第13話 正義の味方の正体は誰か

「なんだ貴様は!?」と小太りのおっんさんが僕に言ってきた。


 はいどうも、ユウリ・ゼストです。なんて名乗る訳にはいかない。


 ここまでは計画通り、ケイジが外で騒ぎを起こしている間に教会の地下へと侵入した僕が見たのは、手枷をはめられた王女が小太りのおっさんに無理やり歩かされているところだった。


 おっさんはいっちょ前に法衣なんか来ている。しかも金糸が編み込まれた上等な法衣だ。神官の中でも高位の大神官クラスに違いない。

 

 地方教会を任された大神官が王女の腕を掴んで一体どこに連れていき、一体ナニをするつもりなのか、それは火を見るよりも明らかではないか。

 

 おお、世界の根源たる精霊神よ。この男は信仰を笠に着た下衆野郎です。いますぐに罰を与えたもう……。


 僕は思わず天を仰ぎそうになった。


 なんにせよタイミング的にはギリギリだった。故にヒーローの初登場シーンとしてはバッチリだ。


「なにをしている、侵入者だ! 出合え! 出合え!」


 小太りが吠える。どこからともなく駆け付けてきた衛兵たちが、わらわらと僕の周囲を取り囲んでいく。


「神聖な地下神殿に無断で足を踏み入れるとは無礼者め! 名を名乗れ!」


 よし、いいぞ小太り。ここでケイジが考えてくれた正義のヒーローっぽい口上で名乗りを上げるぞ。

 

 僕は偉そうな小太りを仮面越しに見据え、「我こそは――」と発した自分の喉から出てきたのは凛とした女性の声だった。


 声が変わる仮面とは言っていたけど、まさかここまで変化するなんて、さすが老舗道具屋の息子の発明品だ。


 あまりの美声に思わずズッコケそうになってしまったが、むしろこっちの方が好都合。

 この薄暗い地下で仮面を付ける僕の性別を背格好だけで判別するのは難しい。

 周囲を取り囲む衛士たちも相手が若い女と勘違いして戸惑っている。

 

「我こそは闇夜を切り裂く眩き超新星、その名もスーパーノヴァ」


 気を取り直してそれっぽいキメポーズと共に名乗りを上げる。


「す、すーぱーのばだと? なんだそれは!?」


「私も知りません。そんなことより聞きなさい。えっとそこの太った豚みたいな……」


「ふ、太った豚ッ!? 無礼な! わしは大神官ジーホセ卿なるぞ!」


「あっそ、じゃあそこの豚神官に異端審問官と言う名の教会の犬たちよ、そして教会に雇われた衛兵たちよ。あなたたちが探している聖遺物を盗んだ犯人を私は知っています」


「ぬわにぃ? たわごとをッ!!」豚が唾を飛ばして喚く。


「たわごとではありません。だって盗まれた聖遺物と言うのは聖剣なのでしょう?」


「な、なぜそれを!?」


 豚神官は動揺を隠せない様子。見事に狼狽している。


「さきほど言ったとおり、私は盗んだ真犯人を知っているからです」


「それなら犯人は誰だ! 言ってみよ!」


「聖剣を盗んだ犯人は……」


 ここで少しタメを作ってと――。


 女性っぽく体をくねらせてシナを作った僕は「それは魔人です」と彼らに告げた。


「なにぃ!? 魔人だとぉ!!!」


 そう、これこそ必殺、『悪いことは全部魔人のせい』作戦である。どうせ魔人なんて誰も見たことも会ったこともないんだから、確認のしようがない。


「魔人……、まさかあの小娘が?」


 ぐぬぬと豚神官は苦虫を噛み潰したよう顔を歪めた。


 え? あれれ? おかしいな……、話しが噛み合ってしまった。まさか魔人のお知り合いがいらっしゃるので? そんなバカな、勇者が魔王を倒してから十数年、世界が平和になった現在、魔人が人界にいるはずがない。


 まさか教会と魔人が通じている? 

 ふーむ……、このままでは触れてはいけない闇に首を突っ込んでしまうかもしれないぞ。


「そんなこと今はどうでもいいのです。この正義の味方、スーパーノヴァが無実の王女を悪の手から救出させていただきます」


「悪とはなにを言うか! 精霊神の代行者たる大神官様に向かって不届き者がッ!」


「問答無用、なぜならわたくは正義の味方、スーパーノヴァなのですから」


 大事なセリフは二回言えとケイジが言っていた。


「不埒な賊めぇ、戯言を吐きおって! こいつは王女と共謀して聖剣を盗んだ犯人に違いない! ひっ捕らえろ!」


 ぼーと呆けていた衛兵たちが自分の仕事を思い出して声を上げる。一斉に襲い掛かってきた。彼らの頭上を軽々と飛び越えた僕は、間合いを一瞬で詰めて大神官の体を突き飛ばす。


「ぎゃぶ!?」


 転倒した豚神官の手が王女から離れると同時に、僕はシルヴィアの腹部に腕を回して肩に担ぎ上げる。小さな悲鳴を上げた彼女に「しばらく大人しくしてください」と囁く。


「さあ、わたくしと剣を交える覚悟がある者は相手してあげましょう。かかってきなさい」


 王女を肩に乗せたまま刀を抜いた僕に対して、衛兵たち王女に怪我でもさせたら一大事であるため攻撃を躊躇っている。

 一般兵はこれで牽制できる。問題は異端審問官だ。


「ええい、何をしている! ソルモン! あいつを殺せ!」


 大神官に呼ばれて牢屋から現れたのは長身痩躯の男だった。僕の直感だが、学校に来た異端審問官よりもヤバイ空気を醸し出している。


 僕を一瞥したソルモンとかいう異端審問官は、平然とした顔で「出来ません」と言った。

 予想外の返事に周囲の空気が固まる。


「なにぃ!?」


「終業時間になりましたのでこれで失礼します」


「ば、馬鹿なことを言っているんじゃない! 非常時なのだぞ!」


「規則は規則、契約は契約です。なにより非常時であろうとワークライフバランスを優先しますので」


「雇い主の言うことが聞けないというのか!」


「雇い主ならばこそコンプライアンスを徹底してください。行きますよ、ケッヘル」


「ま、待て!」


 制止する大神官に背中を向けた長身の異端審問官は、背中が丸まった男を連れて階段を昇っていってしまった。

 敵も味方も誰もが呆気に取られている。


「ぐぅっ! 役立たずめ! 何をしているお前たち! 侵入者を始末しろ! ヤツを倒した者には褒美を望むままに与える! ただし王女には傷ひとつ付けてはならぬ!」


 褒美を望むままという発言に衛兵たちがざわついた。そして「傷ひとつ付けちゃダメなんてそんな無茶なという」と言いたげな顔をしながら衛兵たちが四方八方から襲い掛かってきた。


 僕は刀の切っ先を石畳の床に突き立てる。

 次の瞬間、突き刺した刀の先端から眩い光が四方に広がり、それを受けた衛兵たちがバタバタと倒れ、瞬く間に彼らの肌がミイラのようにカサカサになっていく。豚のようだった大神官も見る間にやせ細ってスリムになっていく。


「な、なにをした……」


 大神官は掠れた声で僕を見上げた。


「この刀の名は故枯丸こがらすまる、東方より伝わる妖刀です。その特性はエナジードレイン、周囲にいる生物の生気を吸い取ります」


「た、たすけてくれ……」


「初めて使いましたがこれ以上は危険なようですね。よく聞きなさい、次に王女に手を出したら命はないと思え、ではさらば」


 そう言い放った僕は刀を床から引き抜き、煙幕玉を床に落とす。吹き出した大量の煙に紛れて王女と共に姿を消した。


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