第25話 お庭をお散歩
「…………幸せ、です」
皆様から誕生日を祝っていただいて、食後に本当にケーキまでいただいて。
こんなに幸せでいいのかと、そんなことを思いながら。熱を冷ますためにも、少しだけお庭をお散歩させていただいておりました。
「旦那様方も、大変楽しそうにしておられました」
「私の誕生日を楽しんでいただけたのなら、それだけで嬉しいですし……。皆様には、感謝してもしきれません」
お屋敷の中とはいえ、貴人は決して一人歩きはしないのだそうです。
今も私のすぐそばには、伯爵様が付けてくださった侍女の一人が常についてくれています。
と。
「おや? こんばんは、ミルティア嬢」
「マニエス様……!」
「こんなところで会うなんて、
満月に近い月明かりの中、雪も解け切って乾燥した空気の中現れたのは。銀と黒の髪をたなびかせながら歩いていらしたマニエス様。
月に照らされた髪や瞳が、昼間とは違う光を放っているようで。とても神秘的な雰囲気を
「少し、その……」
「興奮しすぎて眠れない気がした、とかでしょうか?」
「ど、どうしてそれを……!?」
まだ口に出していなかったのに……!
顔に出ていたのかもしれないと、頬に手をあててみますが。触れただけでは、よく分かりませんでした。
「僕も小さな頃は、あまりの楽しさに眠れなくなることがよくありましたから」
さすがに今は大人なので、もうありませんけれど。
なんて、少しお茶目にお話ししてくださるマニエス様は。やはり、伯爵様にそっくりな気がするのです。
「でもあまり長い間外にいると、風邪をひいてしまうかもしれませんから。気を付けてくださいね」
「は、はい。マニエス様も」
「大丈夫です。僕はもう、戻るところだったので」
言われてみれば、確かにそうかもしれません。
私は出入り口から外へ向かっていくのに対して、マニエス様はその出入り口に向かって歩いていらっしゃったのですから。
「昼間は少しずつあたたかくなってきていますが、夜はまだ冷えますからね」
「その分、夜空の星がとても綺麗に見える気がして……。好きなんです、この季節が」
自分が生まれた季節だからなのかもしれません。
少しだけあたたかくなり始めた、けれど夜は澄んだ空気の中できらめく星たちが見られる、この季節が。
植物たちが新しい季節に向けて準備していることが、日に日に目に見えて分かりやすくなってきてくれるところも。
「分かります。いいですよね」
「はい」
私が生まれたこの季節を、マニエス様も好きでいてくださることが、なんだか嬉しくて。
思わず笑顔を浮かべてしまった私に、マニエス様も笑顔を返してくださったのがハッキリと見えました。
「僕は暑い季節に入る、少し手前の生まれなのですが。この時期からそこまでの間に、庭が鮮やかになっていくのを見るのが好きなんです」
「素敵ですね」
今年はきっと、私もそんな季節の移り変わりをゆっくりと見られるような気がして。
同じものに同じ瞬間に出会えるのが、どこか楽しみでもあります。
「せっかくなので、今度の休みに天気が良ければ、ガゼボでゆっくりお茶でもしませんか? もちろん、あたたかければ、ですが」
「ぜひ!」
使用人の方を通してのお誘いは、これまで何度かいただいたことがありましたが。直接こうしてお誘いいただくのは、今回が初めてでした。
なのでつい、反射的にお返事をしてしまったのですが。
もしかしたら、少々はしたなかったかもしれません。
「では、楽しみにしていますね」
「私も、楽しみです」
ふふっと二人、笑い合って。
お休みなさいというマニエス様の言葉に、私もお休みなさいませと返す。
そんな当たり前の日常が、とてもあたたかくて幸せに感じられるのです。
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