再会は思いがけなく

Previously on KOUJI


前回までのコウジは……


何度も期待させて消毒のみの診察。

愛しのコウジはズルい男。(歯医者)

東野幸治似だが先生の本名もコウジと判明。

お高めの最新レーザーで消毒してドヤるコウジ。

希望を打ち砕く長めの治療とレントゲン。

先送りの本歯被せ。

コウジの所に行く為に上着に入れた財布を忘れ、ドラッグストアで恥をかき、コウジを呪う私。


❈❈❈


「あ……」


 朝、コーヒーを飲んでいる時に、口の中の違和感に気付く。コウジが詰めたピンクの仮歯が、コーヒーと薬剤の苦味の中に漂っている。私は哀しい気持ちで昨晩のことに想いを馳せた……。



「夕飯は唐揚げがいい」と言う子供達の希望を取り入れ、私は近所の中華料理店に走った。1人前で鶏肉2〜3枚分の量を気前良く詰め込んだ唐揚げは、値段も安く、我が家で大人気のメニューである。生肉を買ってきて調理する手間を考えたら、キッチンも汚れず、同じ値段で出来立てを食べられる方が断然良い。


 私は、買って来た唐揚げを食卓にてんこ盛りにし、育ち盛りの子供を呼び寄せた。

生姜やニンニク、スパイスの効いた大きな鶏唐揚げは、あっという間にその量を減らしていく。私はそれをにこやかに眺め、胸焼けを抑える為に、大量のレモン汁に漬け込んだ自分の分を口に入れた。


ガリ……


 嫌な予感がした。油断して仮歯の方で噛んでしまったのだ。ジューシーな鶏皮は少しだけ固くて、もろい仮歯を刺激したのかもしれない。

 コウジは「どっちで噛んでも大丈夫ですよ」と言っていたので、信じてはいたけれど……。



 私は追憶から覚め、携帯を手にした。震える指先で登録した歯医者の番号を押す。


会いたい。

でも会いたくない。

相反する感情が私を襲う。


「ふふ……開いてる時間帯に来てくだされば、すぐ対応しますよ……ふひ……」


 独特な笑い方をする受付嬢に蔑まれているような被害妄想を抱きながら、私は告げられた時間を忘れないようにメモした。


 準備をして、重い足取りで歯科医院のある2階への階段を登る。受付を済ませると、タイミングが良かったのか、すぐに名前を呼ばれた。私の中を念入りに探るコウジの為に、必死で歯を磨き、えずきながらしたマウスウォッシュも完璧だ。

 私はドキドキしながら診察台の上で待っていた。もしかしたら、このまま本歯を詰めて貰えるかもしれない。


「ちょっと見せてくださいね〜」


 現れたのはコウジ……ではなかった。いつも私の口の中にチューブを差し込んで乾燥させる歯科助手の女性。


「取れたのは上の部分だけですから、このままで大丈夫ですよ。ちょっと食べ物が挟まりやすくなるかもしれませんけど」

「そうですか……」

「このままお帰り頂いて結構です」

「はい、ありがとうございます」


 どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべる女に、謎の敗北感を感じる。うなだれて受付に向かう途中、コウジとすれ違った。


「お疲れ様でした〜」


 春の日差しにも似た温かな笑顔に、一瞬だけ殺意が湧く。しかし、何も言うまい。予約の合間にねじ込んだ私の一方的な殺意など、彼にとっては瑣末なことなのだ。


「お代は結構です。また予約日にお越しください」


 受付嬢に事務的に告げられ、殺意の矛先を躱された虚無感が増大する。外に出ると、眩しいほどの陽光が降り注いでいた。コウジの元に通い始めたのは2月上旬。


あれから1ヶ月も経ったのだな……。

 

 コウジが自社ビルの裏手で大切に育てているパンジーの花弁を見つめた私は、少しだけ救われたような気持ちになった。


 もう、春はそこまで来ている。


つづく


いや、長いよ!コウジ!(#・∀・)キー!

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