3 禁止区域

 シェルヌにやってきた当日から、遠くに見える塔については気になっていた。

 ラムダは深くは探らず放置し、それ以上調べなかったが、町に友人ができたロウは色々と情報をもらってきた。

 

「なんか、昔っから建ってる塔らしいよ」

 

 ロウは夕食の豆スープを啜りながらラムダに話した。

 なんでも古代から伝わっている、いつからあるかも定かではない塔で、入り口は固く閉ざされている。

 物理的な封印というよりは、強固な魔術の類で、解錠しようとした冒険者の何人もが諦めた。

 加えてシェルヌの全体の意思として、塔が目当ての無法者がやってくるのは反対だった。

 観光資源にならないかと考えた日もあったが、立ち入り禁止区域として指定してしまった方が良いと結論づけた。

 

「それで取った作戦が、入ると呪われるっていう噂を流すことだったんだってさ」

「ガキにしか効果ねえだろそれ……」

「いや、帝都に呪いの塔だから立ち入り禁止区域に指定してくれって嘆願書出したら通ったって聞いたよ?」

「帝都にもガキしかいないのか?」

 

 なんにせよ、そうやってあの塔の近辺は立ち入り禁止区域となったらしい。

 法令の確認のためか、時々帝都の人間がやってきて調査するらしいが、ラムダにとっては「ふーん」以外の感想はまあなかった。

 立ち入り禁止なら、わざわざ近付く必要はなかったからだ。

 

 塔に向けて出発したラムダは、町長に渡された立ち入り許可証を広げた。

 確かに帝都の印が押してある。ロウの話は本当なんだなと納得し、許可証をしまい込んでから、塔の方向へ視線を向けた。

 ラムダは基本的に魔術の類は使えない。でも、多少の魔力はあるようで、暗殺や探索に向いた特技をいくつか使いこなせるようになっていた。

 その一つである、マッピングの特技を使用した。

 ラムダの脳内に、周辺の詳しい地図が表示される。横に広がる森林、抜けた先の平野部、岩山の手前に聳える古代の塔──シェルヌの町中にある青色の点。

 これはロウのいる場所だ。ラムダ固有の地図には、任意の相手を登録することができる。

 最も、ラムダにとって大事なのは自分の弟であるロウだけなので、この青い点は一つしか表示されないし、他の人間は登録するつもりもない。

 町から目を離し、塔の位置を確認する。森林を抜けても良かったが、魔物が多くてちょっと面倒くさい。ドラゴンでも呼べればいいが、生憎自分は対個人特化のアサシンだ。

 迂回して向かうことに決め、ラムダは地図を頭の中に収納した。

 

 道中は特別何もなかった。数匹魔物には出会したが、群れで襲われたわけでもないため難なく処理した。

 大体、回り込んで急所を突けば殺せる。それもアサシンの持つ特技のひとつだ。

 町や集落はシェルヌ以外にはない。地図でも見てはしていたが、一応目視でも再確認する。

 辺境らしく、穏やかな一帯だ。性格のおとなしい、人に危害を加えるタイプではない虫型の魔物が、数匹並んで空をゆったり飛んでいる。

 わりと美味そうな魔物だった。ラムダは大体なんでも食べるので、魔物を見ると食用にどうか考える癖がある。

 この探索が終わったら食材狩りがてら、ロウとピクニックにでも来るか……。

 平和な景色を眺めながらそう呟いた。

 完全にフラグだった。

 塔がもう目と鼻の先という位置まで来て、ラムダは異変にやっと気づいた。

 

「へっ……くしょい!!」

 

 盛大なくしゃみが出て、ラムダは身震いする。自分の薄い装備をさすりながら、辺りをさっと見回した。

 明らかに気温が低い。そしてこの冷気は一帯を覆っている。塔に近づくほどに、寒さは増した。

 でも、そんな筈はない。

 この大陸全土に、気温差は存在しないのだから。

 

「どうなってんだ……」

 

 ラムダは寒さを堪えつつ塔へと近づいていく。

 途中で、先ほど見た虫の魔物が地に落ちて息絶えていた。

 吐く息が白かった。風はないのに、どこからか冷気が立ちのぼっていた。

 野宿用に持っていた布団がわりの薄布を体に巻き付け、なんとか塔の前に辿り着いたとこで、ラムダは目を疑った。

 塔の入り口扉は破壊されていた。

 強い冷気が、その奥から吹き付けていた。

 

 踵を返して町へとって返した。

 当然町長への報告もするが、何よりこれは一介のアサシンや、辺境の町だけで解決するような話じゃない。

 ラムダは全速力で走った。行きは避けた森林に入り、襲い掛かってくる魔物を避けて、邪魔であれば一撃で急所を突いて殺し、一直線に町へと向かった。

 嫌な予感がした。理由はないが、自分の中で警鐘が鳴っていた。

 親を殺した日を思い出した。ラムダとロウを跡継ぎにするどころか、帝都に店を構えるような商人にするためと言い、教育の域を超えた虐待ばかり繰り返す親だった。

 ロウには才能があったと思う。自分にはなかった。

 自分にあったのは何かを殺す才能で、まだ三歳のロウを親が殴り付けた瞬間に、ラムダはそれを自覚した。

 あの時に感じたようなざわつきがあった。

 何かが変わってしまう前兆だと、ラムダは危機感に向けて舌打ちをした。

 

 シェルヌには、日暮れ前にどうにか辿り着いた。

 しかし、遅かった。ラムダは切らした息を整えることも忘れ、町の姿を呆然と眺めることしかできなかった。

 

「なんだ、これ……」

 

 呟いた言葉は冷気によって白く染まった。

 シェルヌという牧歌的な町は、すべてが凍って、氷の中に閉ざされていた。

 

 愕然としたまま動けないラムダの耳が足音を拾った。

 住民の誰かかと期待を込めて振り向くが、あっさり裏切られた。

 それどころか、最悪だった。

 視線の先にいる召喚士メテオラは、片手に青白い光──氷魔法の色合いを宿しながら、驚いた顔でラムダのことを見つめていた。

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