第二話 人間と薬膳と獣人兄弟(三)

 二人が眠ったのを見届けると、叡秀は台所に立った。


「最初は胃に優しい物がいいよね。お粥は食べられるみたいだし、八宝粥にするか。好みが分からないから、具は昨日と同じにしておこう」


 叡秀は野菜庫を開いた。最低限使う食材は台所に入れてある。

 取り出したのは米と紅棗べんじょう龍眼肉りゅうがんにく黒枸杞へいこうぎ白芷はくし当帰とうき、蓮の実、薏仁よくじんだ。

 八宝粥は米と穀物で作る粥だ。どんな穀物を入れるかは症状や希望で変えている。


「さて。まずは準備から。米を水に漬けて、紅棗、龍眼肉、黒枸杞、白芷、当帰、蓮の実、薏仁を洗う」


 八宝粥は米と薬膳材料を煮るだけの簡単な料理だ。考えるほどの手順もない。

 叡秀は鍋に水を張り、米を入れて火にかける。


「火は中火から。沸騰したら弱火に変えて二刻煮る。今日は緩い方がいいから、水分が飛んだら少し足そう」


 灰汁が出るので、ささっと掬い取りながら様子を見る。

 煮るだけといっても、煮る時間と水分量で仕上がりは変わる。栄養失調になるほど食べていないなら、できるだけ消化に良い状態で出す方がいい。水をほんの少し追加して柔らかい仕上がりになるよう調整していく。


「米が柔らかくなったら雑穀たちを投入して一刻くらい煮る」


 洗っておいた紅棗、龍眼肉、黒枸杞、白芷、当帰、蓮の実、薏仁を取り、鍋に入れる。馴染むように優しくかきまわす。


「紅棗は栄養価が豊富で貧血改善。龍眼肉は血行促進と免疫向上。黒枸杞は抗酸化作用。白芷は体温調整と冷え性に効果あり。当帰も血行促進。ただちょっと香りがあるから控えめ。蓮の実は利尿作用で毒素排出。薏仁も利尿作用で健康維持に効果的」


 食材には一つ一つ効果がある。食べれば即効果を発揮するわけではないが、継続することで健康な体作りに繋がっていく。


「この隙に汁物も作ろうかな。白菜湯ぱいつぁいたんならすぐだし」


 さすがに粥だけでは寂しい気がして、白菜と鶏胸肉を取り出した。

 これは説明もさして必要なく、白菜と鶏胸肉を切って茹でるだけだ。昆布でさっと出汁をとり、白菜と鶏胸肉を入れて火にかけた。


「それぞれ香りが立てば完成。胃に優しくてお手軽簡単」


 八宝粥は雲嵐が一番最初に教えてくれた料理だからか、とりあえず何か作ろう、という時は八宝粥を作る癖がついている。体調が悪い時もとりあえずこれだ。

 両方に火が通り完成すると、後は器に盛りつけ食卓に並べるだけだ。

 手早く盛りつけて盆に乗せ、食卓へ行くと侑浬と侑珠が目を覚ましていた。食事の匂いに釣られたのか、じいっと叡秀を見つめている。

 兄弟が並んで口を開けている姿は愛らしくて、思わず笑みがこぼれた。


「できたから食事にしよう。食べられる?」

「うん! 侑珠。おいで」


 侑浬が声をかけると、侑珠はぴょんと侑浬の肩に飛び乗った。侑浬が「おいで」と言って侑珠が飛び付くのが二人の日常なのだろう。

 慣れた流れで食卓に座ると、二人は八宝粥と白菜湯に目を輝かせた。


「すごい! いいにおいがする! ほかほか!」

「胃が驚かないように優しい料理からだよ。さあどうぞ」

「いただきます!」


 侑浬は匙をがしっと掴むと、勢いよく八宝粥を食べた。鶏肉が気に入ったのか、白菜湯にはいっそう目を輝かせている。


「夜はお肉にするよ。でも今はこれを食べてね。薬替わりみたいなものだから」

「そうなの? 薬が入ってるの?」

「ううん。これは薬膳っていうんだ。栄養価の高い食事だから健康に良いけど、医者が作る薬とは違う。獣人が好む食材と調理方法をしてるだけだよ」


 叡秀は一冊の本を取り出した。最初に雲嵐から貰った物で、薬膳の材料や献立について書いてある。

 広げて侑浬に見せてみるが、きょとんと眼を丸くして首を傾げた。


「俺文字読めないんだ。薬草ってこと? そういえばちょっとそんな匂いがするね」

「え? そう? そんな独特の匂いはしないはずなんだけど」

「器かもしれない。いつも葉っぱを器にしてたから、人間の器は慣れてないんだ」

「そうなんだ。じゃあ次からは萵苣ちしゃを器にしよう。ついでに食べちゃえばいいし。侑珠君は萵苣好きかな」


 侑珠も小さな口を一生懸命に動かして粥を食べていた。汁物を器から飲むことはできないので、侑珠の分は平たい器に白菜と鶏肉をほぐして置いてある。

 元気よく食べる姿は可愛らしくて、侑浬も幸せそうに侑珠を撫でた。


「取らないからゆっくり食べて。もっともぐもぐしなきゃ。もぐもぐ、もぐもぐ」


 侑浬に撫でられると嬉しいのか、侑珠は侑浬の指先に鼻を摺り寄せている。

 侑浬も侑珠も幸せそうだけれど、叡秀は侑珠の皿が気になった。鶏肉だけが見事に手付かずで、全て残っている。


「侑珠君は人化できない? お肉も食べた方が体にいいんだ」

「あ、いいんだ。侑珠は兎だからお肉が食べられないんだよ」

「え? 食べられるよ。というか、草食獣人は積極的にお肉を食べなくちゃ。獣人は半分人間。人間態を保つための栄養も摂らなきゃいけないんだ」


 侑浬はまたも目を丸くして首を傾げた。

 獣人の食生活について様々な生態が判明しているが、獣人本人は知らない場合が多い。解明したのは人間だからだ。

 それこそが翠煌国の生み出した獣人医療で、今最も獣人が学ぶべき分野でもある。

 叡秀は何としても獣人の生態を知ってほしいと思っている。

 おそらく、侑浬が侑珠の育て親を求める原因は寿命だろう。獣人は獣種ごとに寿命が大きく異なる。だが獣人医療を用いれば、寿命差は縮められる。

 ――獣人医療があれば、叡秀の両親が短命で死ぬこともなかった。育て親を探す必要も養護施設へ入る必要もなかった。こればかりは人間の力が必要だ。


「人間と共生すれば長生きできる。侑浬君が侑珠君を育てられるんだよ」


 侑浬はぴくりと指先が揺れ、じゃれていた侑珠もぴくりと揺れた。

 獣人医療が確立した今、侑浬と侑珠は叡秀のようにならずに済むはずだ。

 侑浬の瞳は期待に満ちて揺れていた。

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