17 飢凍の王
「……でもそれだとよー、数億年前のこの大陸は、人間じゃなくて魔王族が治めてた……っつーことになるじゃん?」
メテオラの疑問にもヒオノシエラは首を縦に振る。
「魔王族だけではありませんよ。アプラゴニアの帝王は、ドラゴン族でございます」
「おっと、マジ?」
「おい話変わってきたぞ」
二人同時に反応するとヒオノシエラは長い髪を揺らしながらまた笑う。
ラムダはヒオノシエラの様子を見つつ、それなら、と浮かび上がった疑問を意見として差し出すことにする。
「リモクトニアの王がヒオノシエラさん、アプラゴニアの帝王がドラゴン族の誰かってことは、他の国も似たようなもんなんだろ。そんでアプラゴニアが滅んで、他の国も姿形が残ってないっつうんなら、お互いに潰し合った、って考えるのが妥当に思うが……どうだ?」
ヒオノシエラはラムダに視線を向けた。
何が返ってくるかと身構えるが、
「それだとアプラゴニアが滅びた理由には繋がらねーだろうが」
口を挟んだのはメテオラだった。
「あ? 何が言いたいんだ」
「だからー、例えばヒオノシエラの国が勝ってたとして、大陸全土はヒオノシエラの領地化するわけ。そうやって一強になったあとに滅んだなら今のこの大陸から出土する遺物は、大体がリモクトニア由来のもんになる。ここまでいい?」
「……、あーいや、わかった、確かにそうだ」
現在出土しているのはアプラゴニア関連のもの、メテオラの使っている機械族の部品がほとんどだ。ヒオノシエラの言うリモクトニア関連の何かは、強いて言えばこの塔しか残っていないわけで、中の構造は自分とメテオラがこうして登ってくるまで不明だった。
出土品で見るならば、アプラゴニアが全土まで拡大して、他の国は淘汰されたと考えたほうが自然だ。
そうすると別の疑問が湧いては来るが……。
「無関係に思えねーから聞きてーんだけど、ヒオノシエラのリモクトニアはなんでなくなったんだ?」
ラムダの疑問はメテオラが聞いた。
「それはラムダ様の仰る通りでございます。アプラゴニアとの戦争に負けました」
ヒオノシエラは夕飯の話でもするように軽く返す。
想像の方向性が当たっていたため、ラムダは無意識に身を乗り出した。
「戦争自体はしてたのか」
「はい。ただ、敗北と同時にリモクトニアが全滅したわけではありませんよ。私は最終的に、こうして厳冬の番人として残っておりますので、アプラゴニアの帝王との個人的な和解はしております」
ラムダもメテオラも瞬きを数秒止め、
「知らない単語出てきたな今」
「ゲントウ? の番人ってなんだよ!?」
それぞれ口にした。
ラムダとしては意外なことに、ヒオノシエラはキョトンとした。
「……そうか、そうでございますね。貴方がたは四季をご存知ないのでした」
「シキ?」
「死ぬ時期ってやつ?」
「いえ、四季とは……年単位で見たときに現れる寒暖差を分類するための呼称です。この大陸全土の気候は現在統一化しておりますので、不要だと合意し破棄した言葉ですね」
ヒオノシエラの話した内容ではなく、言い方が引っかかった。
横目でメテオラを見るとすぐに目が合う。
さすがに、ここまで共に登ってきたからか、アイコンタクトが通じた。
お前から言え、と促されたのでヒオノシエラに視線を移す。
「今の言い方だと、気候の統一は意図的で……ヒオノシエラさんがやった、って意味に聞こえるが」
代表で聞けば、ヒオノシエラは迷う素振りもなく肯定する。
「ですが、私がひとりで行ったわけではありませんよ。アプラゴニア帝王も、他の国の王も、同じ意見で統一化をはかりました。私はその中に含まれていただけでございますし、氷属性魔法の使い手なため、厳冬……氷雪の吹き荒ぶ季節を封印する役目にちょうど良かったこともありますね」
ラムダは口を閉じる。なにせ、話の規模が異様に大きくなっできた上に、勘という部分がこれまでに起こったことをすべて繋ぎ合わせて出してきた。
氷雪の吹き荒ぶ季節を封印。この塔の入り口の封印は、今まで誰にも解かれなかった。解かれた今はご覧の有り様で、シェルヌはすべてが凍りついてしまってメテオラの炎魔法でも溶けない。
ロウだけがここに連れて来られている。
各階に配置されていた門番は、明らかに登る者を排除しにかかっていた……。
「あのさ、ヒオノシエラ」
メテオラが、考え込むラムダをちらりと見てから口を開く。
「その、四季? とか、この塔がなんであるのかとか、教えてくれたってことは、アプラゴニアの滅亡にある程度関係あるから、ってことだよな?」
「そう思われますか?」
「おっと、質問返し」
メテオラはヒオノシエラの返答を遮るように掌を見せてから、なぜかにやっと笑った。
「四季ってのがどのくらい寒暖差があったかはわかんねーけど、厳冬ってのはこの塔くらい寒いんだろ。俺はここまでずっと俺とラムダに熱の保護魔法をかけてるけど、実はけっこう魔力食われてんだよな。そんなクソヤベー四季って概念をそれごと封印する技術力も魔力も個人レベルなわけがねーよ。だから俺は思うんだけど、アプラゴニアってのはもしかして、この四季をぶっ壊す……いや、封印して完全に閉じ込めるために総力をぶっ込んだから、力尽きて結局滅亡しちまったんじゃねーか?」
保護魔法にわりと魔力取られてるならもっと早く言えよとかコイツバカなわりにそれなりに頭が回るのはなんなんだよとか、ラムダは色々と思うが黙ってヒオノシエラの方に注力する。
ほぼ正解だろうと思ったのだ。
ヒオノシエラは薄く微笑んだまま、メテオラとラムダを一回ずつ見た。
「概ねは、合っております」
そう静かに言ってから、
「でも、順序が逆なのですよ」
もったいつけて付け足した。
メテオラは眉を寄せたが、ラムダの口が勝手に開いた。
「滅亡させるって決めてから、四季を封印することにした……?」
二人の視線を受けた。メテオラは動揺を滲ませていたが、ヒオノシエラは嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。
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