026: 想起 -- 『仇花の宿』にて
マガミの面前を立ち去り廊下に出ると、カナギがおずおずと口を開いた。
「なんだか久しぶりだな。センリとこうして二人でいるの」
そのしんみりとした声色をどう受け止めていいか分からず、センリは一瞬口を噤んだ。
「たしかにな。俺はちょっとリアルでいろいろあったし、カナギも人気になったようやし……。でも忙しいんはええことやと思うで? それだけ必要とされとるっちゅうことやからな」
センリは励ますようにそう言った。カナギは少し目を伏せたが、すぐにセンリの方にその瞳を向けて口を開いた。
「そうだセンリ。お前に頼みたいことがあって」
「何?」
センリはその透き通るような藤色の瞳を見つめ返した。
「お前に作ってほしいんだ。俺の新しいスキルを活かせる刀を」
「……新しいスキル?」
問い返しながら、センリはデータの中のカナギの姿を思い出していた。
「<展延>っていうスキルで、使うと刃先を自由に延ばすことができる。でも今の刀だと、刃が重くなりすぎて扱いづらいんだ」
「……なるほど」
カナギの説明に頷きながらセンリは思考を巡らせた。
つまり彼が望んでいるのは軽い刀だ。しかし重さに欠ける刀は普通のものと取り回す感触が変わってくるだけでなく、威力も弱くなってしまう。
短刀。センリの頭にその形が過ぎった。威力の乏しさを埋めるために、魔法のように属性をまとわせるのも面白いかもしれない。
「分かった。作ってみるわ」
センリが頷くと、カナギは少し明るさを見せてほほ笑んだ。
「ありがとう」
そのとき、空から雨がぽつりぽつりと降ってきた。それはあっという間に大降りになり、廊下に閉じ込められたかのように、センリとカナギは二人で立ちすくんでいた。
「これから出ようと思っていたのに」
カナギはしょんぼりとそう言った。彼の黒髪が湿気にしぼんでいくのがその心情を表しているようで、センリは思わずふっと笑った。
「しゃーない。こういうときは適当にくつろぐんがええわ」
そしてカナギを連れたセンリは小さな和室へ入った。開けっ放しの障子戸の向こうの雨に打たれる庭の草木を、ぼんやりとカナギは眺めていた。
その横にそっと座ったセンリは、しばらく無言の空気を吸った。その冷えた温度にはっとして、センリは横のカナギに尋ねた。
「そういえばヨウがおらんけど、なんかあったん?」
カナギは息を呑んだ。そして瞳を揺らし、言いづらそうに答えた。
「俺が紹介したギルドに入ったんだ。『ヴァルハラ騎士団』に」
「『ヴァルハラ騎士団』……」
センリはこの前のゴーズィの様子を思い出した。たしかにあの誠実な男のギルドであれば、ヨウはのびのびと理想を追い求めることができるだろう。
「意外やな。てっきり『仇花の宿』に入れるつもりで面倒見とるんかと思ったわ」
「あんな小さい子を人斬りの道に連れていくのは流石に気が引けるさ。元々、刀の扱いを身に付けた頃にギルドを探そうと思っていた」
カナギは寂しそうにそう言った。センリは頷き、また明るい口調で言った。
「俺もこの前会うたで。ギルドマスターのゴーズィに」
「そうなのか?」
「カーマって奴覚えとるか? この前の最終戦の相手。あいつの知り合いだったらしい。真面目でええ人そうやった」
こちらに丸い目を向けたカナギに、センリはそう言った。
「へえ、世間って狭いもんだな」
カナギはそう呟いて、また庭に視線を戻して言った。
「ゴーズィも俺と同じ、事件に巻き込まれた口らしいんだ。腕に後遺症が残っているらしい。でもあいつはそれよりもそのとき死んだ青年のことを気にしていた。今から六年前のことだと言っていた」
彼の言葉は、雨音の中でもよく響いた。
「たぶん2044年の電車内殺傷事件だ。死刑廃止のきっかけになった事件だから、俺もよく覚えてる」
センリもその事件は覚えていた。
AIを始めとする情報技術を扱える人間のみが輝き、そうでない人間は泥の中でもがくしかない現代において、社会への不満のためにこうした凶行は数を増やした。
その発端となったのが、カナギが今口にした事件だ。
孤独な生活に心を摺り切らせた犯人は、偶然同じ車両に乗っていた少女に刃物を向けた。それを青年が庇って刺され、そのまま命を落とした。助けに入った男も重傷を負ったと、確かに報道されていた。
生に絶望し社会を敵視する人々は、死刑を望んで似たような犯行を起こした。その結果、世論は死刑廃止に大きく傾いた。
しかし、それで事件の数が減ったわけではなかった。
「もしそれが無ければ、俺の目の前で子供を轢いた奴も、そんなことをしなかったのかなって思うよ」
カナギはひっそりと呟いた。
彼が巻き込まれた事件は駅前暴走テロと呼称される。それは犯人が、死刑復活の思想を掲げて及んだ犯行だったからだ。
犯人は強迫性観念に苦しめられていた。自分のような劣った人間には死刑が必要だと思い込むようになり、死刑を復活させるために入念な計画を練ったうえで、人通りの多い夏休みの昼間に車を走らせた。
「本当に皮肉なことだけど、片目を失って期待されなくなって……死刑を望む気持ちがなんとなく分かるようになってきた。誰かに傷を負わせたいという気持ちも」
カナギは痛ましい笑みを浮かべた。センリはその顔を見て、ぎゅっと胃の奥が締まるような気持ちがした。
その表情は、センリの兄にそっくりだった。
センリは恐ろしくなった。まるで心の傷を通して、兄がカナギに乗り移ったかのようだった。
カナギに傷を負わせた、センリの兄そのものが。
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