第37話 恋愛大戦争 同盟戦:乃愛
夏休みが始まる初日の朝。
言い換えれば、"ひまのあ同盟"が締結された次の日の朝だ。
二大イケメンの一人である心穏は、だいぶ遅めに起床した。
「……はぁー……」
大きめの欠伸をすると、おもむろにベッドから立ち上がる。
いつもならアラームをかけているのだが、今日から夏休みの為、耳障りな音を聞く必要も無い。
「うるせえなあ」
朝から、二大イケメンと騒がれる心穏のスマホには、数々の通知が届く。
とはいえ、その通知が示すのは、ほとんど女子の名前。
『日菜から新着メッセージが届いています』
『愛里からダイレクトメッセージが2件届いています』
『祐奈にフォローされました』
正直、内容は開かなくとも分かる。
が、どの通知にも興味が無いし、ただただ面倒臭いと感じていた。
――ある、一つの通知を除いて。
「――まじ?」
興味の無い女子達からの通知を消していく。
すると、ある通知に目を通した瞬間、心穏の表情は露骨に嬉しそうになった。
それもそのはず。
画面に表示されていたのは――
『乃愛からダイレクトメッセージが届いています』
の文字。
「行ける連絡だろこれは」
寝起きで散らばった赤髪を触りながら、呟く。
乃愛の通知だけは、内容が読み取れない。
なぜなら、他の女子達とは違い、自分が求めている側だからだ。
とはいえ、乃愛の性格的に、行けない時は無連絡だと推測した心穏の心情は、嬉しさが大半だった。
――乃愛の事を薄っぺらな理解しかしていない男の、愚かな推測だ。
「やっぱ可愛いぜ」
通知を見ると、無性に乃愛のフォルムが脳内に浮かんでくる。
ぱっちりとしたまつ毛、綺麗な瞳、金色に輝くポニーテール。
その隣に立つ、赤髪の自分の姿。
来る夏祭りの想像が、どんどんと心穏を高ぶらせた。
楽しみは後に取っておきたいタイプの心穏は、メッセージの正体を明かすことはせず、まずは朝食を取りに行く。
まあ、朝食と言っても時間は11時なので、昼食と言った方が正しいかもしれない。
リビングで昼食をとる間も、乃愛との妄想が止まらなかった。
両親は仕事でいないし、一人っ子なので、家には心穏一人の状態。
妄想するには、完璧すぎる環境だ。
「……いいねえ」
射的をしている時の横顔。
たこ焼きを食べている時の美味しそうな表情。
くじ引きで当たりを引いた時の、嬉しそうな表情。
どんな場面を想像しても、可愛い顔をした乃愛しか出てこない。
そんな美女の隣を歩けると思えば、更に幸せが襲ってくる。
夏祭りの醍醐味は、何も屋台だけではない。
――会話、だ。
一種の食べ歩きのようなジャンルである"祭り"には、会話も醍醐味だ。
「次は何食べる?」や、「あそこ行かない?」などの、些細な会話が一番幸せだったりする。
そんなことを考えると、心穏の妄想は止まらなくなった。
「……用意しとかねーとな」
妄想を堪能していると、一つの雑念が心穏を襲う。
それは、誘い文句で謳った「碧斗の秘密」だ。
無論、心穏は碧斗の秘密など全く知らない。
でも、言ってしまったのも事実なので、何か適当に用意しておかなければならない。
悔しいことに、乃愛の目的が「碧斗の秘密」であることは、心穏も察している。
――どうせなら、悪印象でも付けてやるか。
最悪の方法を、高瀬心穏は考える。
求める側としての立ち回り方を知らない心穏には、プライドが無い。
その為、碧斗に勝つには手段を選ばないのだ。
朝食という名の昼食を食べ終えると、心穏は自室に戻る。
充電器に差し込まれているスマホを開き、『乃愛し からダイレクトメッセージが届いています』の通知をタップ。
さあ、お待ちかねの時間だ。
取っておいた楽しみが、一気に開放される。
妄想を、現実にする為の、嬉しすぎる宣告が――
「……は?」
――そんな高瀬心穏の願いは、呆気なく打ち砕かれた。
乃愛:『夏祭り、予定出来ちゃったから行けない』
何度見ても、その文が表示されている。
"びっくりマーク"も、"ごめん"の文字もない、ただただ無感情で冷たい宣告が、そこにはあった。
送り主も、間違いなく『乃愛』の名前だ。
――ただ、心穏は簡単に引き下がらなかった。
心穏:『え、は? なんで?』
期待を裏切られた心穏は、迷うことなく返事をする。すぐに既読はつかなかった。
乃愛には、そもそも『予定があるから無理かも』とは言われていたものの、完全に行く気だった心穏は、現実を受け入れられなかった。
◇◇◇◇◇
心穏:『え、は? なんで?』
「はあ……なんでって……」
嘘つき男から送られてくる、イライラする質問。
そんな文を見て、乃愛は大きなため息を出す。
乃愛:『なんでって言われても。予定が出来たからとしか言えないんだけど』
心穏:『それはそうだけどよ』
乃愛:『何?』
心穏:『いや、こっちは行く気だったっていうか』
そんなことを言われても、知ったこっちゃない。
そもそも、「碧斗の秘密」が無い今、心穏と夏祭りに行く価値が無い。
あった所で、心穏自体に価値が無いのは変わらないが。
乃愛:『そう、残念だね』
苛立ちと嘲笑を込めて、乃愛はそう返す。
すると、モテモテプライドを傷付けられたのか、心穏が強めに返信してきた。
心穏:『てかよ、分かってたなら言ってくれてもいいんじゃね?』
ギリギリまで引っ張らずに、予定が出来た時点で言えよ、と心穏は主張する。
とはいえ、乃愛に予定が出来たのはつい昨日の深夜だ。最短で報告している。
そして、言い争いは三大美女仕込み。
心穏の強い口調が来ても、乃愛には通用しない。
乃愛:『はあ? なんで言わなきゃいけないの?』
騙されていた事実も相まって、乃愛にも怒気が混ざった。
された事、言われた事を考えれば、妥当でしかないが。
心穏:『だって、一応約束はしてたんだぜ?』
乃愛:『約束? そんなのいつしたの? あんたが勝手に思い込んでただけでしょ?』
心穏:『いやいや、それは無くね?』
乃愛:『だから教えてよ。いつしたの? スクショでもなんでも引っ張ってくれば?』
乃愛がそう送ると、心穏から一枚の画像が送られてきた。
画像が示す内容は、心穏が乃愛を誘った時のトークだ。
心穏:『ほらな。約束してんだろーが』
乃愛:『うん、だからあんたが思い込んでるだけじゃん』
その通りだ。
勝手に心穏が妄想を膨らませ、期待を高めていただけ。
高ぶる気持ちを抑制出来ずに、勝手に行く気満々になっていたのも、悲しいことに心穏だけなのだ。
乃愛は最初から「予定が出来たら行けない」と言っている。
心穏:『は? 予定が無かったら行くって言っただろ』
乃愛:『こっちが"は?"なんだけど。てか、『予定が無かったら』って自分で言ってんじゃん。私は予定があるの。ただそれだけの簡単な話』
段々と、雰囲気が悪くなっていく。
ただそれは、三大美女同士のように、内に秘めた仲良しが感じられる悪さでは無い。
純粋に、人間関係として心地悪くなるような、嫌な悪さだ。
心穏:『だからさ、その予定とやらをもっと早く言ってくれよ。こっちは行く気しか無かったんだぜ』
乃愛:『そんなの知らないし』
心穏:『じゃあ今知ってくれよ。てか、新しい男か?』
乃愛:『そうだったとしてもあんたには言わないし、まずそうじゃない』
心穏:『じゃあいいじゃねーかよ。そんな予定消せよ』
しょうもない屁理屈と理不尽さに、返事する気力すら削がれていく。
陽葵なんかよりも、よっぽど子供のような反論。
陽葵には可愛さがあるから許されるのであって、この男には許されない。
「まじで何言ってんの……」
二大イケメンと持て囃され続けた男の、悲しい末路と考え方に、乃愛も呆れるしか無かった。
すると心穏から、ある文が送られてきた。
心穏:『――碧斗の秘密だって教えてやらねーからな』
切り札と化した嘘を、当たり前のように文にする。
――だが、"ひまのあ同盟"を締結した乃愛には、何にも刺さらなかった。
乃愛:『嘘つき』
たった一言、されど一言の、辛辣で冷徹な単語を、乃愛は送る。
想い人から言われる程、悲しいことは無い。
とはいえ、心穏も乃愛に対する想いは本物の為、そう簡単には引き下がらなかった。
心穏:『は? 嘘なわけねーじゃん』
こうしてとぼけるのにも、腹が立つ。
自分が一番、嘘だとわかっているくせに。
乃愛:『いいからそういうの』
心穏:『どゆこと?』
乃愛:『あのさ、本気で分からないの?』
心穏:『わりーけどわかんねーな』
全てを分かっている乃愛からすれば、とぼける心穏は滑稽でしか無かった。
二大イケメンなどと呼ばれ、勘違いしてしまった悲しい男だ、と。
乃愛:『あんたらさ、二大イケメン? とか騒がれてるでしょ。もう一人は名前すら覚えてないけど』
心穏:『まあな』
乃愛:『だったらもう少し上手く立ち回ったら? まあ、簡単に引っかかった私も悪いけどさ。下手っぴすぎるよ。小春のキャッチボールくらい下手』
心穏:『……は? 何が言いてーの? ただの言い訳?』
延々と本題を切り出さない乃愛に、心穏は呆れ気味に疑問を抱く。
――が、乃愛には、確固たる確信と根拠があった。
乃愛:『――あんたらさ、陽葵にも同じことしてるよね?』
無論、心穏は優太が陽葵を想っていることも知っているし、夏祭りに誘うことについては一緒に決めたので、それも承知済み。
――ただ、三大美女を甘く見すぎていた。
というより、顔という薄っぺらな部分しか見ていない為に、幼なじみという部分まで見ることが出来なかったのだ。
心穏:『してたらなんだよ。本当に碧斗の秘密を知ってるんだから当たり前だろ』
とはいえ、幼なじみと知らない心穏からすれば、乃愛の発言と、秘密の有無に相関関係が無いと感じるのも事実。
乃愛:『――私も碧斗の元カノ、陽葵も碧斗の元カノ。それは知ってるんでしょ。……なんかムカつくけど――それ以上に、私は"陽葵の幼なじみ"なの。陽葵も、"私の幼なじみ"なの』
心穏は言い返せなかった。
元カノであることは知っていたが、幼なじみというのは初耳だ。
故に、自分たちの薄っぺらな作戦が裏目に出たことにも、気付いた。
言い返せない心穏に構わず、乃愛は文を送り続けた。
乃愛:『そもそもさ、陽葵も知らない碧斗の秘密なんて、あんたが知ってる訳無いよね。もう、ほんとばかだな私って。なんでこんなのに騙されたんだろ』
心穏:『あー、悪かった。ごめんな』
完全に、乃愛に悪印象を抱かれた心穏。
完全に反論も出来なくなったので、謝罪で印象を直そうとしたものの、時すでに遅し。
それこそ、三大美女を軽く見すぎである。
乃愛:『ほんとそういうのもいい。気持ち悪いから謝られたくもないし。あーほんと腹立つ。二度とメッセージとか送ってこないでね』
これでもかと言わんばかりに、不満を爆発させる乃愛と、その圧倒的な言葉遣いに、何も言い返せない愚かな心穏。
薄っぺらい男の、薄っぺらい好意、そして薄っぺらい妄想は、"ひまのあ同盟"の下、呆気なく砕け散った。
当然の報いだ。
「……陽葵、大丈夫かな」
一方的に不満をぶつけた後、乃愛は何の迷いも無く心穏のアカウントをブロックすると、陽葵への心配を口にした。
命乞いのようなメッセージが来ていた気もするが、気にしない。
陽葵も今頃、同じ状況なのだろうか。
――そんなことを考えながら、自分の軽さと、悪い方に働いてしまった盲目的な愛情にも、しっかりブロックをした。
――――――――
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