024: 機構 -- アトリエにて

 センリが押し黙ったままでいると、ふいに外から甲高いモーター音が聞こえてきた。以前カナギと来たときに聞こえた音と同じだった。

 自動車のようなモーター音が止まるとすぐに、けたたましいドアベルの音と共に店の扉が勢いよく開いた。


「失礼する! このリル=ラ=ミラージュ、こちらのお方のご案内に参った!」


 よく通る声でそう言いながら入ってきたのは、白くゴテゴテとした鎧に身を包んだ女性だった。黒髪をショートカットにし、いかにも生真面目そうな雰囲気だ。


「ゴーズィ殿! 到着したぞ……ゴーズィ殿?」


 彼女は後ろを振り向いて不思議そうな声を上げた。センリが立ち上がり様子を見に行くと、彼女の背後には膝をついて頭を抑える甲冑姿の男がいた。

 その兜の角を目にしたセンリは、動揺が顔に出ないように口を引き結んだ。


「す、すまない……すっかり目が回ってしまったようだ」

「そうか! こちらこそ配慮が足らず申し訳ない!」


 甲冑から聞こえてきたのは、先ほど聞いたばかりの声だった。

 間違いない。カナギと共にいた盾職の男だ。


「ちょうど良かったあ。リルも寄っていってよ」


 センリの後ろからカーマが緩く声をかけた。こちらに視線を戻したリルは、真面目そうな顔をきょとんとさせていた。

 ゆっくりと歩いてきたカーマはリルの側に立ち、こちらを指して言った。


「そこで棒立ちしてる奴はセンリって言うんだ。あたしのお兄ちゃんなの」


 その言葉を聞いたリルは、驚きを顔一面に出してセンリの方を見た。


「何!? 兄上なのか!」

「いや、全然他人やで」


 その勢いにセンリは思わず切り捨てるように即答してしまった。しかしリルは気にした様子も無く、きりっとした顔で敬礼した。


「自分はギルド『幻想遊劇団』所属、リル=ラ=ミラージュだ! 以後よろしく頼む!」

「幻想……なんて?」


 耳慣れないギルド名を言われたセンリは、その名前を問い返した。リルは何故か誇らしげな顔をしてその問いに答えた。


「遊劇団だ! ちなみにゲキは喜劇や悲劇の劇だ! 人はみな、我々のことをラ=ミラージュと呼称する!」

「自分たちでそう呼んでるだけだけどねー」


 格好つけるリルの横で、カーマはにやにやとそう補足した。

 センリはひとまず納得した顔をして、次に甲冑姿の男を見た。

 大きな身体を居心地悪そうにすくめながら扉を潜り抜けた彼は、リルと同じように直立不動の姿勢を取って言った。


「俺はゴーズィ。『ヴァルハラ騎士団』という新興ギルドのマスターだ。よろしく頼む」


 『ヴァルハラ騎士団』ということは、やはりカナギを勧誘していた人物のようだ。

 ゴーズィの名前を心に留めながら、センリは愛想良く笑ってみせた。


「俺はセンリ。レーセネで刀を作っとる。よろしく」


 そして自己紹介が一通り済むと、カーマがソファを陣取ってゴーズィに声をかけた。


「ゴーズィ、あれ見せてよ」

「承知した」


 ゴーズィは従順に頷き、インベントリから大きな盾を取り出した。

 剣と一体化している盾で、白くつるりとした表面に金の装飾が施されており、どこか神聖な雰囲気が漂っている。


「おお! カーマ殿! ついにそれを完成させたのか!」


 盾を目にした瞬間、リルはいきなりはしゃぎ始めた。

 ゴーズィは盾からするりと剣を抜き取り、センリたちに見せるように掲げながら言った。


「俺はパラディンでな。盾で敵の攻撃を受け、剣で反撃する戦い方が基本だ。しかしカーマが作ってくれたこれは、そんな常識を覆す……」


 そしてゴーズィは剣を盾に再び差し込み、その持ち手で盾ごと持ち上げるようにした。


<変貌せよ>モーフ


 彼がそう言うと、盾が機械音を響かせてみるみるうちに変形していった。そのロボットじみた動きに、センリも童心がくすぐられるような高揚を感じた。

 それは両刃の斧のようだった。盾が刃となり大剣が柄となったそれを、ゴーズィは軽々振ってとんと床に先端を付けた。


「武器の変形! くうー! 思っていた通り、いや思っていた以上にかっこいいものだ!!」


 リルは拳を握りしめて叫んだ。カーマも少し嬉しそうにして、センリの方を向いて言った。


「どう? これがカーマ様の作った変貌武器よ。変貌のために機構を組み入れることで、変貌できるようになるの。命が散るというイメージに適していた【ヒガンバナ】だけが、<散華>を発現させたように」


 人の感情に呼応してスキルを生み出すのと同様、武器制作に関してもAIの挙動に人の思考が干渉するようだった。

 つまり『SoL』の世界では、傘をさすから雨が降るのだ。


「この世界の神様は、人の思い込みを叶える存在やからな。それにしても盾剣から斧への変更……おもろいやん」


 センリは感心を素直に表した。得意気に口角をつり上げたカーマは、センリの顔をじっと見て言った。


「なんだ。人のことちゃんと褒められんじゃん。褒め言葉、嫌いなんじゃなかったっけ」

「俺のことなんやと思っとんねん」


 からかうような言葉をかけられ、センリは顔をしかめた。悪戯っぽく笑ったカーマは、今度はリルの方を向いて言った。


「ってことで、リルのおかげで良いのができたからさ。また一緒に仕事しようよ」

「いいのか!? ありがたい! 最近ギルドの資金難で困っていたのだ!」


 その会話にセンリが首を傾げると、カーマがリルを指して説明した。


「変形の機構はリルが考えてくれたんだ。元々舞台仕掛けとか作るのが趣味で、あの鎧もロボットみたいに変形するんだって」

「空中飛行も水中潜行も可能だ! 腕からはビームが出るし、胸元にはお菓子を隠すスペースもあるぞ!」


 リルはぺらぺらと語って胸を張った。


「すまない。ギルドを作った者として気になったのだが、リルのギルドは資金難なのか?」


 武器をしまったゴーズィがそう尋ねると、リルはみるみるうちにしょんぼりとして答えた。


「そうなのだ。『幻想遊劇団』はこの鎧などのカラクリを作り、サーカスのような見せ物をして製作費を稼いでいた。しかし一番のお得意様がこのゲームを引退することになり、これからの目処が立たなくなってしまったのだ」


 センリにとって、『仇花の宿』が無くなるという感じなのだろう。裏目的があるマガミならともかく、一介のプレイヤーに頼りきりなら仕方のないことだった。


「ふーん。そのお得意様って誰?」


 カーマは相槌を打つ代わりに問いかけた。


「『マスカレード・ファミリア』だ」


 その答えに、かつて対峙した少年たちの姿がセンリの脳裏を駆け巡った。

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