13 メテオラと機械

 ラムダは急いでメテオラに駆け寄った。


「おい、大丈夫かメテオラ」


 そばに膝をついて体を揺する。

 メテオラは顔だけを動かしてラムダを見た。大丈夫じゃねーよ……と弱々しい言葉を返してくる。


「陣も、詠唱もなしで……即席で組むの、最高に疲れるんだよ……なるべくやりたくねーくらいには……」

「そりゃ、……悪かったよ、ありがとう」


 案外と素直な返事をした自分にそこそこびっくりする。メテオラもそうだったらしく、ちょっと目を見開いた。

 そのあとに、はは、と弱い笑い声を漏らして顔を伏せた。


「まー、とにかく、休ませて……」


 了承し、ラムダはメテオラのそばにあぐらをかいて座り込む。流石に罪悪感があった。落ちる自分を回収するために無理をしたのだとはわかっている。

 今なら余裕で寝首をかけるが、最上階にはまだ辿り着いていないし、メテオラには生きていてもらわなければ困る。

 考えた末、全裸で添い寝している暇はないが、手を握るくらいなら密着もするし多少魔力が吸えるだろうと思いつく。

 じっと俯せで倒れているメテオラの片腕を持った。顔がこっちを向くが、構わずにグローブへと指を這わせる。革のような硬い感触が指越しに伝わってくる。

 脱がすぞ、と声をかける前に、


「取れねーぞ」


 と言われた。

 何言ってんだコイツと思いながら、皮膚とグローブの接触面に指先を引っ掛けるが、言葉通りに捲れもしなかった。


「なんだこれ……?」

「そのグローブ、超細かい部品、組み合わせたやつ」

「……機械ってことか?」


 メテオラは頷く。だからナイフが刺さらなかったのかと、ここにきてラムダは納得した。

 グローブ自体に術を巡らせて強化していたり、杖やら書物なんかの媒体なしで陣を作っていたりしたことにも合点がいく。

 しかしそれだと魔力吸収もクソもさせられない。


「メテオラ、俺の魔力吸わせてえんだけど、どうすればいい?」


 メテオラはしばらく考えていた。やがて嫌そうな顔をしつつ、前に虫食ったのいつ、と聞いてきた。


「……一年くらい前じゃねえか? 弟は嫌がるから家では食わないし」


 答えてから、ロウの存在を口にしてしまったと思ったが、メテオラはそこには触れなかった。


「一年なら許容範囲……」


 そう言って、自分の口を指で指し示す。

 コイツ変なとこ潔癖っぽいな……。ラムダは半分呆れつつ、メテオラの体を仰向けに寝かせ直した。

 さっさと唇を塞ぐ。遠慮なく舌も突っ込んで、んご、と情けない声を漏らすメテオラの胸元を掌で押さえて固定する。

 ばしばしと腕を叩かれるまでそうしていた。顔を離すとメテオラは勢いよく起き上がり、垂れた唾液を肩口で拭ってからラムダに視線を向けた。


「お前の魔力マジでサイコー、どうなってんのそれ?」

「俺が知るかよ」

「即興で巨人組めたの、お前の魔力ありきなんだよな。この塔の攻略終わった後も、歩く魔力保存樽としてついてくる気ねーか?」

「ねえよ、俺は弟と平凡に暮らしてえんだっつの」


 メテオラは一瞬止まってから、


「弟もあの町の中で凍ってんの?」


 孤児院放火犯にしては慎重な様子で聞いてきた。


「……いや……」

「あ? じゃあどこにいんだ?」


 今度はラムダが一瞬止まる。


「……この塔の最上階に、理由はわかんねーけど、連れてこられてる」


 でも話した。

 メテオラは目を丸くしてから、そういうことかよ、と納得した声で言った。


「そんならはじめっからそう言えよな!」

「出会った時に言うわけねえだろ、ちょっとどころか何も信用してないどころか孤児院燃やしたゴミカス召喚士だと思ってたんだぜ、信用もクソもあるかよ」

「俺もあの時点で聞いてもふーんあっそで終わりだっただろうけど!」


 ラムダとメテオラは目を合わせて黙る。

 お互いの話しぶりからすると、今は多少なりとも信用があるのだとラムダは気付く。

 少なくとも、戦闘面においては背中を任せられた。ほぼ捨て身だった透明な球体相手の攻撃も、頼んだ通りに回収はしてくれた。虫くらい食えよとも思うが、カテギーダや小型の機械虫みたいな虫型召喚獣をよく使うなら、親しんでいる分抵抗があるのだとは理解できる。

 メテオラは溜め息をつき、その場に寝転がった。片腕を伸ばして円を描くように手首を回すと、散らばったままだった部品たちが一気に集まってきて、グローブの中に吸い込まれていった。

 ラムダは一連をなんとなく眺めていた。


「この塔、なにが目的でできたダンジョンだ……?」


 ほとんど独り言のように呟くと、詳細は知らねー、と返事があった。


「そりゃ、そうだよな。数億年前に滅んだ機械帝国の作ったダンジョン、って言ってたか?」

「うん。でも、俺がこの塔に来たのは、貴重な部品集めたいってだけの話でもねーよ」

「……他に何があるんだよ」


 メテオラは体を起こした。何も言わないまま服に手をかけ、勝手に上半身裸になった。

 チンポなら入れねえぞと後少しで返すところだったが、開きかけた口は閉じた。

 メテオラはニヤッと笑い、自分の胸元に手を当てた。グローブが光を帯びる。それに呼応して、メテオラの左胸が赤く発光した。

 召喚陣のような紋様も浮かび上がった。


「帝都にある、古代文明の研究所、知ってるか?」

「いや……あるのは知ってるが、詳しくは」

「俺はあそこ出身っつうか、まー、実験体みてえなもんでさぁ」

「……続き聞くのけっこう嫌だな」


 メテオラはわはは! と笑ってから、


「俺の親父が、病死した直後の自分のガキに、研究対象の機械部品入れて生き返らせた。それが俺。だから機械族だけは、ある程度使いこなせる。

 機械族ってのは絶滅した……いや、機械帝国と一緒に失われたってことになってるけどさ、単純に、機械族を使う技術がなくなっただけ。俺は言っちまえば肉体の動力源が機械化してるわけで、魔力そのものっつーよりは機械族と共振できるって面での相性が抜群な感じでさ、技術度外視して機械族召喚獣の構築ができるんだよ」


 一気に話した。

 色々なことが腑に落ちる反面、コイツそんな重要そうなことを俺に言うのかよと、ラムダは内心動揺していた。


 そしてメテオラはまだ喋る。

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