黎明のダンジョンストリーマー~万年視聴者0の俺は、世界唯一のユニークジョブ:ストリーマーとなって配信業界の頂点に君臨します。古参ヅラをするのは、もう遅い~

おいぬ

第1話

 森の奥地、かろうじて電波が届くくらいの場所。


 見えてきた崖に駆け寄って、大きめの岩の影を探す。


 そこには小さな小包……と小さなメモの切れ端。



『こんなとこまでお疲れ様っすwww』



 ……。


 ガン萎えってこんな気持ちなんだな。 



「えー、今日の配信はここまでです。ご視聴ありがとうございました」



 一応手を振って、スマホをポケットにしまった。視聴者なんていないから意味ないんだけどね。


 総視聴者数1人、しかもこれは途中で茶化しに来た俺の友達だ。


 おかしい、今日は最近流行の「宝探し」をやっているはずなのに……!


 ついこの前、保険証とかエグいものをつかまされた配信者がバズってて、今一番ホットなコンテンツなはずなのに……。



「せめて、せめて10人くらいは来ると思ったのにぃいいい…………」



 ため息も出る。この放送のために、結構交通費を使っているのだ。何がうれしくて田畑と森以外ない田舎に来たと……。


 3000円なんて大金(高校生にとっての、だが)を使ったのだから、せめてそれに見合った効果が出てほしいと思う。


 はぁ、帰る前にSNSに放送終了したことをつぶやくだけつぶやいておくか……。


 スマホを取り出して、画面を見ようとした時だった。



――ドンッ……!



 地面を下から突き上げるような揺れ。地震か?!


 にしてもデカすぎる。え、なんかヤバくないか? 俺死ぬのか? ここで?


 ……だが、地震は少ししたら収まった。俺の恐怖心とは裏腹に、結構ケロっと収まった。


 周りの木々がちょっとだけザワついているが、目の前の崖は……。



「……ここ、こんな大穴空いてたか?」



 なんか滅茶苦茶デカい穴が空いていた。


 いやおかしいだろ、こんなデカい穴空いてたら絶対に気づくはずだって。


 それに崩落とかで空いた感じでもない。それだったら滅茶苦茶デカい音が鳴ってるはずだし!


 ……正直、俺はいま正気じゃない。3000円という大金を使って何もありませんでしたじゃ収まりがつかないのもある。



――つまり、俺は撮れ高が欲しい!



 だったら何をするべきか。俺はスマホを取り出して、操作。


 そして、勢いそのままに放送開始ボタンを押下する。



「こんにちは、Eastチャンネルです――!」



――蛮勇バンザーイ!!!!



 ……さて、洞窟へと足を踏み入れたはいいものの……光源がない。


 今手持ちのもので光源になりそうなのは、なんとなくで持ってきていた懐中電灯だけだ。


 ただ、洞窟のサイズはかなりのもので、懐中電灯だけでは役不足って感じ。



「……進めるところまで進むか!」



 重ねて言うが、俺は正常な判断ができていない。


 明らかに引き返すべき状況だが……撮れ高を求めるあまり、足が止まることはない。


 ずんずんと進んでいくと、一瞬シャボン玉を割ったときくらいの軽い抵抗感を覚えた。


 体を見ても特に変化がないので、クモの糸でも切ったのかと前を向いた。その瞬間だった。



――ティロティロティン! 貴方はこのダンジョン初の挑戦者です!



 そんな声が聞こえてきて、とっさに周囲を見渡す。……が、誰もいない。


 きょろきょろと見まわしていると、ふと目の前に何かが落ちていることに気が付いた。


 青い玉だ。大きさはビー玉くらい。


 絶対何か関係あるよな、と思って拾い上げると、途端にそれは光となって消えた。


 その代わりに「ティロティロティン!」と脳内にまたファンファーレが流れて。



――初挑戦ボーナス『スキル:インベントリ』を手に入れた!

――所定の条件を満たしたため、《ジョブ》を手に入れた!

――《ジョブ》未設定のため、自動的に《ジョブ》に就いた!




 すまん、ちょっとすまん。いろいろありすぎて突っ込みが追い付かない。


 まずダンジョンとかジョブってなんだよ。現代日本にそんなものがいきなり出てくるとか漫画とかラノベの話でしかないだろ!


 でも、漫画とかラノベとかだと、ダンジョン現れる前って地震起きがちだよな……?


 え、マジでこれダンジョンなんですか???


 じゃあこれ、インベントリってスキルもマジってこと?


 とりあえず持ってる懐中電灯をタンスにしまうイメージを強く脳内に浮かべてみる。


 すると、持っていた懐中電灯がするりと手元から消えた。慌てて戻れと念じれば、手のひらに出てくる。



「べ、便利すぎる――!」



 これで毎日の通学にあえてカバンを使う必要もなくなったな!


 それ以外にもいろいろ使い道はありそうだけど……。


 ひとまずは、今目の前にある”ダンジョン”をどうにかしなければ。



――その前に、とりあえず視聴者の数を見てみるか。



 0。ゼロ。零。


 何度更新しても表示される数字はゼロでしかなく……。



「とほほ……。でも後々shortsでバズるってこともあるし、めげずに調査だ!」



 実際縦型動画の需要は高いって、配信者の人が言ってたし……。


 頑張ってshortsでバズれるようなネタを撮るぞ!


 ……と、意気込んでいた時だった。耳にずるずると液体を引きずるような音が聞こえてきた。


 液体……と言えば国民皆さまおなじみのアレ、スライム。


 ものによっては強力な相手とされるけれど……。



――飛び出してきたのは、滅茶苦茶ノロマなスライムだった。



 巨大な核っぽいものが浮かんでいて、これが弱点ですよと声高に叫んでいる。


 じゃあ殴るしかないな! 俺はスライムへと近づいて……近づいて。


 ここまで来て、俺が武器らしい武器を持っていないことに気が付いた。


 え、どうしよう。どうしよう……。流石に素手で核は壊せないよな?


 持ってる硬いもの、硬いものと言えば……。



「……これしかない! もってけドロボー!」



 俺は手に持っていたスマートフォンを、核に向かって思い切り投げつけた。


 コツンと音がしてスマホは核に命中。核はぴしりと割れ、スライムはその場にぐずぐずと崩れ落ちた……。



「……倒した?」



 どうにかなってよかったと思う反面、アレなら素手でもどうにかなったなと思ってしまう。


 てかスマホ、スマホは大丈夫か?!



「やっぱり水って感じだし、そりゃ使えなくなるよな……」



 泣いちゃった。学生にとってスマホがどれだけ高い買い物か……。


 スマホは浸水したらしく、すでに画面は消えていた。


 はぁ、これ親になんて説明しようかな……。



――プレイヤー名:東雲しののめ あきはレベルアップした!

――所定の条件を満たしたため、《ジョブ》を手に入れた!



 ……レベルアップ! その言葉で俺の憂鬱は吹き飛んだ。


 まさか、この世界にレベルアップの概念が実装されたのか?!


 マジで漫画とかラノベの世界じゃん!


 がぜん燃えてきた……けど、流石に夕方。帰らなきゃ親が大変に心配してしまう。



「スマホで連絡も出来ないし……こりゃ早く帰ったほうが吉だな」



 冷静になったとたん、俺はなんでこんな場所にいるのか怖くなってきた。


 最初に出てきたモンスターが弱いやつだったからいいものの、これが強い奴だったらどうするのか……。


 もしゴブリンとかが出てきて、武器とか持ってたら死んでたぞ……。



「……次潜るときは、きちんと装備を固めてこよう」



 ただ、やっぱりダンジョンは諦められない。


 次来るときは、きちんと装備を整えてからくるぞ! ……おこづかいもらったあとにな!







 長い間電車に揺られて、家に帰った俺を待っていたものは――テレビから流れているとんでもない情報だった。


 ダンジョン出現で死傷者多数。国はダンジョンの一時閉鎖を決定。



「あら、秋ちゃんおかえり。今日の配信は何か収穫があった?」



 ほえーとリビングでテレビを見ていると、キッチンから母さんが話しかけてきた。


 母さんは俺が活動していることを知っている、たった2人のうち1人だ。


 今日出かけるときも、宝探しにいくことを事前に伝えてあるので、この反応は正しいっちゃ正しいんだけど……。


 馬鹿正直にダンジョン見つけて潜りました、なんて言えないよなぁ~?



「宝物はあったよ。でも『こんなとこまでお疲れ様っすwww』ってメモしか入ってなかった」


「結構な撮れ高じゃない?」


「……言われてみれば、これはこれで美味しい……?!」



 なんてことだ。ダンジョンのくだりに加えて、宝物ネタが増えるだなんて!


 これで配信サイト――Tutti《ツッチー》への視聴者の導線を作れる!



「そういえば、ダンジョンが出現したってニュース見た?」


「うん。たった今ね」


「国が自衛隊を送り込んだらしいわよ。でも重火器が通じなくて、負傷者が出たんですって」


「あ~」



 これも現代日本ダンジョン系作品にありがちな展開だ。多分だけど不思議パワーで刃物とかしか使えない流れだろう。



「秋ちゃんもダンジョンには近づかないようにね? お母さんは別にいいと思うけど、お父さんが心配しちゃうから」


「父さん、こういうの苦手そうだもんね」


「母さんも心配ではあるのよ? でも憧れは止められないから……!」



 アレもダンジョン系のお話だから、そのセリフを引用しないでほしい。


 出現したダンジョンにも負荷みたいなのがあったら恐ろしい。



「まぁ、当分は国が封鎖するっていう話だから入れないだろうけどね」


「もし見かけても入らないでおくよ」



 心内で、少なくとも装備がそろうまではね、と付け加えておく。



「あ、それと母さん。今日の宝探しでスマホ壊れちゃって」


「あら。じゃあ今度機種変更しにいかなきゃね」


「結構あっさりだ……」


「機種代金1円らしいから、それならいいかな~って」



 母は、結構金にうるさいタイプだ。


 その反面、割引や値引きなどには弱い。


 今回は携帯会社に助けられた形か……。



「じゃあ3日後にスマホ買いに行きましょ」


「それまではスマホなし生活ってことね。わかった」


「それもたまにはいいと思うわよ。ご飯できるまでもうちょっと時間かかるから、先にお風呂入っちゃいなさい」


「はーい」



 そんな感じで、俺の一日は終わっていく。


 風呂入って飯食って……宿題はとりあえずスルーする。


 軽くゲームして、日付を回る前に床に入る。


 明日も休みだし、とりあえずためてたクソゲーを消化するかなんて考えて、ふと思う。



「……配信ありがとう報告、してない」



 ……ルーチンが崩れると、途端にもやもやしてしまうよね。





 秋は知らなかった。ちょうど彼が眠ろうとしていたころ、Tuttiの有名配信者、CHAKAが雑談配信をしていたことを。


 その枠の中で、底辺配信者マニアの一人がとある動画を共有したことを。



「なんやコレェ……。え、これ時間的に地震直後くらいの映像じゃね?」



 煙草に火を点けながら動画を視聴していくCHAKA。そこに映っていた映像は、彼をひどく驚かせたことを。


 その先。秋がスマホで思い切りスライムを殴りつける瞬間の映像を見て、いよいよCHAKAは煙草を落として画面に見入った。



「……ダンジョンは、ネット使えないんじゃなかったっけ?」


――そうなんだよ。なのにコイツだけダンジョンの中でも配信できてるんだよ。


「ん、『これ嘘だろ』……。いや俺もそう思うけどさァ……流石にこれマジっぽくね?」


――CGエンジニアです。見た感じガチリアルっぽいすね。


「マジか。じゃあ……Eastさんって人は――ガチでダンジョン配信してたってコトか」



 あり得ない、と一笑に付すコメント欄を見つめながら、しかしCHAKAは思った。もしこれが本当ならば、話を聞きたいと。



「うし、DM送るか」



 秋は知らなかった。これが秋の配信者人生を大きく変えることに――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る