第28話

「うわ~っ! 山の空気美味過ぎ! もう酸素しかないんじゃねえここ!?」

 バスからキャンプ場に降りてすぐ、須山の第一声で炊事遠足は始まった。ウイニング〇レブンの実況並みにテンションが高い。


「馬鹿だなあ、須山。酸素しかなかったら死ぬだろ」

 すかさず突っ込む諌矢。須山グループの男子達の間で、どっと笑いが起こる。

 なんなんだろうな、これ。

 文系特化の俺には、笑いどころが全く分からない。

 このキャンプ場は市内からバスで一時間ほどの距離で、周りはひたすら山に囲まれている。

 天気は快晴。真上に広がる深い青色の空は、四方どこにも一片の雲すらない。


「つか、夏生。本当に私服で来たのかよ」

 ぷくくと笑いを押し殺したような声を出したのは諌矢だ。

 私服で来ると豪語していた諌矢は学校指定のジャージ姿だった。腕まくりしていて、腰からオレンジのタオルを出したルックスは完全にイケている陽キャラのそれだ。

 ダサいと言われがちな学校のジャージですら、優れたイケメンステータスで帳消しにされている。

 あれ? 何でだろう、話がおかしいぞ。


「諌矢。この野郎ハメやがったな。何で私服じゃないんだよ」

「アウトドアに着ていける私服は洗濯中だったからさ。ジャージしか無かったんだよねー」

「うそつくなよ。お前、俺より遥かに服揃えてるじゃないか。それも高そうなヤツばっか!」

「あの二人、またやってるね」

 近くにいた江崎さん達が話しているのが聞こえてくる。気まずいったら無い。


「夏生って普段から空気薄いから丁度いいんじゃないの。ジャージだと完全に風景と同化してたと思うよ?」

 飄々としながら諌矢は俺の肩を叩いて歩き出す。

 集合場所のキャンプ場入口には既に多くのクラスメートが集まって、それぞれに騒いでいる。

 授業中に見せる沈黙さは微塵もない。

 今も、横では須山が大口を開けて豪快に空気を食いまくっていて、メソポタミアとか北欧らへんの神話の空を食う怪物とかでいそうだ。あと煩い。

 周囲を見渡すと、他の班は私服で着た男子もいる。

 しかし、うちの班では俺一人。逆に浮いている。

 諌矢はともかく、私服で来ると言っていた工藤ですらジャージで裏切られた気分だった。

 一方で、女子の多くが私服なのは、お洒落したいからなんだろうか。アウトドア向けの似たような着こなしだけど、男子と違って色彩的にはバリエーション豊富だ。

 赤坂も薄手のシャツに動きやすいショートパンツ姿。黒のレギンスも重ね履きしていてアウトドア対策もばっちりだ。眼を向けるとガンを飛ばしてきたので速攻そらした。

 そのまま見た方向では、説明していた教師と入れ替わりに学年主任が壇に上がる所だった。


「このキャンプ場には一般の方も多く来ています。皆さんは冬青高校の生徒として――」

 拡声器を左右に向けながら注意事項を言い始める。


「ていうか、さっきも聞いたなこれ」

 皆、仲間同士で私語しまくり。真面目に聞いているのは俺くらいだった。

 高校生でもキャンプ場に来たら浮かれるものなのかな。一方の俺は腹が痛くならないかで気が気じゃないのに。皆本当に気楽だな。


「一之瀬~」

 そんな事を考えていたら背後から陽気な声。

 思わず振り返ると、そこには太陽みたいにニッコニコで笑う竹浪さんの姿があった。その隣には西崎もいて、俺を睨むように見ていて怖い。


「今日私服で来たんだね」

 竹浪さんは面白い物でも前にしたかのような顔で俺をガン見する。動物園の動物になった気分だ。

 でも、俺をバカにかかって話しかけた訳ではないらしく、純粋な好奇心みたいなものを感じる。

 ついでに、竹浪さんが常時放っている人の良さみたいな温かなオーラがひしひしと伝わって来るので、悪い気はしなかった。


「まあね。本当はジャージで来る筈だったんだけど」

「へー。でも、こっちの一之瀬の方が結構新鮮かも」

 そういう竹浪さんと西崎は揃って丈の短いデニムのパンツ。草地には座りたくないのか、健康的な膝小僧を揃えてしゃがみ込んでいる。

 土日に郊外のショッピングモールをうろうろしている大学生とかギャルっぽい高校生がこんな格好だけど、いざ自分の目の前、それも知っている女子達がこの服装だと目のやり場に困る。

 普段、制服姿しか知らないので猶更だ。


「そ、そうかな」

 浴びせられるギャル系女子二人の視線から逃げるように、隣に目を向けた。

 須山や工藤はどっかり胡坐をかいて休憩時間何をするかデカい声で話し合っていた。

 ジャージはそういうとこ気にしなくていいから楽なんだよなあ。あー、ジャージでくれば良かったッ!


「つーかさ、何で私服?」

 そんな後悔が一周してもうどうにでもなーれ状態の俺に、西崎はトドメの一撃を叩き込む。

 この近距離で聞こえない振りをするのも無理がある。俺は仕方なく向き直る。


「……諌矢だよ。あいつが私服で来いって言ってきたんだぜ?」

「風晴?」

 西崎が少しだけ興味を示したように目を大きくさせる。


「でも、あいつ。ジャージじゃね?」

 空いた手で髪をいじりながら、顎をくいと傾ける西崎。その先では諌矢が楽しげに他の奴らと談笑している所だった。

 バスでの話の続きなのか、リアクション大きめに何か言って笑っている。前の壇上で今も拡声器で声を張り上げている学年主任の話なんて聞いちゃない。


「元々は、一人だけ私服だと浮くから皆で着て行こうって話だったんだよ。それなのに、ご覧の有様だよ! あいつら酷くない?」

 言葉にすればするほど悲しみが溢れ出てくる。最後はもう涙声だった。しかし、西崎は少しだけ考え込むように目を細める。


「いや、別に。それにジャージのが動きやすいし」

「ええ……」

 こいつはどんな裁判を行っても諌矢無罪、俺死刑を言い渡しそうだ。

 と、西崎はしばらく髪先を指で弄った後に、ぽつりと呟く。


「つーかさ。遠足っしょ? 一之瀬って、いちいちそんな事気にすんの?」

 言ったきり、西崎は自分のグループとの会話に戻っていった。

 教室とは違って、若干ソフトな言い回しなのが意外だった。

 まあ、遠足だし、俺に対する攻撃性が控えめになっているのかもしれない。

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