第4話

「私がっ……! 貴方を守ります! だから一緒に潜りましょう、ダンジョン!」


「……猿飛さん、ばかにするのもそこ辺りにしてくれませんか」


「悪い悪い、あまりにも衝撃的だったもんで」



 放課後、俺と猿飛、斉藤さんは並んで帰っていた。


 今日は検査で丸一日が潰れ、終了次第俺たちは帰宅することになったのだ。


 早く帰れるならそれが一番だ。早めに携帯を買って、毎日配信を休んだことを謝罪しなければならないので。



「とはいえ斉藤さん、別に秋を守る必要はないかもしれないよ」


「……えっと、なぜですか?」


「彼は、実は過去に失われた琉球格闘技の継承者で……」


「そんなわけないでしょう。第一私と秋くんは生まれたころからの幼馴染なんですよ」



 ズバっと否定する斉藤さんと、ケラケラと笑って受け流す猿飛。


 そんな二人を見ながら俺はというと、ダンジョンについてわかる範囲の知識をまとめていた。



 猿飛曰く……ダンジョンでは電子機器の一切が使用できないらしい。インターネットも接続されないそうだ。


 ……なんだ、録画できてると思ったけどそんなことはなかったのか。俺のチャンネルへの導線が……消えた……。



 その他にも適正者やジョブなどの存在も報告されている。今日検査したやつがそれの調査だろう。


 それ以外だが……なんとダンジョンのご多分に漏れず、算出される魔石とやらが大変に有用なエネルギー源となるらしい。


 まじで漫画ラノベの世界だな、こうなってくると。



「というか、つまりこれって探索者が大変に稼げる展開になるってことでは?」


「その通りだな。両手に石油持って帰ってくるって考えたらそらウハウハだよな」


「石油持つの、かなり嫌ですけどね」


「たとえ話だよ、貴方を守りますさん」


「いい加減にしてください」



 ギロ、と猿飛のことをにらみつける斉藤さん。眼力が強すぎて人を殺せそうだ。



「さて、そろそろ秋は携帯買いに行く時間か?」


「そうだな。じゃあここあたりで失礼するよ」


「……はい。また明日、秋くん」





「――はい、これで契約完了です。こちらがスマホですね」


「わぁ、これが最新の機種なのね」



 そういいながら手渡されたスマホをしげしげと見つめる母さん。


 よっぽど1円でスマホが買えるのがうれしいらしい。言葉のトーンもいつもより3オクターブくらい高い。


 ……3オクターブは言い過ぎか?



「じゃあ秋ちゃん、帰ろっか」


「待って、帰る前にとりあえず配信者アカウントでSNSにログインだけ……」



 鳥さんマークのSNSをインストールし、さっそくアカウント情報を入力する。


 ……視聴者の人、怒ってるかなぁ。怒る視聴者も居ないか、ガハハ。


 むなしい。すべてはむなしいもの。自虐ここに極まれりって感じだ。


 まぁ。こういう細かい徳をね、積めばね、いつか返ってくるから!



――ピコピコピコピコピピピピピピピピピピピピ!



 アカウントにログインした瞬間、通知の音が無限になり続けている。


 ウイルスでも踏んだか? いやでもこれ買ったばかりの機種だしな……。


 とりあえず原因を探らなければ。さて、まずは通知から何が起こっている……か……?



「マジで何が起きてる?!」


「秋ちゃん、ここ携帯ショップよ」


「……あ」



 すみませんと周囲に頭を下げて、もう一度通知欄を見直す。


 ここは投稿への反応が表示されたり、自身のアカウントをフォローしてくれたアカウントが表示されたりする欄なはず。


 今まで登録者5人くらいだった俺が、いきなり……いきなりこんな”数字”になるはずがない……!



「フォロワー1万3000人……Tuttiアカウントは……え、3万?」



 バグですかこれ。え? これ現実ですか?


 頬をつねってみても何も変わらない。更新ボタンを押しても数字は減るどころか増える一方。


 1秒に何人増えてる? 1000人単位で増えてないか……?



「あらやだこの子ったら……もうお店は出てもいいかしら?」


「え? あ、はい。お買い上げありがとうございました」



 呆然としている俺を、母さんは引きずるように店から出る。


 車に強引に乗せられ、自宅への道すがら、俺はずっとスマホを眺めていた。



【FF外から失礼するゾ^~】

【ダンジョンで電子機器が使える人間がいるって聞いたけどマジか】

【يرجى النظر إلى الواقع】

【こんにちは~。現実見て~^^】

【هل يمكن أن يختفي انطباع الزومبي من فضلك؟】

【迷宮で移動機を使えるのは、とてもすごいことですね。どうやっているのですか?】



 わ、インプレッションゾンビだ。


 それがこの膨大な通知を見て、僕が最初にこぼした言葉だった。


 とりあえずこいつらはシバいといて、と。


 他はどんなリプライが……。



【おい、CHAKAからDM来てるか確認しろ】

【配信まだすか^^】

【早くしろなー?^^】

【こちらニュースサイト:CHINです。あなたのTuttiの配信録画を当サイトで使用させていただきたいと思っています】

【アカウント特定しました、これがダンジョン内でスマホ使えたっていう人ですか】



 特定……? まさかと思って俺のチャンネルでエゴサする。


 そしたら出てくる出てくる、関連ツイートが。


 というかトレンドにも上がってるな。色々見る感じ……特定がされたのは今日の昼頃の話らしい。



「DM見ろってリプライが多いな、見てみるか」



 DMを開けば、そこは大変なことになっていた。まるでゴミ捨て場のような感じ。


 中には誰もが名前を知っている企業からのDMもあれば、男性器を撮影して送り付けているDMもあった。


 その中には、俺がよく知る人物の名前もあり……。


 俺はそのアカウント名を見た瞬間、通話アプリを立ち上げて通話をかける。


 数秒のコールののち、アカウント主――猿飛が笑いながら通話口に出た。



『くくく……スマホを買い替えたな、秋』


「くくくじゃないんだわ、これどういう事だ……」


『どうもこうも、昼に説明しただろ。ダンジョンじゃスマホは本来使えないんだよ』


「じゃあなんで俺が使えてるんだよ」


『それは俺も聞きたいし……多分リプライ送ってきてるやつ全員知りたがってるぞ』


「ていうか、大変なことってこれかよ!」



 俺が叫べば、猿飛は否定の言葉を吐き出す。



『違うよ。流石にここまでは想定してなかった……けど、順当っちゃ順当だよ』


「順当?」


『だってお前は、一つのコンテンツを寡占(かせん)してる状態なんだぜ?』



 コンテンツの寡占。それはどの配信者も狙っていることだ。


 超人気コンテンツを独り占めにして配信出来れば、かなりの数の視聴者が見込めるからだ。


 それが、いま世界を揺らしているダンジョンであればなおのこと。



「とりあえずどうしたらいいんだ……これ」


『とりあえず帰宅したら配信しろ。この三日間顔出してないからいろいろ変なうわさが飛び交ってるからな』


「変な噂……?」


『お前がこのダンジョン騒ぎの首謀者だとかなんとか、そういう陰謀論的なアレ』


「嫌すぎるな。分かった、家に帰ったらとりあえず配信するよ」


『それと配信告知は出しといたほうがいいな。いろいろ”準備”もあるだろうし』



 準備……?


 猿飛の言葉に疑問符が浮かぶが、しかしこういう時の猿飛の言葉は正しい。


 俺は素直に猿飛の言葉に従うことにして、配信で何を話すかを考え始めるのだった。

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