第4話 最初の遭遇

 俺は泉の傍に膝を突くと、ゆっくり水面を覗き込んだ。


 そこには、金色の長い髪をした赤い瞳の女性が映っていた。


 その細面の顔はとても魅力的で、不覚にも自分の顔ながら見惚れていた。


 だが、その顔には人間ではありえない先が尖った長い耳が付いていた。


 どうやら俺の保護外装は、ファンタジー世界でよくあるエルフのようだ。


 暫く水面に映った自分の顔を見ていたがやがて我に返ると、その泉がそれ程深くないので水浴びをする事にした。


 こちらに来てから一度も風呂に入っていないのだが、この保護外装は暑さ寒さを感じないので、汗でベトつくということが無く忘れていたのだ。


 だが、目の前に綺麗な水があるのなら、気分的にさっぱりしてみたくなるのは日本人の性なのだろう。


 周囲を見回してみても聞こえるのは虫の鳴き声くらいなので、問題ないだろうと判断して服を脱ぐと、霊木の枝を使って濡れないように髪を結い上げてから泉の中に入った。


 この保護外装は、水温からも体を保護するようで冷たさは感じなかった。


 保護外装の肌は白くすべすべしていて、雌型のためか皮下脂肪も再現されているようでとても柔らかだった。


 日記の記載では周囲の魔素を高密度で集めるとあったので、当然固くなると思ったのだが俺の認識とは違うらしい。


 それから保護外装には、頭髪と眉毛以外の体毛が一切無いというのも分かった。


 体を触った感触があることから、どうやらこの保護外装には触覚もあるようだ。


 それにしてもインナーを着ていると胸が締め付けられてちょっと苦しかったので、脱いだ解放感が堪らなかった。


 なんで保護外装なのに胸が苦しいのかと不思議だったが、結果がそうなのだから受け入れるしかなかった。


 どこかで女性用の服を調達したいとも思うのだが、どうやって物を買えばいいのかは日記に記載されていなかった。


 それにしてもこの保護外装というのは面白い。


 日本でもコスプレが人気らしいので、これを持ち帰る事が出来れば変身願望がある人達にきっと大人気だろう。


 だが、残念ながら現代日本には、この世界を構成する魔素は無いのだ。


 そう考えると、大金持ちになる可能性が消えてちょっとガッカリした。


 これを持ち帰ることが出来たら、俺を破産寸前まで追い詰めたシェリー・オルコットに一泡吹かせてやれたのだがな。


 最初にあった時、俺はあの女をちょっといい女だなと思ったのだ。


 それなのにあの女は、俺からすべてを奪い去った。


 今思い出しても、あの女に貢いでいた自分があまりにも情けなくて、悔しくて地団太を踏みそうだった。


 だが、俺もトレジャー・ハンターなのだ。

 

 一杯食わされたのなら、それよりも素晴らしいお宝を見つけて見返してやれば良いのだ。


 この世界から金や宝石等を入手して見返してやる計画に胸を膨らませていると、木々が擦れる音が聞えてきた。


 俺がそちらに目をやると、そこには二足歩行するブタに似た生物が3体現れた。


 その体は中年太りのおやじのようなでっぷりと突き出た腹をしており、二の腕や太もももかなり太かった。


 これはファンタジー世界で言う所の、オークという生物ではないのか?


 するとオークは俺が脱いだ服を摘まむと、それを不思議そうな目で見ているようだった。


「誰だ?」


 自分の声ながら未だに可愛らしい女性の声に慣れなかったが、俺が声を掛けるとオークはこちらを振り向いた。


 そのブタのような大きな鼻から荒い息遣いをしていて、明らかにこちらに欲情しているのか瞳が金色に輝いていた。


 おい、種族が違うだろうと突っ込みを入れたかったが、その目付きはマジでやばそうだった。


 3匹は、俺の方を嫌らしい目でじっと見ているのだ。


 俺にはそう言った趣味は無いんだが、あいにく保護外装のおかげで今の俺は女エルフの姿なのだ。


 するとリーダーらしき1匹が声を掛けてきた。


「これはお前の服なのか? さっさと取りに来たらどうだ?」


 そう言うと、残りの2匹がいやらしそうな笑い声を上げていた。


 俺は初めて言葉が通じる相手に会えて嬉しかったが、やつらの意図が分かったので直ぐにうんざりしていた。


「お前らこそ人の水浴びを覗いてないで、今すぐこの場から立ち去るべきだろう?」


 思わず文句を言ってしまったが3匹はますます欲望を高めたのか、今度は俺が脱いだ服の匂いを嗅ぎながらいやらしい顔つきでこちらを見てきたので、背筋に悪寒が走るのを感じた。


 そして恐れてもいた。


 この保護外装が破れたら死んでしまうのだ。


 おい、ここはアメリカの刑務所じゃないんだぞ。


 オカマ掘るのは止めてくれと怒鳴りそうになっていた。


「ああ、雌の良い匂いだ。早く上がってこい。これ以上は我慢がならねえ、俺達と良い事しようじゃないか。もっともお前がいつまで正気を保っていられるかは分からないがな。ぐへへへ」


 そうしてまたいやらしく笑いだしていた。


 どうやら大人しく帰ってもらう事は無理なようだ。


 俺は簪代わりにしていた杖を手に取ると、結い上げた髪の毛がはらりと落ち、毛先が水面に落ちた。


 その仕草を諦めたものと勘違いした3匹が、舌なめずりを始めていた。


「最後の警告だ。今すぐ逃げるのなら見逃すが、そうでないのなら覚悟してもらうぞ」


 俺の最後通牒に、3匹のオークは全く意に返していなかった。


「おい早く上がってこい、さもないと最初からお前の中に激しくぶち込むぜ」


 そういうと自分達の鎧を脱ぎ、自慢そうに自分のいきり立った一物を見せびらかしてきた。


 目の前の性犯罪者達はやる気十分のようだ。


 これなら正当防衛が成立するな。


 それからの行動は迅速だった。


 泉の中で膝立ちになると、3匹の注意は露わになった保護外装の胸の膨らみに向かったので、その隙に中央のリーダーらしき1匹に杖の先を向けると、その右目を石礫で撃ち抜いた。


 目は生物共通の弱点なので、初見の相手を一撃で仕留めるには確実な部位だ。


 リーダーは一瞬何が起こったのか分からなかったようだが、次第に残った左目から生気が失われていくとそのまま後ろに倒れ込んだ。


 次に右側にいる2匹目に杖を向けると、その拍子に保護外装の胸がぷるんと揺れ、敵の注意がまた胸に向いたのでその隙に2匹目を仕留めた。


 だが、最後の1匹は我に返り武器を構えていた。


 そこで今度は泉の中で完全に立ち上がると、予想通り3匹目の注意が保護外装の股間に向いたので、その隙をついて3匹めも仕留めることが出来た。


 それにしても種族の違う雌に欲情するとは、一体どういった変態なのだ?


 しかもこれは保護外装なので、言ってみれば着ぐるみに欲情したようなものだぞ。


 そう思うと俺はおかしくなって噴き出していた。


 泉から上がった俺は、森の中から枯れ枝を集めてくるとテクニカルショーツの中からオイルライターを取り出して火をつけると、濡れた体や髪を乾かすことにした。


 そしてオークに触られた服も気持ち悪いので、泉の水で洗う事にした。

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