4
「綺麗な脚だな……」
彼はあたしの脚を魅せられたように眺め見ると、腿の付け根からくるぶしまでをすうっと撫でた。
「なあ。どうして俺なんかと付き合ってくれたの? 詩織ちゃん、こんなにきれいなのに。本当はさ、俺でじゃなくてもいいんじゃないの?」
穏やかな口調とはうらはらに、その目は暗く
「もしそうだったら、許さないけどな」
――穏やかで朗らかで頭の良い、育ちのよさそうな男。そう、
(ぜんぜん違う。篤さんとなんか。それどころか――)
あたしはさりげなく服をかき集めながら、つとめて明るい口調で言った。
「もうそろそろ、おいとまするね」
あえて淡々と服を着始める。焦っているのを気取られるのが怖かった。
背後から視線を強く感じ、ぞわぞわと鳥肌が立つ。
「……そんなに急がなくても、まだ時間はたっぷりあるよ」
「でももう暗くなっちゃうし。帰らないと」
だからさ、と後ろでベッドが軋み、西森くんが立ち上がった気配がした。
背後から腕が回され、抱きすくめられる。
「帰さないよ。もうここから出さない。ずっと一緒に暮らすんだ」
思わず振り返ったあたしを、西森くんはじっと見据えた。
「俺が一生養ってあげる。心配しなくても俺は優秀だから就職先だって困らないし不自由はさせないよ。まあ優秀といっても、君には負けるけどね」
場違いな明るい口調に、一瞬、これも
「……冗談だよね」
「冗談でマンション一室借りると思う? 俺さあ、新歓の自己紹介で実家住みって言ったじゃない。ちゃんと話を聞いてたらおかしいことに気づくはずだ。聞いてなかった詩織ちゃんが悪いんだよ」
(――正気じゃない)
西森くんの顔から笑みが消え――不意に泣き出しそうに顔をゆがませた。
「なんでそんな目で見るんだよ。詩織ちゃんがいけないんだよ。俺のこと、好きじゃないのにつきあうなんて言うから。俺はずっと不安だったんだ。不安で不安で、それこそ頭がおかしくなりそうだった。だってこれからの人生に、君がいなくなるなんてもう考えられないんだよ」
西森くんはあたしをぎゅっと抱きしめ、髪に顔を埋めた。
「……こんなに何かを欲しいって思ったことはないよ。君が俺を思いきらせたんだ」
この事態は君のせいなんだよ――西森くんはそう囁くと、身を離した。手早く身支度を済ませ、あたしのバッグから携帯電話を抜き、自分の荷物を持ってドアに向かう。
「暗くなってきたし、俺はいったん実家に帰るよ。ドアは室内からでも鍵を使わなきゃ開かないようになってるから。逃げようなんて思わないほうがいい。妙なそぶりをみせたら足の腱を切る。このきれいな脚に、そんなことさせないでくれよな」
西森くんはガチャリと鍵を開けて振り向きざまににっこりと笑った。
「じゃあ行ってきます、詩織」
名残惜しむようにあたしをじっと見つめ、彼は部屋から出て行った。
(……どうしてこの場に悪魔がいないの。今こそ、三つ目を願わせる絶好の機会じゃないの)
外からドアが施錠される音を聞きながら、あたしは呆然と立ち尽くした。
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