第12話 私のぶんは?

 ボビーが裏に下がり、一編に暇になったぼくは、ドワーフの女の子の耳に触ったり、アマンダの副耳を見せてもらったりしていた。


「……暇だね。ぼくはここにいるから、チルドレンは外で遊んで来ていいよ」


 本当はぼくも遊びに行きたかったけど、喋れないジュリエに後を任せる訳には行かないし、そもそも彼女はぼくの護衛だ。ここに居るしかない。


「い、いや、あたいらも関係ない訳じゃないんで、ここに居ます」


「そう?」


 アマンダとインギィは何故か恐縮していて、二人とも気を付けの姿勢だった。


 ぼくは比較的幼い三人のチルドレンに石銭を渡して、何かしら摘まむ物を買ってきてくれるように頼んだ。


 アマンダがこの場に残り、インギィが他のチルドレンを引率して行ってしまうと、不意にジュリエから念話が飛んで来た。


 ――隠れて下さい、女騎士です。


「?」


 伸びをしてギルドの入口を覗き見ると、身の丈ほどもある大剣を背負ったパーシがやさぐれた表情で辺りを見回していた。


 よく分からないけど、ぼくはカウンターを飛び越え、ジュリエの言った通り身を隠した。

 ややあって――


「おう、コボルト。リトル・スノウは何処だ? あのちびは何処に行った?」


 ハスキーで、でもいつもより尖ったパーシの声が聞こえる。


「油断も隙もないやつだ」


 カウンターの足元にしゃがんでいて見えないけど、パーシが物凄く怒っている事だけは分かる。


「泥石のやつに、悪魔の子すら誑かす毒婦とまで言われたぞ」


 ――女騎士が怒ってます。


 ジュリエからそんな念話が飛んできたけど、それぐらい見なくても分かる。


「あのチビクソだけは許さん……!」


 ぼくが何をしたってんだ。あの紙を拾ったのはパーシが勝手にやった事だ。頼んだ訳じゃない。

 でもまあ……日本語を全然理解してない訳じゃない事は分かった。パーシはともかく、ぼくを監視対象にしている騎士団や教会側は『稀人』の研究もしているようだ。


 やれやれ、稀人を利用する気満々じゃないか。


 一度突き放したのも、扱いやすくするつもりがあっての事だろうか。


「……ん? 昨日の孤児じゃないか。アマンダとか言ったか? なんでここにいる」


「は、はい、リトルスノウさんに正式に面倒を見てもらえるようになりまして――」


「やめとけやめとけ。あのチビクソは虫も殺さんような顔をしている癖に、内面はヤクザ顔負けのロクでなしだ」


 酷い言われようだ。ぼくは何もしていないのに。


 ――主は冗談が過ぎる。


 なんてこと。ジュリエまで!

 ぼくが地味にショックを受けていると、こっちに歩いてくるしかめっ面のボビーと目が合った。


「おう、親父。リトル・スノウのやつは何処に行った?」


 カウンターの向こうからパーシの声が聞こえ、ぼくはすぐそこにいるボビーに唇に人差し指を当てて見せた。


 ボビーは呆れたように首を振って、それからパーシに言った。


「リトルスノウなら小腹が減ったとか言って、他のガキと出て行ったぞ」


「ふん……いやしいあいつのやりそうな事だ」


 そう言って、間抜けなパーシはずんずんと大きな足音を立てて行ってしまった。


「カウンターより、こっちに来るんじゃない」


 つるつるの頭を撫でながら、ボビーが溜め息を吐き出した。


「あはは、ごめん。……っと」


 笑って誤魔化したぼくは、またカウンターを飛び越えて、元いた椅子に腰掛けた。


「それで、幾らで買い取ってくれる?」


「ふむ。その前に、少しいいか?」


 カウンターを挟んでぼくと向かい合ったボビーは、手に持った小袋の中からぼくお手製の指輪を一つ取り出してカウンターの上に置いた。


「これは……そこらの露店で投げ売りしてあるようなもんじゃない」


「またまた、そんなに大したものじゃないよね、それ」


 作ったぼくが言うんだから間違いない。大して魔力も使ってないし、片手間で作ったから効果もおまじない程度の物だ。


「確かに大したもんじゃないかもしれんがな。ただ、こいつの作製には十人近い術者が絡んどる」


 おっと!?


「まず、指輪自体は大した代物じゃないが、これを作製したのが一人。まぁ、こいつは大したやつじゃない。問題はここからだな。……とりあえず、地水火風の四つのエレメントに対する耐性付与がされているが、これが四人」


「待った。四つのエレメントは知ってるけど、それは一人の術者で出来る事だよね?」


「何を言っとる。エレメントの加護は特殊な事情でもない限り、一人一属性だけだ」


「……特殊な事情?」


「可能性があるとしたら加護なしだ。最も、加護なしでエレメントの力を使えるような変わり種が居れば、の話だが」


 ボビーが殆ど睨むように見つめて来たので、ぼくはニッコリ笑って見せた。


「更にこいつには物理耐性と生命力向上、腕力向上、魔力向上、敏捷性向上、体力回復の術式も施してある。効果はどれも微々たるもんだが、装着者を満遍なく強化する魔道具の存在は稀有だ」


「……」


「おまけに自己修復に永続化の付与。恐ろしい事に彫金までやっとる。モノに直接魔力印を刻む手法は『刻み付け』という技でな。しっかりした魔道具は大体がこの造りだ。こいつも別の技術者よな。ギルドの鑑定珠に掛けて、ざっと見ただけでも十人の手が入っとる」


 ――主は遊びが過ぎるぞ。


 ジュリエが溜め息を吐き、ボビーは厳かに言った。


「確かに効果はたかがしれている。決定的な代物じゃあない。だがな、こいつは正真正銘の『魔道具』だ」


「……そう」


 やらかした……。


「分からんのは、作ったヤツの考えよな。遊びで作ったにしては手が込みすぎとるし、ただの鉄にここまでの術式を施す事は通常考えられん」


「えっと……どうなるの?」


「ユニークアイテムだな。こいつの面白い所は、自己修復の術式が装備全体に及ぶとこでな。長く着けていれば必ず効果を実感する」


 つまり、装備が傷みづらい。


「回復向上系の術式も珍しい。この手の術の使い手は教会が離さんからな。こいつは地味だが強力だぞ」


「……何故?」


「歩く程度じゃ疲れん。長旅やダンジョン探索は勿論、戦争なんかでも重宝するだろうな」


「…………」


 出た。『戦争』。

 それだけは不味い。ぼくはそんなものに加担するつもりはない。この世界の都合になんか巻き込まれたくない。


「どうしたリトルスノウ。表情が固いぞ?」


「……いや、そんな大層な物だと思わなかったからさ……」


「そうだな。その辺の露店で投げ売りされとるようなもんじゃないな」


 くっそ、ボビーめ。ぼくの話なんて端から信じていないな?


「……指輪が一つにつき十、首飾りが一つ五、腕輪が一つ三、少し色を付けて八〇金貨でどうだ?」


 首飾りと腕輪は練習に使ったから、ボビーの評価は妥当だ。

 しかし――

 ぼくはカウンターを蹴飛ばして怒鳴った。


「ふざけんな。二〇〇金貨だ!」


 ――主はがめついぞ。


 なんてジュリエが呆れているけど、ここまで来てビジネスチャンスを逃がすぼくじゃない。


「それは流石に盛り過ぎだ。入手経路は不問にしてもいい。頑張って九〇枚」


 さて、相手に『ふざけるな』と思わせてからが交渉も本番だ。


「だから、その辺のガラクタと同じように売られてたって言ったよね」


「馬鹿言え、そんな言い訳が本当に通用すると思っとるのか? 教会に垂れ込んでもいいんだぞ。もう一つの指輪も付けろ。一〇〇枚」


「断る! 一五〇枚!!」


 勿論、本当に垂れ込まれたら困る。ぼくは金貨五〇枚ほど妥協した。


「おおっと、お前さんに付きまとってるあの女騎士に言ったっていいんだ」


 ぼくの弱味を見逃さず、ニヤリと笑ったボビーがすかさず付け込んで来る。でも甘い。


「おや、これを最後の取引にするの?」


「ぐっ……」


 やはり、ボビーは怯んだ。

 そうそう、ぼくは金の卵を産む鶏みたいなもんだから付き合いは大事にした方がいい。


「さあて、ボビー。今日は泣いてもらおうか……!」


 でもそこで、意気上がるぼくの肩をガッと鷲掴みにした一人の騎士の姿があった。



「聞いちゃった、聞いちゃった♪ スノウの秘密を聞いちゃった♪」



 ぼくは頭を抱えた。


◇◇


 大剣を背負った物騒なパーシさんが、ぼくの肩を掴んで笑っている。

 小さく咳払いしたボビーが、サッと机の上の指輪を掠め取った。


「……リトルスノウ。話は明日以降でいいな?」


「…………うん」


「待て親父、話は聞いていたぞ。今隠した指輪を出せ」


 ……くっそ、『聞き耳』か。やられた……。


 お手上げといった感じで肩を竦めたボビーは、渋々指輪を取り出してパーシに手渡した。


「へーえ! ほぉう!」


 パーシは手の中で指輪を弄びながら、まじまじとぼくの顔を覗き込んだ。


「やっぱり力を隠していたね、リトル・スノウ!」


「……」


 ぼくが目を反らして黙り込むと、パーシは得意そうに鼻の頭を擦ってボビーに向き直った。


「親父、リトル・スノウが持ち込んだ魔道具はこれだけか?」


「……ああ、それ一つだ」


 流石ボビー!

 ぼくは気を取り直して、指輪を持ったままのパーシの手を握り締めた。


「お、なんだ? 力ずくで来てみるかい?」


 脳筋相手に? まさか。


「それは偶々上手くいったやつなんだ。ボビーに……ギルドに金貨一五枚で買い取ってもらう――」


「一〇枚だったな、リトルスノウ」


 これはパーシの手前、一桁少なく言ってるだけだ。一五〇金貨で手を打つと言ったぼくに、ボビーは一〇〇枚と言った。

 ここら辺が限度か……。

 最初の提示額に金貨二〇枚を上乗せしている。ぼくも妥協したけど、ボビーも十分勉強してくれた。


「うん、そう。ボビーに一〇金貨で買い取ってもらうつもりだったんだ」


 パーシは鼻を鳴らした。


「フフン、それは私には関係ないよね」


「……」


 ぼくはポケットからもう一つの指輪を取り出して、パーシに手渡した。


「な、なに、これは?」


「パーシのだよ」


「私の? 私にくれるの? スノウが? 私に指輪を? 本気?」


 これは別に狙った訳じゃなくて、パーシには近いうちに指輪を渡すつもりだった。


「それは売るやつだから、ボビーに返して。パーシのぶんは、ちゃんとあるから……」


 しおらしく上目遣いに言って見せると、ぼんっとパーシの顔が赤くなった。


「えっと! ええっと……!! スノウは……スノウは………」


 パーシはチョロい。さっきまで赤面して怒っていたのが、今はもう別の理由で顔を赤くしている。


「隠していたつもりはないんだ……」


 勿論、ウソだ。


「本当だよ? だからパーシのぶんはちゃんと用意してあったし……」


 半分は嘘じゃない。パーシは気の毒なぐらい頬を赤くして、きょろきょろと視線を左右に動かした。


「――ず、ずるいぞ! ぐ、と、とりあえずこっちは親父に返す! こっちは私のぶんだ、売らんぞ!!」


「……」


 ぼくが目配せすると、ジュリエがバックパックから乾果の入った小袋を取り出してパーシに手渡した。


「こ、これは……?」


「朝買ったんだ。それもパーシのぶん……」


「あっ、あっ、あっ……そう、う、嬉しいよ……」


 そこで、頻りに泳いでいたパーシの目が、ぼくの右の人差し指に填まった指輪に留まった。


「……」


 ペアリング。へにょっと力なくパーシの眉が下がった。

 ここまで。

 顔を真っ赤にしたパーシが、消え入りそうな声で呟いた。


「……一度だけだよ……一度だけだからね……」


 パーシさん、投了のお知らせ。


 ――主は悪いヤツだ。


 これが『武器』なら、幾らお人好しのパーシでも譲らなかっただろう。

 余程の事がない限り、魔道具で稼ぐのは止めた方が良さそうだ。

 パーシには見えない角度で、ぺろりと舌を突き出したぼくを見て、ジュリエが口元を隠して笑っていた。

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