第17話

 中間テストが終わってからの初めてロングホームルーム。

 弛緩した空気を活気づけるためか、担任の口から入学後初めての席替えが告知される。

 どっと沸き、喧騒に包まれる教室。

 委員長の女子生徒と、副委員長の諌矢(こんなチャラ男でも学級委員なのだ)が中心となって、席替えの抽選会を進めていく。

 ルールは至ってシンプルで、黒板に書かれた座席表に対応する番号が書かれたくじを各自で引いていくという物だった。


「それでは、くじを開いてください」

 教卓に立つ委員長の声を皮切りに、各自が引いたくじを同時に開封。


「マジかよー」 

 数秒遅れで歓声やらどよめきが沸き始めた。

 無理も無い。入学してようやく慣れてきたメンツ。友人と離れ離れになってしまった者もいれば、近くの席になれた友達同士もいるのだ。

 席が決まり、早速新しい席への移動が始まる。


「私達近くの席だね。良かった~」

「お前が隣だと成績落ちそうだなー」

 そんな冗談を言い合いながら、新たなクラス模様が構築されていく。


「よろしくな。夏生」

 丁度、前席に移動を終えた諌矢が爽やかに歯を見せて笑う。

 ちなみに、俺の席は窓際の一番後ろ。そこそこ良いポジションだ。


「今までは廊下側だったけど、窓際も良いもんだな」

「昼寝しやすそうだしな」

 これまでは赤坂や後ろの江崎さんグループのお陰で男子から隔絶されていた環境だった。 

 リア充ならハーレムだが、女子が苦手な俺にはこの上なく地獄だったのは言うまでもない。

 しかし、そんな過酷な席順から一転、今度はクラスで最も打ち解けている諌矢のすぐ後ろ。

 ラッキー過ぎて、どこかでとんでもない対価を支払わねばならなくなるのでは?

 そんな杞憂すら感じる。


「おお窓側~! サボれるじゃんっ」


 案の定、浮ついた気分を一気に下げる女の声。

 ようやく得た安らぎが秒で形象崩壊する。

 俺の隣に現れたのは、いかにもイケてるグループ所属って感じの女子生徒だった。

 短いスカートから伸びた脚は健康的な小麦色。てっぺん近くからくくられたポニーテールはパーマがかけられているのか重量感があり、動く度に生き物みたいにモサモサ揺れている。

 頭に南国の極楽鳥でも飼ってるみたいだ。


「一之瀬だっけ? 風晴と仲いいんだ? よろしくね」

 机の上に教科書の山を無造作に積み、見た目通りの軽いノリで挨拶を飛ばしてくる。

 彼女の名前は竹浪たけなみ愛理あいり。教室後ろを陣取っていたリア充軍団の一人だ。

 この調子だと隣は一日中うるさくなりそうだな。俺は心の中で溜息を吐く。


「何だよ、竹浪。今度の席はお前のせいでうるさくなりそうだな」

 こちらに顔を向けた諌矢が俺の心境をトレースするかのように代弁した。

 こいつは読心術の使い手か。


「うるさくないし!」

「愛理がここだと、授業中はうちらまで当てられそうで怖いよねー」

 竹浪さんの前席の女子もまたグループ仲間らしい。三人してはしゃいで俺だけ完全に置いてけぼりの状態だ。

 そんな風に、どこもかしこも教室中が新しいご近所さんへの挨拶雑談で賑わっていた。


 そういや、赤坂はいずこへ。


 ふと視線を巡らすと……いた。相も変わらず最前列の教卓前。

 席で言えば左に二つ分動いただけ。くじの意味が殆ど無いよ。

 赤坂は隣の大人しそうな女子に話しかけられて何か答えているようだった。俺を言葉責めする時のSっ気はこれっぽっちも見えない。


「あれー風晴じゃん。愛理たちと同じ班なんだー」

 その様子を眺めていたら、諌矢達の前にもう一人、女子生徒が加わる。視界で目に付く派手な色彩は身にまとった指定外のキャメルのカーディガンと、彼女の髪の色のせいだった。

 ハチミツみたいな濃い色の金髪は毛先に向かって薄茶に透けていくようなグラデーションがかけられ、マスカラで盛られた睫毛をぱちくりしながら、キツそうな目が俺を見下している。

 彼女の名前は西崎にしざき瑛璃奈えりな

 度々、赤坂や諌矢が口にしていたリア充グループの女子生徒だ。


「私なんて一番廊下側なんだけどー。マジ無いから」

 きついトーンで西崎が目配せした先は、廊下側の列。そこには空席になっている場所が一つあった。どうやら彼女の席らしいけど、よく見ると俺が前に座っていた場所じゃないか。

 そんな事を察した所で、西崎がこちらに目を向ける。


「そういや、一之瀬だっけ? あの場所ってあんたの席だったよね?」

「そうだけど」

「じゃあ変わってよ。別に同じ席でもいいっしょ?」

「ええ……」

 西崎は瞼を細め、不機嫌そうに口元を結ぶ。

 初対面の俺に当たり前のように席エクスチェンジを持ち掛けてくる所が怖すぎる。


「何か不都合でもあんの? いいじゃん。席替え後の交渉とか禁止されてないし」

 女王のあからさまな不機嫌アピールに、周囲の連中も気まずげな視線を向けて来る。


「そういや、西崎。前に言ってなかったっけ? 廊下側は授業中で寝れるとか」

 それを気配で感じ取ったのか諌矢が宥めにかかる。女王の威光にも怯む気配ゼロだ。


「まあ、そうなんだけどさ」

 すると、西崎は表情を軟化させて笑みを作る。俺を相手にする時とは全く違う態度。


「ほらほら。皆、席に着け。次の話するから」

 担任が手を叩くと、歩き回っていた西崎達は席に戻っていく。ほっと胸を撫で下ろす俺。

 ここは進学校だし、入学すれば不良なんていないだろう。そう考えていた時期が僕にもありました。

 しかし、竹浪さんや西崎みたいなギャル系女子も試験を堂々と通過してきているのだ。

 ギリギリ受かった上、この前の定期試験でもボロボロだった俺の立場がない。


「瑛璃奈の周り、あんまり仲良い人いないみたいだね」

 落ち着きを取り戻していく教室。隣の席の竹浪さんは諌矢に小声で話しかけている。


「え!? あいつと仲いい奴なんてそもそもいるの?」

「こら風晴、声でかすぎっ!」 

 露骨に焦る竹浪さん。あたふた動くので、おでこから分けられた長い前髪や、もさもさしたボリューミーなポニーテールが揺れまくっていた。

 見た目のギャルっぽさは二人ともどっこいだけど、グループ内では西崎の方がイニシアチブを取るポジションらしい。


「あー面白かった。とりあえず初対決は西崎に軍配ってとこかな?」

「そもそも対決として成り立っていないと思うんだけど」

 俺をからかう諌矢を余所に、窓の外に視線を外した。

 春の日差しがひたすらに眩しくて、俺は自然と目を眇める。学ランの肩を焼く、太陽の熱。窓から風が運んでくる生ぬるい草の香り。

 廊下側の席にいた頃の、ひんやりした空気とはまるで別物だった。

 担任の話だと、来週末には炊事遠足が行われるらしい。それを聞いているのかいないのか、隣同士で私語を続ける男子二人組。興味もなさそうに欠伸をして俯く一人の女子。

 ここからは、今までの席で見られなかった様々な人間関係が眺める事が出来る。


 いつもなら退屈なロングホームルームの時間。

 しかし、俺はこの時間をどこか新鮮な気持ちで過ごす事が出来た。



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