第34話 エヴァ視点:どうして、わたしには……

「いつ最後に笑ったの?」


 小娘リリの言葉が、わたしエヴァの胸に突き刺さる。

 ずっと抱きしめられて離してくれないから、わたしは昔話をして同情を誘った。

 そして接触念話テレパスで、リリの頭の中を覗いてみた。


 ……マスター、少しでも小娘から英知の秘密を盗み出せっていってたから試してみたけど。この子って何の精神障壁バリアも無い代わりに、精神世界は凄く眩しくて暖かいお花畑。どうして!? リリは、こんなにも能天気でいられるの!?


「そ、それは……」


「エヴァおねーちゃんが笑えないのは、ブラフマンさんがおねーちゃんに酷い事をさせているからなの! おにーちゃんなら、絶対に人殺しなんて他の人にさせないもん!」


 リリの心の中。

 そこには、笑顔の人ばかりが居た。

 トシという少年、アカネという整備士。

 そして名も知らぬ子供たちや人々。

 傲慢な貴族ですら、リリの前では何故か笑顔になっていた。


 ……どうして、この子の回りには笑顔しかないの!? わたしと、何処が違うの!?


 わたしの周囲には悲しみや怒り、恐怖や妬みしか無かった。

 今もマスターは周囲を恐怖で支配し、誰も笑顔を見せる事をしない。


「そんなの! あの坊やだって、命惜しさに貴方を売ったじゃないの? ヒトは皆自分が大事で、他人なんて道具以下としか思っていないわ!」


「違うもん! わたしが自分からブラフマンさんの元に行くって決めたの。おにーちゃんは反対したけど、わたしはキスで黙らせたわ。あのままじゃ、おにーちゃんが死んじゃう。それは、わたし一番嫌だったから」


 リリの心の奥底、別れの記憶。

 そこではリリはトシを、トシはリリを愛おしく思いながら、泣く泣く別れる二人の感情が激しく渦巻いていた。


 ……分からない! どうしてヒトをそんなに信用できるの? どうして貴方の周囲に笑顔があふれるのぉ!


「……リリ。貴方、本当に馬鹿の娘じゃない? 賢かったら普通は自分の命を大事にするのに、貴方は他の人ばかり大事にしちゃって」


「あー! エヴァおねーちゃんもリリの事を馬鹿って言ったのぉ! おにーちゃんもリリの事、天然アホ娘っていうの! リリ、これでも色々考えているよ? 皆の笑顔が好きだから頑張ってるだけなのにぃ」


 わたしの馬鹿発言に、頬をぷっくりと膨らませて怒るリリ。

 この子自身、色々と考えているつもりなのだけれども、そこには自分の損得が全くない。

 ただただ、周囲の幸せだけしか頭にない。


「はぁ。わたし、貴方と話しているのが馬鹿らしくなりましたわ。心の中を含めて表しかないし、お花畑ですの」


「わたし、おねーちゃんの中の闇。色々分かっちゃったかも。おねーちゃん、こうやって誰かに優しく抱きしめてもらった事が無かったんだね。愛してもらえなかったんだ」


 と思えば、グイとわたしを抉るような言葉を放つ。


「だ、抱いてもらった事は……あ、あるわ」


「それってイヤらしい意味での『抱く』でしょ? こうやって頭ナデナデしてもらえた? おにーちゃんは、わたしにいつもやってくれるの」


「う! そ、そんなの……」


「ブラフマンさんも、そっけない扱いだもの。それじゃ、おねーちゃんが可哀そう。闇がどんどん深くなっちゃう。それはリリ、嫌なの!」


 何故か、立場が逆転しているような気がしてきた。

 わたしの方が歳上のはずなのに、わたしよりも小さな子が母親みたいにわたしを抱いてくれている。

 心も身体も暖かい。


「……ホント、アンタは馬鹿だよ」

「馬鹿で良いもん、おねーちゃん」


 結局、わたしはこの後一時間以上、リリに抱きしめられっぱなしだった。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「何か、あの小娘から情報は入手できたか? 特に遺跡に関しては……」


「いえ、マスター。接触念話まで使用しましたが、彼女は何も知りませんでした」


「そうか。つくづく『使えぬ道具』よ。まあ、良い。少なくともギガスの強化と人質には使えよう」


 わたしは、マスターにリリの事を報告した。

 マスターの「使えぬ道具」という一言。

 それはリリを指し示すのか、わたしをも含むのか分からない。


 ……どうして今、マスターを疑うような事を思ってしまったの? わたしは、マスターの大事な道具のはずなのに。


「……マスター」


「ん、なんだ?」


「わたしは、マスターの大事な存在ですよね」


 わたしは、ヒトとして大事にされていたリリに煽られたのか。

 わたしがマスターにとって、どんな存在なのか。

 思わず聞いてしまった。


「今更何を言う? エヴァはワレの大事な道具。ワレの望みをかなえさせる道具を大事にせぬモノが何処に居る?」


「では……。わたしを抱きしめて下さいますか? この汚れてしまった身体で良ければ」


「……ふん。エヴァ、お前はあの小娘に何を吹き込まれた? 道具は道具として愛でるもの。ワレは道具に人格は望まん。性能さえ高ければそれだけで良いのだ。いらん事を言っておれば、お前も廃棄処分にするぞ。気分が悪い! ワレは先に休む。オマエは勝手にするが良い」


 わたしが思わず伸ばした手を払いのけ、部屋から去るマスター。

 その冷たさに、わたしは払いのけられた手を自分で抱いた。


「そうだ、小娘に伝えておけ。次の出陣の際にはオマエも連れて行くと。殲滅対象はワレに反逆したラウドだ!」

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