第18話 勇者を演じるのは誰か

「大方、魔導士に異端の罪を赦す代わりにエッチさせろって迫るつもりだったんでしょうね。結局のところ勇者と仲間たちが抵抗して事なきを得たらしいけど」


 テーブルのバケットに手を伸ばしたニーナ部長は、バケットを千切らずにそのままがぶりと食らいついて頬張る。

 とてもお嬢様とは思えないワイルドな食べ方だ。


「あの野郎……、もっと懲らしめておくべきだったか」


「え?」


「なんでもないです」


「そう? でさ、当時の世論は女魔導士に同情する一方で彼女が異端の罪に問われるのは仕方がないっていう意見が大半だったみたいなの」


「どうしてですか? その魔導士の方は仮にも誉れ高き勇者パーティの一員なんですよね?」


「私も良く知らないけど、その人って『反逆の魔女』って呼ばれていたらしいのよ」


「反逆の魔女? ひょっとして部長はヴァルツが犯人じゃなかったら、その魔導士が当時の怨みを返すために殺したと考えているんですか?」


「あくまで可能性の話よ。大神官に手込めにされそうになった本人はずっと根に持っていて犯行に及んだ、とかね」


「うーん、それってずっと昔の話ですよね? 時間が経ちすぎじゃないですか?」


「さあ、急に思い出してムカついたんじゃないかしら?」


「……まあ、たまにそういうこともありますけど。過去に言われた一言を思い出してムカついたり」


「そうそう、そんな感じよ。とにかく大神官は色んなところから怨みを買っているから容疑者も多いってこと」


「僕も言動には気を付けるようにします」


「そうね、ユウリは怨みを買いやすいタイプだから」


 微笑を浮かべる部長に僕が苦笑で返したそのときだった。


「おう、ユウリ……と、それから鍛冶クラブの部長さん」


 僕らがいるテラス席の横で立ち止まったのはケイジである。


「ケイジ? こんなところで奇遇だね」


「ちょっとお使いを親に頼まれたんだ。お前も買い物か? てか凄い量だな」


 ケイジは僕らの足元に置かれた荷物に視線を落とした。


「あー……、これは部活で使う素材だよ」


「ふーん、デートの邪魔したな。じゃあな」


「ああ、またな」

 

 ぺこりとニーナ部長に会釈したケイジは、そのまま立ち去っていった。


「デートだってさ。否定しなくてよかったの?」 


 ふふんと鼻を鳴らしながら頬杖を付いた部長に、僕は肩をすくめてみせる。

 

 タイミング良く注文していた魚料理がやってきたところで、「さて、腹が減ってはなんとやらです。午後からは本番ですからね」とナプキンを広げて首元に突っ込んだ。


「午後? 本番? あなた様は私をどこへ連れて行ってくれるのかしら?」


 済ました声で尋ねる部長に「たくさん汗が掻ける場所です」と僕はにやりと笑って答える。


 それから昼食を食べてお腹いっぱいになった僕らは、ゼスト家の工房でめちゃくちゃ鉄を打って汗まみれになった。


 そして、次の日もその次の日も、連日で僕らは学校が終わると工房に集まり聖剣作りに勤しんだ。


 ちょうどテスト期間に入ったおかげで、すべての部活動が活動禁止となり、ビンズくんに怪しまれることなく毎日毎日鉄を打って鍛えて、一切妥協することなく細部までこだわりながらも作業はスムーズに進行し、予定より早く完成させることができた。


 まあ、二本目だしね……。


「完成です!」 


 額の汗を拭って僕は聖剣(偽)を掲げる。


「すごいよユウリ……本物の聖剣にしか見えない……。私は見たことないけど、これならきっと見分けは付かないんじゃない?」


 にこりと微笑んだ僕は、「どうぞ、ニーナ部長」と聖剣(偽)を差し出した。


 しかし、彼女は受け取らない。


「どうしたんですか?」


「あ、あのね、実はもう一つだけお願いがあるんだ……」


「え? なんですか?」


「その……勇者になってほしいんだけど」


「はい?」


「もちろん本物の勇者って意味じゃなくて! それを持って弟の前に登場してほしいんだ……勇者として」


「僕がですか!?」


「だって聖剣を持っているのは勇者でしょ? でも私じゃダメでしょ? 勇者を演じるならユウリの方がいいじゃない」


「で、でも……」


「なにかまずい? 内々の話だから勇者を名乗っても問題はないでしょ?」


「まあ……、そうなんですけど」


「お願い! 勇者のふりして聖剣を持って弟に会いに来て! どうかお願い!!」


 ニーナ部長は手を合わせて頭を下げた。

 

 面倒事は避けたいけど、ここまで付き合って乗りかかった船どころか完全に乗っている状態だ、最後まで付き合うか……。


「わかりました。では都合の良い日時を教えてください」


「ホント!? できるだけ早くがいい、できれば今夜」


「今夜? それはつまり弟さんには思っていた以上に時間がないということですか?」


 ニーナ部長は静かに頷いた。



 彼女が帰った後、家の書庫から戦記を引っ張り出してきてページを開く。

 

 はたして僕に勇者の代わりが務まるのか甚だ疑問だけど、少しでも勇者っぽく見えるように、戦記に描かれた歴代勇者の肖像画を参考にしてキャラ作りを急いだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る