第五話 宮廷追放(二)
宮廷に入ると、兵に囲まれた状態で皇帝天佑の前で平伏を強いられた。
明らかに罪人扱いだが、唯一の救いは雲嵐も召集されたことだ。
恐らく狙いは、叡秀の罪を育て親である雲嵐に責任を問うことだろう。皇帝派は皇太子派との境に立つ雲嵐の行動を制限したがっている。
だが叡秀にはどうでもいいことだ。侑浬と侑珠が無関係であることさえ伝われば、雲嵐は二人を守ってくれるだろう。
叡秀は顛末をありのままに説明した。天佑はわざとらしいため息を吐く。
「それで保護をしたと。何故すぐに報告をしなかった」
「申し訳ございません。人化ができないご状況ですので、お名前をうかがうことができませんでした」
「ふん。毛並みで王族と判断ができないとはな。御膳官は獣人の生態を学ぶのも仕事だ。胡雲嵐。お前は何を指導していた」
「早急に御膳房の指導体制を見直します」
「馬鹿を言うな。御膳房の教育は歴代から変わっておらん。一流だ。これはお前の養い子だろう。どう責任を取るつもりだ」
予想通りの展開だ。麗華国王族を歓迎したのは皇太子派のみで、皇帝派は猫玲王子のことなどどうでもいい。政敵を叩きのめす良い口実程度にしか思っていない。
けれどそんな事情を知らないであろう幼い猫玲王子は、にゃあにゃあと必死に叫んで叡秀を守ろうとしてくれている。だが政治を理解している麗華の王は王子を抱き上げ、王妃に任せると部屋を出て行かせた。
弁護してくれる猫玲がいなくなってしまえば、叡秀の投獄は確定かもしれない。ならば先に侑浬と侑珠を雲嵐に頼んでおかなければいけない。叡秀は雲嵐へ視線を送り、雲嵐も気付いてくれた。この子たちを助けてやってください――そう言おうとした時だった。侑浬が兵の腕を振りほどき立ち上がる。
「何で叡秀を怒るの! あの子はお腹すかせて倒れてたんだ! 叡秀はあの子が食べられる薬膳を作って助けてくれたんだよ!」
「腹を? ありえん。宮廷では御膳官が料理をお出ししている」
「じゃあちゃんとした料理じゃなかったんだ! 人化できないのは栄養が足りないからだって叡秀言ってた! 食べられる料理をあげてなかったんだ!」
狩猟へ出る前、御膳官たちは猫獣人料理にすると言っていた。兎の血統を踏まえた料理ではないから食べられなかったのだろう。
今ここで言えば保身は図れるかもしれないが、皇帝の面目は丸つぶれだ。皇帝を馬鹿にして生き延びられるとは思えない。悔しいけれど、弱者は黙るしかない。
それよりも今は侑浬だ。皇帝に食って掛かるなど前代未聞。それこそ投獄されても文句は言えない。叡秀も兵を押しのけ侑浬を抱きしめた。
「いいんだよ。色々事情があるんだ」
「ないよ! 命より大事な事情なんてない! あの子が死んでもよかったの⁉ 助けない方がよかったの⁉」
侑浬の叫びに大きく震えたのは、猫玲の父である麗華国国王だった。
天佑は眉間に皺をよせ、不快感を露わにしている。雲嵐は目を大きく見開いて、じっと侑浬を見つめている。
錚々たる顔ぶれの視線を浴びてもなお、侑浬は怯まず叫んだ。
「叡秀は獣人を助けてくれる御膳官だ! 悪いことなんてしてない!」
侑浬の言葉に全員が静まり返った。押さえつけようとしていた兵も腕を引っ込め、後ずさりしている。
叡秀は悪いことはしていない。だがこの国では獣人を守ること自体を良しとしない。何故猫獣人の王族が来たのかは知らないが、歓迎されてないことは確かだ。
けれどそれは政治的側面に過ぎない。人道的側面では判断が異なる。
天佑は判断を迫られている。政治を優先し叡秀を処分するか、誠意を見せ叡秀を許すか。十歳ばかりの子供に、皇帝としての資質を問われている。
誰も言葉を発することができずにいたが、雲嵐がすっと美しい所作で叡秀の前に出た。膝を付き腕を組み、深く頭を下げる。
「恐れながら申し上げます。猫玲王子が忍び出た理由が食ならば、罪は御膳房にございます。王子からご事情をうかがうまでの間、叡秀は自宅謹慎とすることでお許しただけませんでしょうか」
天佑は目を細め、悔しそうにぎりぎりと唇を噛んでいる。けれど許すとは言わない。やはり諦めるしかないと思ったが、もう一人走って叡秀の前で膝をついた。平伏したのは猫玲王子の父である麗華国国王だった。
「陛下。私からもお願いいたします。息子の放蕩であったのなら、罰は麗華国が受けなくてはなりません。誰に罪があるのか、ご判断はお待ちください」
天佑は千切れそうなほど唇を噛んでいた。悔しがる理由は王子への配慮が足りない自分を恥じて――ではないだろう。雲嵐に責任を追及できないことだ。
天佑はがんっと足を踏み鳴らし、怒りを振りまき立ち上がった。
「処分は後日言い渡す! それまで宮廷へ入ることは断じて許さん!」
――首が繋がった。
まさか投獄されずに済むとは思っていなかった。叡秀は安心して肩を撫でおろして平伏する。
「御温情いただけましたこと深く感謝申し上げます」
感謝をする相手はお前じゃないけどな――と心の中で吐き捨て、天佑が退出してからようやく身体を起こす。叡秀は悪くない決着だったが、侑浬は口を尖らせている。
部屋中の全員が侑浬を見ていた。侑浬自身は分かっていないかもしれないが、皇帝を引き下がらせたのは侑浬だ。
叡秀は不満げな侑浬の肩を抱いた。
「帰ろうか。うるさかったから侑珠は疲れただろう。休ませてあげなくちゃ」
「……うん」
侑浬は口を尖らせたままだったけれど、腕の中で小さくなっている侑珠をきゅうっと抱きしめ頷いた。大切にすべきことが何なのか、侑浬は本能で分かっている。
「いい子だ。じゃあお肉を買って帰ろう。侑浬はしっかりお肉を食べないとね」
叡秀は侑浬の手を握り、侑浬は侑珠を抱いて歩く。叡秀たちが動いただけで兵はどよめいた。犯罪者扱いした威勢はどこへ行ったのか。
叡秀は兵を横目に通り過ぎ、雲嵐の前に立ち頭を下げた。他へ聞こえないように小声で伝える。
「猫玲王子は兎の血が濃いようで、猫獣人の料理はお辛いのだと思います。御膳官に献立を見直すようお伝えください。獣人差別は許されないとも」
「……分かった。麗華国への御膳は私が用意する」
雲嵐は大きく頷いたけれど、視線は侑浬へと向けられていた。侑浬と侑珠のことはまだ説明も紹介もしていない。養い子である叡秀が子連れなのはさぞ不思議だろう。
侑浬は雲嵐の視線が怖かったのか、さっと叡秀の背に隠れた。叡秀はとんとんと優しく侑浬の肩を叩いてやる。
「叡秀。この子は」
「また改めてご説明にうかがいます。今日は失礼させてください」
説明すべきとは思うけれど、これ以上ここに侑浬と侑珠を置いておきたくない。
一刻も早く帰って風呂に湯を張りたい。侑浬と侑珠を思う存分遊ばせて、三人でゆっくりと休みたかった。
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