第6話 ビールの守護聖霊



「あなた達は勇者様とその仲間達でしょ?噂には聞いているんです。どうか、助けてくれませんか?」


立ち寄った村で、大柄な村人に突然、助けを求められたのよ。

あたし達は、彼についていき、彼の家で詳しい話を聞く事になったのさ。


玄関には、ビール醸造ギルド加盟の証である六芒星の看板があり、この村人がビール職人である事がわかった。

この六芒星は錬金術的シンボルと言われていて、ビール造りに必要な火と氷と空気の魔法と、水、麦芽、ホップの原材料を象徴しているとされているのさ。

ビール醸造は魔法の技術があってこそ、いいビールを造れるってわけさ。

そして、その家はビール醸造所だったのさ。

醸造所には数人、働いている人達がいて、みんな落ち込んでいる様子だったのさ。

ハレルは何か、大変な事が起きたに違いないと、彼等の相談に乗る事にしたのさ。


「オレ達はこの村のビール職人なんだが、大事なビールの樽が盗まれちまったんだ・・・」


「ビールの樽ですか?そんな大きなものを・・・?」


「そうなんだ。犯人はオークなんだ。オークの集団がこの醸造所を襲って、ビール樽を奪って行ったんだ・・・」


「お酒なんて、人を堕落させるものを造っているからそうなるのです。それに、わたくしのような聖職者が止めろと言っても、また造るのでしょ?」


メメシアはお酒を造る人達にも厳しかったし、軽蔑している様子だ。


「それが、大事な樽を奪われちまったんだ・・・それが無いと、うちのビールはうちのビールじゃなくなっちまう!」


「うちのビールがうちのビールじゃなくなる?それは、どういう事ですか?」


「盗まれた樽の内、ひとつはビールの聖霊、ビアモルチが入っていた大事な樽なんだ・・・」


「ビアモルチ?」


ハレルはビアモルチをはじめて聞いたようなので、あたしが説明する事にしたの。


「ビアモルチってのは、ビールイモリとも呼ばれるビールの守護聖霊であって、造ったビールをより美味しく、濁りを消して洗礼されたものにする力と、外部からの魔法や、悪い聖霊から守る力を持つ、ビール職人にはかかせない聖霊なのだわさ。ほら、炎の聖霊にサラマンダーというトカゲがいるように、ビールにもビアモルチという聖霊がいるのよ」


「そうなのですね・・・マジョリン、説明ありがとうございます。しかし、そんな大切な聖霊が・・・」


ハレルはあたしの説明でよく理解してくれたようで、ビアモルチを取り返そうと決めるも・・・


「人を堕落させる酒造りの手助けは致しません」


頑固なメメシアは反対する。


あたしとプロテイウスが説得しようとするも、聞く耳持たずなのよ。


「メメシア・・・困ってる人達を見捨てる事なんてできないよ・・・それに、オークを放っておいたら、他にも被害が出ると思うし・・・」


「・・・ハレルがそう言うのでしたら」


あたしとプロテイウスも同じような事を言ったと言うのに、何故かハレルの言う事は素直に聞くメメシア・・・

いったい、何が違うと言うのさ・・・


まあ、そんなもんでさ、オークから酒樽を奪い返しに行く事になったのさ。



☆☆



オーク達の痕跡を辿りながら、森の中を進んでゆくと、オーク達がテントを張ったりして構えた拠点を見つけたのさ。

オーク達はみんな、奪ったビールを飲んで、酔っぱらってぐだぐだしていたの。

こんなに気持ちよさそう酔ってる所を攻撃するのは少し、申し訳ない気持ちになるけどさ、でも、攻撃する大きなチャンスではあったのよ。


「フリーネンアングリフ!」


あたしは氷魔法で先制攻撃を仕掛けたのさ。

オーク達を次々に凍らせ、身動きが取れない状態にしてやったのさ。

後はハレルが勇者の力、神の雷を放ち、オーク達を木端微塵にして、残ったオークもプロテイウスが両手持ちの大剣を使って切り倒したの。


「グオオオオオ!」


隠れていたオークが飛び出し、メメシアに襲い掛かる!


「リンピョートージャカイジンレツザイゼン!」


メメシアは9つの異なる手の組方を素早く行いつつ呪文を唱えると、オークは見えない力によって激しく吹き飛ばされ、灰の塊りが砕け散るように塵と化し、消滅した。


「灰は灰に、塵は塵に、アーメン」


あたし達の総攻撃で、酔いつぶれたオーク達はあっという間に殲滅できたのさ。

そして、奪われた樽を覗き込んでみたの。

ビールは空っぽだったけど、ビールの聖霊ビアモルチは樽の底に身を隠していたのだわさ。

大きさは二の腕くらいの大きさで、色は白っぽく、寸胴で、丸っこい顔、ウナギのようなしっぽ、つぶらな瞳をしているかわいい聖霊なのだわさ。

小さい体をふるえさせて、怯えている様子だったのよ。


「もう大丈夫だよ~。怖かったね~。ほら、あたしは怖くないからおいで」


あたしはビアモルチを抱きかかえてあげたのさ。

他の樽にもビアモルチは隠れていて、大小含めて合計15匹のビアモルチがいたの。

抱きかかえなくてもふよふよと空中を浮いて、あたしの周りに集まって来たのだわさ。

なんか、みんな、あたしになついている様子だったのさ。


「そんな人を堕落させる使い魔に好かれるなんて、情けない・・・」


ボソッとメメシアが悪態を吐いた。

早くビアモルチをビール醸造所に持って行かないと、メメシアがビアモルチを消し去ってしまうかもしれないのだわさ・・・



☆☆



「ありがとうございます勇者様!なんとお礼をすればいいのか・・・」


「いえいえ、困っている人を助ける事も勇者の役目です」


ビアモルチ達もビール職人達との再会を喜んでいる様子だったのさ。

妙にあたしになついちゃって、離れないビアモルチがいる程なのだわさ。


「おお、ビアモルチがビール職人以外にこれ程なつくとは珍しい。流石です。天性の酒の才能がある証です」


「酒の才能?」


「そうです。我々、ビール職人のみならず、酒造りに携わる者、それを売る者達の間では有名な話です。酒を愛する者多くとも、酒に愛される者少なし。魔法使い様は酒に愛されるお方なのですよ」


なんと、あたしはお酒と相思相愛だったのか!


「奪われずに済んだビール樽もあります。この機会、ぜひ、皆様に飲んでいただけたらと思います」


「だが、断ります」


ビール職人達がせっかく盛り上げてくれた雰囲気を一言でぶち壊すメメシア・・・


「お酒と愛し愛され?それならば、さらに堕落の誘惑を断たねばなりません」


「でもさ~・・・1口だけ、さきっちょの1口だけでもさ~」


「喝ッ!」


「ひぃっ!」


折角のご厚意、メメシアのおかげで台無しだわさぁ~・・・

ビアモルチ達も、慌てて逃げ出し、ビール職人達の後ろに隠れちゃったのよ・・・


「あの・・・酒成分が無いデュンビールもありますが・・・」


「酒成分が無ければそれはビールじゃないのよ・・・飲むパンなのよさ・・・」


そんでもんで、日も暮れて来たし、ビール職人達が空いている部屋に泊って行くように言ってくれたので、あたし達はビール醸造所に宿泊する事になったのだわさ。



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