第12話
「今日は海底探査に行くのよね」
「ああ、坂上丸の沈没原因について興味深いことが分かってね」
その一言を口にしたとき、彼女の表情が妙に真剣になったように思えた。
「石炭の粉塵爆発やボイラーの破裂じゃなくて、機雷による撃沈じゃないかという意見が出たんだ。勿論確証はないけど」
「……その指摘は正しいわ。坂上丸は機雷で沈んだのよ」
「ずいぶん自信があるんだな。まだ、決定的な証拠もないのに」
その会話を下で聞いていたのか海面で待っていたほかの水生人間達が険しい表情でタラップを上って現れ出た。
「お前らたちも聞いていたのか?」
「ああ、下で軽く一通りな。バルロの口から言いずらいだろうから我々が代わりに説明する」
そう言って地上の人間なら美男子の部類に入る男の水生人間が口を開いた。
「産業革命から戦後の水性人間の人権条約締結までの間、我々や大型海洋生物の乱獲が激しくて我々との殺し合い凄まじかった。特に両戦争での兵器の発達が進み始めたころに、魚雷や機雷などの水雷の発達が進んで、そこに目を付けた我々は海軍のコネクションを使って、使用時のデータと引き換えに試作の兵器を非公式で入手した」
「まさか、坂上丸を沈めたのがお前たちで、海軍も一枚かんでいたと?」
「驚くのも無理はないけどな、本当だ。いや、坂上丸だけじゃない。密漁船や魚人工船をはじめとした、我々や海の生き物を捕らえる船が沈没する原因のほとんどが俺たちの攻撃だ。そりゃ人間の政府や軍も横流しなんてバレたら命取りになるから古いのをいいことに事故として扱っていただろう」
「それを証明することはできるか?」
その質問に今度はバルロは重い口をあけて彼の代わりに答える。
「まず困難でしょうね。書類は破棄されているだろうし関わった人間はみんな死んでいるわ。歴史学者は調べるでしょうけどお咎めはないでしょうね」
「まあ、そういうことだ。証拠は俺たちの証言と海底に残された兵器ぐらいだろうけどな」
その話した男が腕組みをすると、二の腕に何か切り取ったかのような傷跡が見えた。
「ところで話は変わるがその傷はなんだ。サメとかに襲われたものじゃないようだけど」
「ああ、これか。昔、潜水艦に乗っていた女性士官に自分の体の一部を食べさせた時に切り取った跡だ」
「それは一体、いつ頃の話なんだ?」
「冷戦の真っただ中の頃にいたのだ。男だけの船に男装して乗った女性が。船の名はオリオンと言って、生き残った中に一人だけ混じっていた」
その男は俺がその生存者の遺族だということを知らないようだった。よく考えてみると、確か親父のやつ酒で酔いつぶれていた時にそんな小言を話していた気がしたし、お袋のほうも女性のようにきれいな士官いたという話もしていた。
でも、親父も酔っていたし、お袋の話も与太話として片づけた。
「話を戻しましょう。坂上丸が沈没した位置についてわかっているの?」
「おおよそのところからして、この海域じゃないかと思うんだ」
俺は型落ちのタブレットで地図を出しおおよその沈没場所を指さした。そこは主にアンモナイトや三葉虫がいる場所でそこで狩りをする水生人間達が来る場所でもあった。
「正確な場所は分からないの?」
「沈没した海域で救助に向かおうとしたけど、護衛としてきていた海軍の砲艦に近付くなと警告されて、助け出せなかった。と、小説ではそう書いていた」
「プロレタリア文学の奴だろう。話を盛っているんじゃないか」
「いや、この話は事実みたいで、場所も大まかにここじゃないかって、他の乗組員の手記の中にも書かれていた」
俺が彼らに説明しているときに横目で見ていたバルロが「ちょっといいかしら」と言って話に割り込んできた。
「その魚人工船の沈没場所だけど、たぶんこの場所に沈んでいるんじゃないかしら」
彼女はそう言って付属していたタッチペンを使い、一つ一つ点々をつけた。
「これは何なんだ?」
「この点は私たちが仕掛けた機雷の設置場所よ。私の記憶が確かなら、喫水が深い船が通る場所を予想して設置したわ」
「なるほど、今でもその機雷は残っているのか?」
「ほとんどは、護衛に来ていた艦艇や戦後の私たちがあらかた片づけたけど、少しは残っていると思うわ」
「ちなみに、この海域で使用した機雷は磁気機雷というタイプだ」
磁気機雷とはその名の通り磁石などで発せられる磁力を感知する機雷で鉄の船にとって天敵ともいえる兵器だ。
「まさか、残っているうえに被雷するなんてことはないよな」
「さあ、どうだか。今でもたまに見つかるぐらいだから、そういうこともあり得るかもね」
俺は他人事みたいな返事をするバルロに声をかけようとしていた時に、背後から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「マサル、ちょっといい」
「あ、マリエッタたちだ。すまない、少し席外すけどいいか?」
「いいわよ、話しが終わるまで待っているから」
バルロたちを置いて俺はマリエッタたちがいる船内の中に入っていく。
船内には船長ら職員たちが神妙な顔をして書類の入った封筒の中身を確認していた。
「船長、どうしました?」
「ああ、マサル、実は坂上丸の沈没原因についてだが」
「バルロ達水生人間達が仕掛けた磁気機雷が被雷したのでしょう」
それを聞いた職員やマリエッタたちは驚いて、「なんで、知っているんだ?」と次々と質問攻めをしてくる。
「バルロから聞いたのか?」
「正確に言えばバルロの部下と思われる男に聞いたよ。かなりの美男子でしたが」
「美男子ね。お前も今の時代でも結構いける口だと思うぞ」
「冗談を言ってる場合じゃないでしょう船長。そっちはどうやって?」
「さっき財団がとある国の機密指定にされているマイクロフィルムを非公式に入手して分かったのだ。それによると軍で研究が進められていた新型機雷や試作型の魚雷のテストをペドロス海で行ったと記録されていた」
そう言って船長が俺に一枚の紙を手渡した。内容は重要な部分が黒澄になっていたが、船に受けた被害のあらましが克明にタイプされていた。
「これは、坂上丸とは違う船のようですね。見たところ捕鯨船を改造した船で、主にモササウルス類を捕っていたようですね」
書類の中にある大型の船。これはどうやら、当時最新の音響魚雷で撃沈されたみたいで、船から脱出した人間のほとんどがモササウルスに食べられたみたいだった。
「しかし、よく見つけましたね」
「まあ蛇(じゃ)の道(みち)は蛇(へび)ってやつさ。どうやって入手したかは営業上の秘密ということだ」
「ところで、坂上丸で聞き出せたことはほかにあるの?」
「船長、この海域の海図はありますか。出してください」
俺は海図を広げてもらって、さっきのタブレットを見ながら一つ一つマーキングをして、それに合わせて、坂上丸の大まかな沈没場所と照らし合わせた。
おかげで、探索範囲を絞り込むことができたがそれでも三か所の候補がある。
「船長、全部を今日中に調べられますかね」
「まずは、残骸の帯を調べよう。海流の流れから船がばらばらになっている可能性もある」
「でも、どうやって。潜って調べるのか?」
マリエッタたちの質問に俺は「潜るのは船が見つかってからだ。今の時代は音響装置やスキャナーとカメラを使って見つけられる」と笑顔で答える。
「でも、これだけ広いと見つかるまで時間がかかるわ」
「なにも、最初は船そのものじゃなくて、さっき言った残骸の帯を見つければいいだけだよ」
船長はそう答えて広げていた海図を丸めて棚に戻し始める。
「あと、船長。これは坂上丸とは関係はないのですが……」
「なんだ、言ってみろ」
「潜水艦オリオンに女性の乗組員がいたことはご存じで?」
「……公式記録には残っていないがそのようだ。それがどうかしたのか?」
「実はさっき言った美男子の水生人間が彼女に自分の体を食べさせたみたいなんです。さっきの男の体の一部に切り取られた跡を見たのを見ました」
それを聞いたマリエッタや職員たちはひどく驚き、どういうことなのかき返される。
「つまり、それはどういうことなの?」
「はっきりしたことは分かりませんが、少なくとも水生人間の肉を食べさされたオリオンの乗組員は親父だけじゃないということでしょうね」
「マサル、メールで親父さんと連絡は取れるか?」
「やってみます。親父もようやくスマホデビューし始めたようですから。何しろインターネットをコマンドプロンプトで打ちこむ時代で止まっていましたし」
それを聞いた職員のみんなは一斉にどっと笑い、マリエッタは「ところでコマンドプロンプトっていったい何なの?」と真剣に聞いてきた。
それにはさすがの俺も窮したが「辞書があるからそれで調べてくれ」と言って逃げ切った。
「まあ、いいわ。でもお父さん。どうして水生人間の肉を食べさせられたのかしら」
「それは分からないけど、お袋が押しかけ女房で独占欲が強いから、他の女にとられるのが嫌だったんじゃないか。後で親父に聞いたら、婚約者がいたのに寝取られる形になったって、怒りで手が震えてた」
「お父さんの名前と配属はどこなの?」
「なんでそこまで? まあいいか。親父は武志と言って配属は原子力機関要員だって聞いているが、それが何か?」
それを聞いたマリエッタは少々考え込んで少し下の地にこうつぶやく。
「ただ、単に好きだったという簡単な理由じゃないかもね」
「え、なんか言ったか?」
「いえ、こっちの話よ。それより早く魚人工船を見つけてしまいましょう」
「お嬢さんの言う通りだ、マサル、準備は整ったからすぐにその海域に向かうぞ。いいな」
「はい、わかりました船長」
船長の言葉を受けて俺たちはすぐに調査に向かう準備を始めるのだった。
二時間後、俺たちは手記や小説などで記されている坂上丸の海底調査を始めていた。海底には岩の隆起やサンゴ類の大群に混じり戦時中の潜水艦やそれらに沈めされた輸送船の残骸が映っていた。
時々にではあるがモササウルスの親子がこの海域に生息するアンモナイトや三葉虫を食べにやってくる。
俺たちは奴らを刺激しないようにソナーとの距離を放しながら調査する。
「船長、この海域は沈没船が多いようですね」
「ああ、そのようだな。この中に坂上丸を見つけるのは大変だぞ」
「でも、バルロの示した磁気機雷の設置場所を逆算すれば見つかるはずですよ」
俺たちがソナーの画面を注視しているとき、それの反応が掛かった。
それは明らかに船だった。少し経年劣化はしているようで煙突もないが紛れもなく船で岩でもなかった。
俺はすぐに地図と照らし合わせて発見場所を確認する。間違いない、仕掛けた場所と沈没場所が一致している。
「間違いありません。坂上丸です」
「待て、早まるな。この船が別の沈没船の可能性がある。確認できるまでこれが坂上丸とは断定できない」
船長ははやる俺たちをなだめて潜る準備を始めるように伝える。俺はいの一番にダイビングスーツを身に着けて、シュノーケルを頭に着けて潜る準備を始めると、マリエッタが俺に質問を投げかける。
「そんな軽装備でいいの?」
「なにがだ?」
「だって、この海域を潜るのだったら、酸素ボンベとかいう金属の樽を担いで潜らないといけないじゃないの?」
「心配するなよ、見ただろう。俺の腹に鰓があったのを。無酸素のような場所でもない限りはボンベなんて必要ない。普通に長く泳げるさ」
俺はそう息巻いて仲間たち数人とともにその反応があった場所に急行した。
水中には幾重にもアンモナイトが優雅に水中を泳いでいる。俺たちはそのアンモナイトをかき分けて青い水中を進むと、そこにその物体は現れた。
船は貝などの海洋生物に覆われて、塗装も年月と潮の流れで剥がれ落ちて、その影響もあってか錆も浮いていたが紛れもなく旧式の船だった。
俺はすぐに艦首にある船名の確認をする。船名は船によるが坂上丸の場合はペンキではなく、金属で名前が書かれているはずのため、朽ち果てていなければ残っているはず。
艦首には昔の漢字とローマ字で「坂上丸」と書かれていた。俺はすぐに証拠写真その一として船名を撮影した。
次に、この船の沈没原因の特定に向かう。沈没原因が機雷であるならばその船底には爆発時に受けた大穴と竜骨の曲がりなどの大きなダメージがあるはず。
かつて、ガリポリで沈没した戦艦を調査した時も大きなダメージがあったと聞いていた。
結果は予想をはるかに超えていた。船体は大きくゆがんでいて、船体中央部に大きな穴が缶詰の開けた跡のように大きく切り開かれたみたいになっていた。
それは紛れもなく粉塵爆発やボイラーの破裂などのダメージではなく外側から受けた爆発でできたものだった。
俺はそこに証拠写真としてその穴を撮影した。念のために中の様子も調べることにした。
それは、機関室のボイラーの状態を確認するためでもあるがこれには危険が伴う。もし迷ってしまえば酸素の消費でいくら俺でも窒息してしまうから。
中を覗いてみると、ボイラーは間違いなく破裂もしていなかった。それどころかそのボイラーは明らかに当時としては最新の重油式のもので、老朽船が使うみたいな石炭炊き丸型ボイラーではなかった。
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