第3モブ 王女をフッたの誰か

 チッと舌を打ってケイジは立ち上がり、僕に続いた。


 しかし「おい待て」と呼び止められてしまう。嫌な流れだ。

 僕は渋々振り返った。


「他の生徒たちの前でコケにされて黙っている訳にはいかない」


 エドガーが剣の柄頭を掌で抑える。

 このまま何事もなく終わってほしいという僕の願いは叶わないようだ。

 

 こいつらのために言っているのに、プライドが高いだけの人間には困ったものだ。入学試験で剣術師範を一撃で倒したケイジに敵うはずがない。そんな事実を特待生に興味がない彼らが知る由もないのだけど。 


「なにかありましたか?」


 緊迫した空気を一瞬で溶解させたのは、たおやかな少女の声だった。

 上級生たちが一斉に振り返り、「シルヴィア王女!」と声をあげて姿勢を正す。


「なんでもありません。こちらの席が空いております、どうぞお使いください」


 焦りながらもエドガーは自分の首に巻いていたスカーフを外して、僕が座っていた椅子をサッと撫でて拭いた。

 さっきまで座っていた本人の目の前でそれをやられると、なんとも言えない気分になってしまう。僕はバイ菌かな?


「ありがとう」と言って少女は優雅に着席した。眩いほどの金色の髪がふわりと舞う。


 彼女こそ学園ヒエラルキーの頂点に君臨するアルスティア王国第一王女、シルヴィア=アルスティアである。

 容姿は端麗、性格は温厚篤実、博愛主義で教師と生徒からの人気は絶大で人望も厚い。非の打ちどころのない貴族のお手本で聖女のような人物だ。

 

 自称親衛隊たちが王女と彼女の同級生の接待をしている間に僕らは少し離れたテーブルに着いた。

 僕の眼はシルヴィア王女に釘付けだった。正確に言うと王女の腰をガン視している。


 彼女が腰に携えるエクスセンスは王家に伝われるという名剣であり、王位継承の証でもある。

 王女は一人っ子で他に兄弟がいない。つまり彼女が次の王様ということだ。なので彼らが未来の王様のご機嫌を取ろうとするのは当然といえば当然なのだ。


 そんなことを考えながらも僕は瞬きもせずエクスセンスを見つめていた。

 

 はわわわぁぁ、シンプルなデザインだけど穢れの無い純白の鞘、まるで乳房のように滑らかな弧を描く篭状のヒルト、見たい……、あの鞘に収められたエクスセンスの秘部、ブレードが見てみたい。


「めっちゃ見てるな、変態が過ぎるぞ」


 うっとりと王女の腰を見つめる僕をケージが白い目で見ていた。


「変態でもかまわないさ。ああ、なんて綺麗なんだ……。この学園に入って良かったと心から思える、それだけの価値がある。あの剣に心躍らない剣士は今すぐ死んだ方がいいよ……」


「そんなに見てるとまた因縁を付けられるぞ」


 そうだねぇーと上の空で答えた僕は息を付く。


「でも勿体ない。王女の骨格ではまともにあの剣を振れないだろう、本来の実力が発揮されないことは武器にとって悲しいことだよ」


「猫に小判だな」


「猫にコバンって?」


「俺の国のことわざだ。不釣り合いって意味だよ」


「ふーん……」

 

 ケイジはたまに不思議なことを言う。生まれも育ちも顔立ちもアルスティア国民なのに、まるで遠い世界からやってきた人間のようなことを口走る。 


「それにお前だって王女のこと言えるのか? 振りもしない武器をいくつもコレクションしてるじゃねーか」とケイジは眉根を寄せる。


 実は一度だけケイジを僕のコレクションルームに入れたことがある。壁一面に並ぶ武器の数々に度肝を抜く彼の顔は正にコレクター冥利に尽きる表情だった。


「それはそれ、これはこれ」


 ふっと僕がほくそ笑んだそのとき、王女が席から立ち上がり、侍女を引き連れて僕たちのいるテーブルに向かって歩いてきたのだ。


「ほらみろ、言わんこっちゃない」とケイジが肩をすくめる。


 王女と侍女の後を親衛隊の生徒たちが続いたが、その場で控えているよう王女から命じられたようだ。立ち止まったエドガーが僕らのことを睨んでいる。

 真っすぐに僕らのテーブルへとやってきたシルヴィア王女は、制服のスカートの裾を両手で摘まんで優雅にお辞儀した。呆気に取られていた僕とケイジだったが、我に返り慌てて席から立ち上がり、片膝を床に付けて頭を下げた。

 高貴なオーラが半端ない。勝手に体が動いていた。そうせざるを得ない圧がある。これが生まれもった格なのか。


「頭を上げください」


 澄んだ声が鼓膜を震わせる。


「あなたは特待生のユウリ=ゼスト様ですね?」


「はい、鍛冶師ライベル=ゼストが息子、ユウリ=ゼストです」


 僕が名乗ると王女はにこりと微笑んだ。そんなことよりも目の前にエクスセンスがぁぁぁっぁぁぁぁッ!! あの鞘に飛び込んで頬ずりしたい!


「ユウリ様にお願いがあります」


 目を充血させる僕に彼女は言った。


「お願い?」と、さすがに剣から目を離して王女を見上げる。


「今度の剣武杖祭けんぶじょうさい、わたしのバディとして一緒に出場してくださいませんか?」


「は? え? はあッ!?」


 驚愕の声を上げたのは僕の隣で片膝を付くケージの方だった。もちろん僕も驚いている。びっくりして声も出ないほどびっくりしている。


 剣武杖祭、それはこの学園の一大イベントであり、学園最強の剣士と魔道士を極める大会だ。

 剣術部門と魔導部門に別れて行われるトーナメント方式の勝ち抜き戦であり、男女別の個人同士で戦うシングル部門と異性のパートナーと協力して戦うダブルス部門がある。

 そのダブルスのバディとしてお誘いを受けたのである。

 この僕が王女から誘いを受けた?

 入学してから平均的な成績を維持していた僕に、なぜなんだ?

 そもそも王女との接点なんてない。


 なんにせよ、今の僕はそんなことをしている場合じゃない。

 もっと重大な聖剣を探すという懸案事項を抱えている。

 誰よりも早く贋作を回収しなければ僕の命はないのだ。


 もっとも、どれだけ暇でも王女のバディなんて目立つポジションは断固として御免被る!


「嫌です」


 僕はキリッと眉根に力を込めた決め顔で言い放った。

 息を吐くように口から出たそのセリフに食堂の空気が一瞬で凍りついた。


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