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ガシャガシャと何かが落ちてくる。ラムダが顔を上げると、片側の翼がもがれたドラゴンの姿が目に入った。
メテオラはすかさず腕を振って翼を再生させるが、途中で膝をついて俯いた。数回咳込み、血をぼたぼた落としてから、袖口で雑に拭って顔を上げた。
ヒオノシエラがまた、無数の氷の刃を辺りに生み出していた。
メテオラが乾いた笑い声を漏らす。
「マジで、やってらんね〜〜……」
じゃあ降参して諦めろよとラムダは思うが、体は勝手に動いた。
メテオラの前に立ち、氷を放とうとしていたヒオノシエラを見上げていた。
ヒオノシエラは驚いた顔をしてゆっくりと手を下ろし、魔法の発動を止めた。
「ラムダ様、あなたを殺すわけにはいきません」
「ああ、わかってるよ……」
ラムダはため息をつき、振り向いてメテオラを見下ろした。ぽかんとした顔で見上げられていた。口元と鼻から垂れた血が赤黒かった。
「退けよ、ラムダ。邪魔すんな」
「邪魔しなかったら死んでただろうが、言うなら礼だろ馬鹿が」
そばに膝をつき、何か言いかけた口を無理矢理塞いだ。舌を強引に押し込むと血の味がして、ラムダは眉を寄せるが離さなかった。
しばらくしてから顔を退け、口元についた血と唾液を拭う。メテオラは困惑半分、安堵半分の表情で、ラムダの差し出した手をとり立ち上がった。
「手伝う」
「え?」
「加勢するっつってんだよ、魔力もっといるか?」
「いや……」
メテオラはラムダの肩越しにヒオノシエラを見た。
行く末を見守っていたらしいヒオノシエラは、苦笑混じりに息をついてから、ラムダへと視線を向けた。
「ラムダ様、この塔に残って頂けるのでは?」
「ああ、俺は別にそれでいいんだが、この馬鹿が殺されるところ見るのは、なんつうか、ちょっと嫌でな」
「そうですか……お二人は深い仲なのですか?」
「いや、ぶっちゃけ俺は寝首かいてぶっ殺して懸賞金もらおうとしてた」
おい!! とメテオラが叫んだ。魔力は滞りなく吸えたらしく、元気そうで何よりだった。
二人の様子を見てか、ヒオノシエラは肩を揺らして笑い、空中で足を組んで座るような体勢をとる。血を吐いていたメテオラに比べると、かなり余裕がありそうだった。
「お二人の主張はわかりました」
ヒオノシエラは膝に肘をついて、掌を顎に乗せながら目を細めた。
対話をしてくれるようだったので、ラムダは改めて向き直る。
「良いって言ったくせに、反故にするようになってすまん」
「いいえ、構いませんよ。昔は非道と言われた私ですが、数億年経てば丸くもなりました……恋人をラムダ様の目の前で殺してしまうような血も涙もない行動は避けたいと思います」
「話聞いてたか?」
「でも、大陸全土を思うと簡単に引くわけにもいかないのです。ですので、こういうのはどうでしょう」
ヒオノシエラは体勢を戻し、立てた人差し指をくるくる回す。小さな氷塊がふたつ、空中に生み出された。間もなくぶつかりあって片方が砕け散る。氷の破片は、煌めきながらパラパラと床へ落ちていく。
「──このように、単純な力比べをしませんか。メテオラ様が勝てば、酷暑の王に緊急で四季を解放するのは止めるようにお願いしてきます」
ラムダはちょっと止まり、メテオラを見る。メテオラは眉間の間をぐりぐりと親指で押していたが、視線だけをヒオノシエラへと向けた。
「それはつまりー、クソ寒い状態で止めとくように言ってやるから、その間に寒暖差対策しとけ、って感じの話?」
「簡単な話、そうですね。対策次第、酷暑ではない季節を解放するのも良いと思います。おすすめは春眠ですね。雨が多くて森林が活性化し花粉が飛び交いますが、厳冬と合わせればちょっと寒い程度になるかと」
「……ラムダが俺のモンになるなら俺はそれでいい、やろうぜ力比べ」
ならねえよ、とツッコミを入れかけたが、空気を読んで一応黙っておく。
ヒオノシエラはにっこりと笑い、足を解くと両手を胸の前でぴったりと重ね合わせた。さきほども見た格好だ。詠唱時の体勢らしく、何かの詠唱を聞き慣れない言語で唱え始める。
ラムダにもわかる強大な魔力だった。メテオラの保護魔法に守られたままだが、それでも周りの温度が一段階下がったと感じ取れる。
絶対勝てないだろと、加勢すると言ってしまったことを後悔していれば、メテオラにぐっと腕を引かれて後ろに下がるよう指示された。
「お前が死んだら俺もヒオノシエラもやり合ってる意味がねーんだよ」
「……勝算あんのか?」
「ぶっちゃけ一ミリもねー、だから魔力をもうちょっと寄越せ」
メテオラはあっさり言いながら尊大に笑い、ラムダの顎を掴んだ。
顔ごとぶつかるように口を合わされ、歯ががちりと当たった。メテオラの肩を掴む。目の端には詠唱を続けるヒオノシエラが見えて、ラムダはなんとか、多少は戦える程度の魔力が渡せないだろうかと思いながら瞼を下ろした。
口が離れたあとは、目を開けるよりも早く胸元を押された。
「こっちは任せとけ。最上階に行ってろよ、弟がいるんだろ」
メテオラはそう言ってから拳を握り締めて、陣の真ん中を殴り付けた。
赤い光が陣から放たれる。風が巻き起こり、命令を待っていたドラゴンが大きな声で吠える。ラムダは耳を押さえながら走り出した。上の階に行くための扉へと向かいつつ、ヒオノシエラとメテオラを振り返り確認する。
ヒオノシエラの前には巨大な氷の塊があり、メテオラの扱うドラゴンは全身を赤く発光させていた。
ラムダは迷った。本当にメテオラを置いていってもいいか、考えた。あいつがここで負けて、次に戻って来た時に死体があったらどんな気分になるか、自分のことなのに想像できなかった。
扉を開けて階段に向かう前に、ヒオノシエラを見上げた。後ろ姿は氷のように白く、長い髪が自分の生み出した氷雪に煽られて揺れていた。
その後にメテオラを見た。遠かったが、目が合ったとわかった。
ラムダはメテオラに見えるように体を開き、自分の左肩を数回叩いた。
メテオラは眉を寄せたあとに、口の端を吊り上げて笑った。それを確認してから、ラムダはそっと扉を閉じた。
凄まじい轟音が響いた。塔全体が揺れる衝撃にラムダはよろけるが、階段を駆け上がって上を目指した。
階段はそのまま最上階まで続いているようだった。
九階部分にあった扉を一瞥はしたが、開けずに最上階へと向かって走った。
その間、塔は地震でも起きたようにずっと揺れていた。
死ぬなよメテオラ。
無意識にそう呟いた。
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