第48話 王宮を目指して
「まさかのその供が俺なんですか?まぁいいですけどね。エディットさんのためとあらば。団長がそばを離れている間は、俺が喜んでお守りしますよ。……ね?エディットさん」
「余計な愛想は振りまくな。淡々としていろ、淡々と。お前……、万が一にもエディットにちょっかい出してみろ。ただでは済まさんぞ」
「分かってますってば。どこの男が団長の愛妻に手を出すっていうんですか。俺だってそこまで命知らずじゃありませんよ。全く……」
「お……、お世話をおかけします、セレスタン様。よろしくお願いいたします……」
マクシム様を軽く睨みながらブツブツ文句を言っているセレスタン様にそう挨拶すると、セレスタン様は打って変わって私に最高の笑顔を見せてくれた。
日は経ち出立の準備が整い、私たちは王宮を目指して長旅に出ることになった。ただでさえこの西の辺境の地から王宮までは馬車で幾日もかかるというのに、今回は私の体調を見ながらゆっくり向かおうということになっている。たどり着くまでには数週間ぐらいかかるかもしれないそう。マクシム様の過保護ぶりは凄まじく、この旅には主治医の先生や看護師の方々まで同行してくださっている。それにカロルやルイーズたちももちろん一緒。そして万が一、マクシム様が私のそばから離れている時に何かあってはいけないからと、セレスタン様をはじめとする私設騎士団の騎士の方々も数人同行してくれている。ありがたいやら申し訳ないやら。
馬車は本当にゆっくりとした速度で進み、私のお尻の下にはふかふかのクッションが敷かれている。マクシム様と二人きりの馬車の中、私は小窓から外を眺め、ナヴァール辺境伯領ののどかで美しい風景を楽しんでいた。時折、外で農作業や家畜の世話をしている領民たちが見える。皆一様にポカーンとした顔をしながら、私たちの方を見ていた。……あまりにも大袈裟なこの旅の一団を見て何事かと呆気にとられているのだろう。ずらりと何台も連なる馬車に、脇を固める馬上の騎士たち。……ごめんなさい、何でもないんです。ただ私たち夫婦が王宮での祝賀会に列席するためで……。私が妊婦なばっかりに……。
「疲れていないか?エディット。少し休憩しようか」
「……マクシム様……。先程出発したばかりですよ。まだ少しも疲れていません。……ありがとうございます」
常に気遣わしげなマクシム様から何度もそう尋ねられながら、馬車は順調に進んでいった。時折休憩を挟みつつ、途中の街で宿を取り、そうして幾日も幾日もかけて、ようやく私たちの一団は王都へとたどり着いた。
「……すごい……。やっぱり華やかですね、王都は」
胸を高鳴らせながら、私は小窓から外を見る。お洒落に着飾った人々や貴族たちがたくさん歩いているし、綺麗で大きなお店もたくさん並んでいる。
「ああ。予定通り到着できてよかった。王宮に近い場所に今夜の宿を取ってある。そこでゆっくり休み、明日の祝賀会に臨もう。……大丈夫か?エディット。気分は悪くないか」
道中何十回も聞かれたその質問に、私は微笑んで頷く。
「はいっ。気分も悪くないし、どこも痛みません。いろいろな土地の風景が見られたし、お食事も楽しめました。素敵な旅路でしたわ」
「そうか。お前が楽しんでくれたならよかった」
そう言ってマクシム様も優しく微笑んだ。
ただ……、体調は少しも悪くないけれど、緊張はする。ものすごく。王都が近付くにつれて、心臓がドクドクと激しく脈打ち、私はひそかに何度も深呼吸を繰り返していた。
(……ついに明日、いよいよ会うんだわ。あの人たちに……)
オーブリー子爵家を去ってナヴァール辺境伯領に嫁いでいって以来、頭の中にはこれまで何度もあの人たちの顔が浮かんだ。
恐ろしい形相で私を睨みつけ、手を振り上げる子爵夫人。私を罵倒し、杖を振り下ろすオーブリー子爵。
「……っ、」
思い出すだけで胃がぎゅっと縮むような、指先から血の気が引いていくような感覚がする。
私の心は今でも、あの人たちに捕われている。
「エディット」
ふいにマクシム様が私を後ろから抱きしめ、髪にキスをする。……温かくて大きい。この腕の中は、どこよりも安心できる私の居場所。
「俺がそばにいる。大丈夫だ」
「……はい」
それだけの言葉で簡単に緊張が和らぎ、私の心はふっと軽くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます