第18話 体育祭、閉幕


「これにて、華月学園高等学校体育祭を、終了いたします」


 段々と空が夕焼け色に近づく中、壇上に立つ校長先生の言葉で、体育祭は幕を閉じた。

 結果は、碧斗たちが所属する赤組の勝利だ。


「良かったね、勝てた勝てた!」

「ん、そうだな。最後のリレーが大きかったんだろうな」

「ほんとかっこよかったよね、あの三人」


 赤組の勝利に、周りの生徒は大声を出して盛り上がる中、夏鈴と碧斗は静かに盛り上がっていた。

 体育祭が始まる前は嫌そう、というか嫌な顔をしていた夏鈴の顔にも、柔らかな笑顔が生まれている。


「楽しかったか? 体育祭は」


 そんな夏鈴の笑顔を見て、碧斗は言葉をかける。


「うん! 終わると楽しいなーって思う。なんなら夏鈴の頭は"終わるの寂しー"って言ってるくらい!」

「それならよかった。夏鈴も頑張ってたもんな」

「ほとんど出てないけどね夏鈴」

「一つでも出れば上出来だよ」

「ま、確かにそーだね。夏鈴なりによく頑張ったってことにする!」


 最初は嫌そうにしていた夏鈴も、終われば寂しいと言う。

 やはり、何事もやってみることが大事ということだ。


「そーいえば、実行委員はこの後片付けとかあるの?」

「んー、分かんない。多分あると思うけど」

「そうだよね。でさ、もしあったらの話なんだけど……」

「ん、どうした?」


 何か碧斗にお願いしようとしている夏鈴。

 すると、少しだけ恥ずかしそうに口を開いた。


「……翔くん、借りてもいい?」

「借りるも何も、全然俺のじゃないからいいよ。むしろ翔も夏鈴のこと借りたいと思う」

「え、あ、ありがとう。じゃあ借りるね!」

「おう」


 夏鈴の頬は、少しだけ赤らめいていた。

 どうやら、夏鈴は翔と共に帰るみたいだ。

 あの走りを見せられたら、友達から恋人へと意識が変わるのも無理は無い。

 とはいえ、まだ実行委員が片付けをするとは言われてないので、翔を貸せることの確定はしていない。

 まあ、片付けが無かったとて、何か言い訳をして夏鈴に翔を預けるつもりだが。

 そんなことを考えていると、本部から『実行委員は片付けあるから残ってください』とアナウンスが入った。


「ま、そういうことだから。翔はご自由に持って帰ってくれ」

「持って帰るって言い方しないの。一緒に帰りたいだけだから夏鈴は」

「ん、それはごめん」

「まあ、とにかくお疲れ様!」

「おう、夏鈴もな」


 そんな会話を交わしていると、いつの間にか閉会式は終わっており、生徒達は後ろへと戻り始めてていた。

 碧斗と夏鈴も、流れに沿って後ろへと戻った。


「碧斗ー! お疲れー!」

「お、陽葵。お疲れ……って、全然疲れてなさそうだな」


 明るい声を出しながら、満面の笑みで近付いてくる陽葵。

 学年対抗リレーでの疲れはあまり無さそうだ。


「まあねー! なんてったって、陽葵ちゃんが一位のゴールテープを切っちゃったからね!」

「それでもあんな速く走ったらさすがに疲れるだろ」

「全くなのです! むしろ回復してる!」

「わんぱくだなあ……」


 相変わらず無邪気な事を言う陽葵は、確かに余裕そうだった。


「てか、三人で抱きついてたな」

「あ……いやいや! 二人が抱きついてきたんだよ!?」


 陽葵は、何を考えているのか分からない返事をするが、そこに不快感が含まれていないのだけは確実に分かった。

 

「でも、陽葵も嫌そうにしてなかったけど」

「……その時は疲れてたんだもん! 陽葵ちゃんには避ける気力も無かったの!」

「てことは、乃愛と小春のハグのおかげで回復したってことだな」


 碧斗はなんとなく察していたが、陽葵が疲れていない理由は乃愛と小春のハグによるもの。

 図星だったのか、陽葵も「……このやろ」と言いながら碧斗のお腹を優しく叩いていた。


 三人の不仲は、少しずつ回復に向かっていると言えるだろう。

 碧斗が転校してくる前の詳しい関係はよく分からないが、その時よりも距離が近くなっているのは確実だ。


 そうして、生徒達は教室へ自分の椅子を戻してから、下校し始めた。

 勿論、実行委員である陽葵と碧斗は片付けが残っている為、帰れないのだが。


「碧斗ー、疲れたから連れてってー」

「絶対嫌だ。自分で歩け」


 教室に椅子を置くと、共についてきていた陽葵が甘えるような声を出す。


「えー、陽葵ちゃん頑張ったのにー?」

「乃愛と小春はちゃんと友達と歩いて帰ったぞ」

「なーんで二人のこと庇うのー」


 気だるさの中に、少しだけ不満な感情を混ぜた声を出す陽葵。


「庇ってない。ほらいくぞ、始まるから」

「んぅー……。わかったじゃあ立たせて! それだけでいーから!」


 そう言うと、座っている陽葵は不満そうに頬を膨らめながら、手を伸ばして碧斗にアピールをした。


「……ほら、立って」

「ん! ありがと! 陽葵ちゃんは回復しました!」

「こんなんで回復するってどんだけ俺の魔法強いんだよ」


 埒が明かないと思った碧斗は、陽葵の手を掴んで引っ張るように立たせる。

 ちょっとしたことで回復するのは、実に陽葵らしい。


「はーいじゃあ片すよー」


 それから、無事に時間通り本部へと着いた陽葵と碧斗は、体育祭の片付けに取りかかった。


「せんせー! これはどこ?」

「それは……あそこ!」

「はーい!」

「……ちがうちがうちがう!」


 明後日の方向へと進む陽葵に、注意する先生。

 どうやら、生徒だけではなく先生も困らせているらしい。

 まあ、先生ですら陽葵の可愛すぎる笑顔には耐性が無いので、すぐに許してしまうのだが。

 

 その後も、何回か明後日の方向へと進む陽葵だったが、その度に可愛すぎる笑顔で誤魔化した。

 細かな道具を片付け終わり、後は大きめの道具がグラウンドに残る。


「んー、こっからは手分けして片付けよっか。体育倉庫にも持ってかなきゃいけないのあるから」


 体育倉庫までは距離があり、少し歩かなければならない為、体育祭で疲れ果てている生徒達は「まじかー」とため息をついていた。

 ――一人の、陽気な女の子を除いて。


「せんせー! 私が持っていきますよっ!」

「……陽葵さんよ……」


 いつでも元気印の陽葵は、疲れ果てている碧斗をお構い無しに、ニッコニコの笑顔で言う。


「あら! さすがね」

「えっへん。任せてくださいな」

「……」


 先生も先生で、嫌なことを率先して行う生徒は大好きなので、拒否することなく陽葵を受け入れた。

 碧斗は「陽葵だけでいいですか……」と思ったものの、言えるわけが無いので抑える。


「じゃあ、これよろしくね。ちょっと多めだから、二人で持って行って」


 何故か勝手に巻き添いを食らう碧斗だったが、これも陽葵のペアの運命だと言い聞かせて受け入れることにした。


「……小春の練習よりきついわこれ」

「碧斗、なんか言ったー?」

「なんでもない!」


 後片付けをする為、体育倉庫へ向かう陽葵と碧斗。

 疲労などお構い無しの陽葵は、碧斗を置いてどんどんと先へ行く。

 体育倉庫までの少しの道のりだが、精神的には小春の練習の数倍死にそうになっていた。


「……ふぅ、やっと着いた……」


 歩いた距離は数メートル。精神的には数百キロ。

 陽葵の陽気さを加えて数千キロ。


「よし、中入ってさっさと片して帰ろー!」

「そうだな……って帰りもこの距離だわ……」


 碧斗が逃れられない現実を知ったところで、陽葵は体育倉庫の扉を開けて中へと入る。

 それについていくように、碧斗も中へ。


 二人きりの体育倉庫。

 誰にも見られず、カメラも無い場所で、何も起きない――はずが無かった。


――――――――


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