第13話 似た境遇 -ソフォクレス伯爵夫人視点-
初めて彼女を見た瞬間、昔の私と似た境遇であることは瞬時に理解できました。
覇気のない青の瞳も、傷み切ったミルクティーのような色の髪も、体に合わないドレスも。栄養もお手入れも、何もかもが不十分であることを如実(にょじつ)に表していましたから。
マニエスが生まれるよりも、ずっと前。まだソフォクレス伯爵家に嫁ぐよりも以前のこと。
家族の中で唯一の黒髪黒目で生まれてきた私は、血のつながった家族からさえも気味悪がられ、嫌悪され。ひたすら疎まれる日々を送っていました。
特に母は不貞を疑われたせいで、誰よりも私に強くあたって。頬や頭を叩かれたり、髪を引きちぎられそうなほど強く引っ張られることも多々あったのです。
そんな経験をしてきた私の目から見て、息子の婚約者になるべくやってきたミルティアさんは、とても素直な子に見えました。
おそらく食事は満足に与えられてこなかったけれど、家族から暴力を振るわれるようなことまではなかったのだと思います。
見ず知らずの私たちを見ても、怯えや疑いの目は向けてこなかったことから、それは明らかでしょう。
(それだけでも少し、安心しました)
白髪の老人に嫁ぐのではと聞かれた時には、驚きのあまり声を失ってしまいましたけれど。
ただそのことを素直に口にできるということは、裏を返せば心を閉ざしていないということ。
となれば、この家に慣れるのも時間の問題でしょう。
(逆に、マニエスのほうが少し時間がかかるかもしれないわ)
困った子だこと。まさか食事の場にまで、フードを被ったままやってくるなんて。
旦那様やマニエスが、外で何と言われているのか。私だって、知らないわけではないけれど。
だからと言って、身一つでやってきてくれたお嬢さんに対して、失礼すぎるわ。
まともな食事すら摂れなかったであろう彼女が、私たちの動きを見ながら少しずつ食べ進めていることに……この子は、気付いているのかしらね?
(マニエスは、もう少し人とちゃんと向き合うべきね)
ミルティアさんが十六歳であることは、ある意味で幸運だったのかもしれない。婚姻まで、しっかりと時間があるということだから。
その間に少しでも、二人の距離が縮まってくれると嬉しいのだけれど。
(旦那様は、占いの相手ならば問題ないよと言ってくださったけれど……)
ふと、食事の手を止めて。今は伯爵家の当主となった、最愛の夫に目を向ければ。
私の視線に気付いたのか、旦那様もこちらを向いて。
そうして、微笑みかけてくださったのです。
(その優しさに、私はどれほど救われてきたことでしょう)
同じように微笑み返すことができる、この時間が。とても大切で、かけがえのないものだと。
いつかマニエスにはもちろんのこと、ミルティアさんにも知ってほしいと思うのは、私の勝手な考えかもしれません。
それでも。
「食後は珈琲と紅茶、どちらがいいかな?」
「あ……。え、っと……」
言葉に詰まった彼女は、そもそも紅茶すら口にしたことがないかもしれないと。
「あらあら、困った旦那様ね。女性が珈琲を飲む機会なんて、まだまだ少ないでしょう?」
「そうか。そうだったね」
「紅茶でいいかしら? ミルティアさん」
さりげなく助けを出したら、ホッとした表情をしていたので。私の行動は間違っていなかったと、ひと安心しました。
こうして少しずつでいいのです。この家に、馴染んでいってくれれば。
私が大奥様にそうしていただいたように、今度は私が貴女を助けていきますから。
『嫁取りの占い』によって、私が心身ともに救われたように。
旦那様と結婚して、本当の幸せを手に入れたように。
貴女にもまた、この家で幸せになってほしいのです。
私たちの可愛い可愛い一人息子、マニエスと一緒に。
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