身を隠すと、中にはレキソンと海賊の首領がいた。
「ドレスを売ったのは、あの船の主だな。襲うとき、金持ちのニオイがぷんぷんしていたからな」
首領の男は苛立った様子だ。
レキソンはどこか遠くを見ながら葉巻をふかしている。
「俺の見立てだと、上流貴族のうち伯爵じゃねーかな」
「馬鹿な、伯爵が持っているようなドレスじゃない」
思案していたレキソンは葉巻を置いて海賊の首領を指さした。
「まだここを出ていないようだ。必ず捕まえろ」
「あれは捕まえるのが難しいぜ……。中型船のくせに、ガレー船並みにスピードがでやがる。いったいどんな魔法を使ってるんだ」
「罠を張ればいいだろう。そういうのは得意じゃないか……」
レキソンは他のドレス欲しさに、海賊に襲わせて盗らせようとしているのか。
美術商と海賊が結託しているなんて、正直どうでもいいと思っていたが、変な正義感を出したマトビアに感謝しないとな。知らないで港を出ていたら、海賊に捕まったかもしれない。
「どうしてもっていうなら、もっと船がいる。あと三隻、用意してくれ」
「馬鹿言うな! 日ごろから商船を襲わせているじゃないか!」
「取り分が積み荷の半分じゃ足らねえんだよ。こっちは人手がいるんだ」
今回が特別というわけじゃないらしい。
取引成立後に海賊に襲わせて、金品もろとも自分の手に戻るようにしているのかもしれない。あくどい奴だ。
「一隻なら調達してやる」
「……。とりあえず、今日襲ったやつの戦利品だ。さっさと鑑定して分け前をよこせ」
なるほど、普段は海賊の盗品を鑑定して、売り捌いているわけだ。ここにある木箱は全て海賊が奪った物か。
証拠はそろったな。
「
レキソンと首領、そして建物一帯の海賊を眠らせる。
外に出て、倒れた海賊を飛び越えながら宿に戻っていると、港の方から馬車が何台かこちらに向かってくる。
急いで宿に戻り窓から見てみれば、店は数人の警らに囲まれていた。
「うまく連れてきたようだな」
マトビアとスピカは、俺がしたためた偽の指令書を町の警らに届けてくれた。
寝ていたレキソンが牢馬車に入れられる。
「俺は関係ない!」
叫ぶレキソンを警らが嘲笑う。
「あんたの店に海賊がいたんだ。この木箱の中身について説明してもらうからな」
いずれレキソンが売っていた品が、あの海賊に強奪されたものだと調べがつくだろう。
商人たちの航海の安全に多少は寄与できたかと思うと気分がいい。
「これで悪は成敗されましたね」
開いたドアの前で一仕事したマトビアが凛々しい顔で言った。
「一件落着、お見事です姫様」
マトビアの影の中で、スピカが侍女らしく淑やかに笑った。
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