後日談

「みーたーせーんーせーーーーーーー!!!」


 昼下がりのオフィスに、遠慮という言葉を辞書からあ行ごと破り捨てたかのような声が響く。


「ええいうるさいぞ加須鳥かすとりくん。こっちはまだ病み上がりだ、静かにしてくれ頭に響く」


 三田はうっとおしいという感情を隠すこともせず加須鳥を邪険に扱うが、加須鳥もまたそれを一切気にすることなく一方的に話を続ける。


「退院おめでとうございますー!!!いやぁー一時はほんっとどうなることやら……」


 あの日


 心霊写真の現地調査を行った日


 三田は間違いなく”何か”を見た。状況から察するに、恐らく本物の心霊現象を。


 ただし、三田はそれを覚えていない。


 加須鳥の話によれば玄関を開けてすぐ気を失ったらしく、そのまま加須鳥の運転する車に乗せられて近くの病院に運ばれたらしい。


「正直に言えば、心霊現象よりも君の車に乗せられていたって方がホラーだよ……君、たしか運転苦手だろう?」


「ええまあ、ほとんど運転したことがないタイプのゴールド免許ですが……火事場の馬鹿力ってやつが上手く作用したみたいですね。えへへ」


 ……背筋が冷える。が、仮にも命の恩人だ。余り邪険にし過ぎるのもよくないと思い


「そういえば」


 わざとらしい程に三田は話を仕切り直す。


「僕が退院するまでの間、と言っても検査のために3日程寝ていただけだが……君は近くで取材したんだろう?どうだった、成果は」


「あ、そうですそうです。わかりましたよ、あの家の正体」


 ——あっけらかんと言い放つ。取材だけでわかるのならばわざわざ現地を調査する必要も無かったのではないだろうか、とも思ったが好奇心に負けたのは自分自身なので考えないことにする。


「まあ正体って言うほどかはわかんないですけども……あの家、昔貧乏な家族が住んでたらしいんですよ。母一人娘一人の母子家庭。そこでお母さんも病気になって、借金取りだの仲の悪い親戚だのが頻繁に訪れたらしくって……」


「ああ、だからはなさないで、か。アレは侵入者への警告というよりは……話しかけないでくれ、という懇願だったんだな」


「まあ、近所からの聞き取りなんで幾らかは推測も混ざってると思いますけどね。とりあえずこれで今度の原稿のネタくらいにはなりましたかね」


 加須鳥は普段抜けている割に要所要所でしっかり編集者をやっている。心霊現象そのものの調査は上手くいかなかっただけに、この情報があるのとないとでは書きあがる記事も別物になっただろう。


「妄想であれこれ書き立てるよりはマシさ。しかしなるほどね、ひらがなで書かれていたのも子供が書いたから、か。心霊現象とは無関係な貼り紙だったのだろうかね」


「……え?」


 加須鳥は心底不思議そうな目で三田を見つめる。三田がその理由に思い至る前に、加須鳥は勝手に納得したらしく話を続けた。


「ああ、すいません。違うんです、娘さんは途中で親戚に引き取られていきましてね、最後まであの家で過ごしたのはお母さんの方です。もっとも、既に亡くなられてるみたいですが……」


 三田は、気を失う寸前に自分が見たものを思い出す。どうして今の今まで忘れていたのかわからないが、たしかにアレは子供と呼ぶには、否そもそも人と呼ぶにはあまりにも大きかった。


「つまり僕が見たのは……母親の幽霊?」


「あれ?やっぱり何か見てたんですか!?」


「ああ。大きな女の……そうなると、はなさないでの意味は……”娘を私から引き離さないで”……か?」


 ぞくりと


 背筋が冷たくなったような気がする。もしあの家にいたのが推測通り、娘と引き離された母親の幽霊だというのなら、それは侵入者に対して敵対的にもなるだろう。


「……いや」


 考察をすぐに振り払う。それではやはり一番最初、大学生から送られてきた投稿とつじつまが合わない。


「大学生グループで恐怖体験をしたのは家の中にいた学生ではなく、家の外で待っていた学生だった。それは何故だ?」


 その後、2人はやはりああでもないこうでもないと幽霊や家の正体について議論を重ねたものの明確な答えは出せず、結局この一件については”恐怖!子を奪われた母親の未練が眠る古民家に直撃!”という記事になり月刊粕取の紙面を飾るのであった。

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