第2話 ため息

~睡蓮亭 リュウカの部屋~

11月のある日、三輪は1人、リュウカの部屋でため息をついていた。


「退屈・・・」


奥様の妊娠中に竜湖様から持ちかけられた結婚の話は断ることができないものだと気づくのに時間はかからなかった。

せめてお子様が産まれて転変するまでは奥様のお側にいたいとのわがままを聞いてもらえただけ良かった。

それに赤ちゃん可愛いかったなぁ。

私もやっぱり子どもがほしいって結婚に前向きになれた・・・

でも9月に龍風様が転変されてからは怒涛の日々だった。

龍ケイ様に嫁ぐことになるって竜湖様から聞かされてたのに、顔合わせの10分前に相手が変わったことを知らせるのはひどくない?

初対面で何を話そうって数日前から悩んでたのに、びっくりしてパニックになって夫とろくに話せなかった!

というか何を話したか記憶がない。


覚えてるのは、婚約指輪と言われてルビーの指輪を左手にはめてもらって、さらに着物とかんざしのプレゼントをもらったこと。

お母さんが唯一持ってた翡翠の指輪よりも大きなルビーで震えてしまった。

それに鶴族の織物でできた着物に、睡蓮の花のかんざしは狼族の宝石細工って・・・

恐くて値段なんて聞けなかった。


夫は前々から準備してくれてたみたいだけど、なんで夫に変わったんだろう?


竜湖様は夫が取引先との縁談を嫌がって龍ケイ様と交換したとか言ってたけど、さすがにそんな嘘を信じるほど私は自惚れてなんかいないのに!

まあ、担当?の竜夢様も同じことを言ってたから、私に本当の理由が知らされることはないんだろう。

奥様も相手が変わったことをご存知なかったみたいだし。


それに夫が奥様の命の恩人だなんて知らなかった。

転変した竜琴様から守ってくれたのに、旦那様が嫉妬して奥様がお礼を言うことすら許さなかったって何?

やっぱり旦那様は変というか異常だわ。

10月はほとんど奥様のお側に居られなかったなあ。

竜夢様から紫竜の妻として最低限のことは知っておくようにと連日の授業があって、しかも旦那様の匂いを少しでも薄めるためにって奥様はおろか枇杷亭の使用人たちからも引き離されて・・・

それで10月の月の物が終わった翌日にこの睡蓮亭に連れてこられて。


匂いかぁ・・・やっぱり私には分からない。


でも睡蓮亭の使用人たちは私を見ると嫌な顔をしてるからきっとまだ旦那様の匂いが残ってるんだろうな。


もしくは単純に私が嫌われてるだけ?


あ~退屈。仕事は楽しくてやりがいがあったけど、ここでは使用人の仕事なんてできない。

外にも出られないし、前の結婚と違って夫の仕事を手伝うこともない。

奥様は子育てに、旦那様の出張のお供に、旦那様の執務室でお仕事の手伝いにと・・・

とても忙しくされていたけど、私には何もすることがない。

何より夫に申し訳ない。

取引先の娘なら結婚するだけでも夫にメリットがあったのに、私はなんの役にもたたない。



三輪が落ち込んでいると扉をノックする音が聞こえた。

「はい。」

「奥様、失礼いたします。シュシュ先生がいらっしゃいました。」

そう言って入って来たのは、黒猫の獣人のホホ。

竜夢様から与えられた私の侍女だ。


「分かったわ。」

三輪は笑顔を作ると立ち上がって身だしなみを整えた。


「奥様、お邪魔いたします。」


白衣を着たフクロウの獣人が入ってきた。

「こんにちは、シュシュ先生。」

三輪は作り笑顔で出迎える。

「ご体調はいかがですか?」

「変わりないです。」

「今月は月の物はこられました?」

「はい・・・今日が4日目です。」

「では後数日で終わりですね。若様はちゃんと奥様のお身体を労っておられますか?」

「はい。申し訳なくなるくらい夫は気遣って下さいます。」


「まあ、申し訳ないなんて思う必要はございませんわ!これからお子様をお産みになる大切なお身体なのですから。結婚したての若い雄は奥様にご無理をさせることがままありますから、遠慮なく仰ってくださいませ。守番の竜夢様も心配しておられました。」


三輪は思わず作り笑顔が崩れそうになった。


こんな会話をこれから毎月させられるのだろうか?


「無理なんてとんでもないです。夫はとても優しいですわ。」

三輪は作り笑顔で答えた。


これは嘘じゃない。

前の夫と違って、今の夫は三輪が嫌がることはしないし、痛がったらすぐに止めてくれる。

強いて言えば夜の体力がありすぎることが悩みだけど・・・とてもそんなこと言えない!


「左様でございますか。それは要らぬお節介をいたしました。とてもご熱心とお聞きしましたので。奥様のご教育のおかげでございますね。」


「はい?」


三輪は今度こそ作り笑顔が崩れてしまった。

教育って・・・勘弁してほしい。

竜夢様から、夫の一族は婚前交渉禁止と聞いていたけど、兄から男は結婚前にお店とかで済ましとくものだと聞いていたから、半信半疑だった。

元夫だって初婚だったけど経験者だったし。


でも夫は本当に未経験だったな。

まさに手取り足取り教えることになった。

私も久々でちょっと痛かった。さすがに血は出なかったけど。

それよりも夫の初めてをもらってしまったことになんか罪悪感。

なにも悪いことはしてないけどね。

まあ初めてどころか初夜から今月の月の物がくるまで毎晩だけど、なんでこのフクロウが知ってるの?

告げ口したの誰?


「奥様、他にお困りごとはございませんか?診察中にお話しいただいたことは私と奥様だけの秘密でございますのでご遠慮はいりませんよ。」

「いえ、困りごとなんて何も。ありがとうございます。」

三輪はなんとか笑顔を作り直して、シュシュ医師を見送った。


こんなフクロウ信用できるか!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る