黒鵜姉妹の異世界キャンプ飯 ~腹ペコ転生姉妹~

迷井豆腐

第一章 ローストドラゴン

第1話 緊急事態

 新緑に染まる木々が震え、数多の鳥達が空へと飛び立つ。同時に足元に伝わって来たのは、何か巨大なものが大地を踏み鳴らしているかのような地響きだった。


「お、おい、これって……」

「ええ、相当近いですね」

「今回の討伐対象、ではないよね……?」


 深い森の中で身を潜めていた三人が、恐る恐る顔を上げて辺りを見回す。


「と、取り敢えず、まだ視界に入るほどの距離にはいないみたいだな」

「ハァ、良かった…… じゃないよ! ねえ、この依頼おかしくない!? 聞いていた内容と全然違うよ!? 畑を荒らす迷惑モンスターの討伐で、私達にもできそうな依頼じゃなかったの!?」

「馬鹿、あまり大声を出すなって。居場所が気付かれるぞ……!」

「あっ、ご、ごめん……」


 剣を背負った少年にそう注意され、ぶかぶかのとんがり帽子を被った少女が、声を殺しながら謝罪する。その間にももう一人の眼鏡の少年が周囲警戒に努め、足音の向かう方向が変わっていない事から、この騒ぎの元凶はまだ自分達に気付いていないと判断。眼鏡の少年はふぅと息を漏らし、このまま通り過ぎるのを待とうと、仲間の二人にハンドサインを送るのであった。


 この森の近くにあるガリクの村では、数週間ほど前から何者かによって作物を食い荒らされる被害が頻繁に起こっており、住民達の悩みの種となっていた。丹精込めて作った作物にこれ以上の被害を出す訳にはいかないと、冒険者ギルドにモンスターの駆除を要請。その流れでこの場所へとやって来たのが、最近になってD級冒険者に昇格した彼らのパーティであったのだ。


「うう、依頼の難度はD級相当だった筈なのに……」

「確かにその点は疑問ですね。この辺りで畑を荒らすモンスターといえば、コボルトやゲリララクーン、強いものでもグリズリーボアが精々だった筈ですから」

「お、おう、そうなのか? お前、ホント博識だよな」


 三人は身を潜めながら、ヒソヒソと小声で話をする。


「事前調査をしておくのは当然じゃないですか。ですがこの森をいくら調査しても、それらのモンスターと遭遇する事はありませんでした。恐らくあの謎のモンスターが現れた影響で、森から逃げ出したんでしょうね。そして、このモンスターは僕達の依頼とは全くの別件です。絶対に難度D級の依頼ではありません」

「それは同感だよ…… でもそれじゃあ、私達が探していた畑荒らしは?」

「ああ、なるほどな。さっきこいつが言っていた通り、畑荒らしの方はもう逃げ出した後って訳だ。ったく、完全に無駄骨じゃねぇか……」

「まあ、ある意味で依頼は達成されたようなものですけどね。村人達がどうにかしたかった畑荒らしは、この辺りを去った訳ですから」

「でもでも、私達が倒した訳じゃないから、それじゃあ報酬が貰えないし、何よりもガリクの村の危機じゃない。状況悪化してるっての……! ど、どうする?」

「どうするって言っても、なぁ?」

「……僕達の力で元凶を討伐するのは無理です。ギルドにこの事を報告して相応の応援を要請、村の方々には避難してもらう。これがベストでしょうか」


 三人は話を纏め、今後の方針を決めたようだ。元凶にはまだ気づかれていないし、撤退するならば今が好機――― なのだが、その前にもう一人、いや、もう一組声を掛けておかねばならない相手がいた。実のところ、今回の依頼を受けていたのは彼らだけでなく、もう一組のパーティも合同で参加していたのだ。


「あの、カンロさん、でしたっけ? 僕達ではこの状況をどうする事もできないので、今直ぐに撤退しようと思うのですが……」


 眼鏡の少年がそう話し掛けた先にいたのは、光を編み込んだが如く輝く金髪を、ツインテールに束ねた少女だった。少女と言っても、彼女は冒険者達よりも随分と幼い。150センチも背丈がなさそうな少女は、恐らく年齢もそれ相応なのだろう。冒険者をやるにしては一見幼過ぎる、カンロというこの少女であるが、彼女はこんな状況なのにも拘わらず全く気にする様子もなく、何やら忙しそうに手を動かしていた。


「わあ、こんなところにオリブの木が自生してる。実も良い感じに生ってるし、少しだけ貰っておこうかな。生態系への影響を考えて、採り過ぎないように注意して、っと」


 そんな独り言を呟きながら、近くの木から何かを採取するカンロ。少年の声が聞こえていないのか、一心不乱である。


(((こんな状況で採取してる……!?)))


 心の中で三人の声が一致する。あり得ない行動に、そして凄まじい集中力に、驚きを隠せなかったのだ。


「あ、あの、カンロさん……?」

「え? ああ、すみません。何の話でしたっけ? この森、自生している植物が豊富で、つい採取に夢中になってしまいまして」


 二度目の声掛けに、カンロは漸く気付いたようだ。ツインテールを揺らしながら彼女が振り返ると、幻想的な紅の瞳が三人の冒険者達に向けられる。更にだ、彼女はハッとするほどに美しく、可愛らしかった。この世のものとは思えない美貌に、三人の意識はすっぽりと抜け落ちてしまう。道中にも何度か目にしていた筈なのに、その美しさに抗う事ができなかった。


「「「………」」」

「……あの?」

「ハッ!? す、すみません。ええと、実はですね―――」


 正気に戻った眼鏡の少年が改めて撤退を提案、しかしカンロは首を横に振る。


「すみません。先ほど姉が森の奥に入って行きましたので、私はこのまま残ろうと思います」

「えっ? あ、そういえば、ミミさんがいない!?」


 三人が急いで辺りを見回す。カンロはミミという姉と二人でパーティを組んでおり、つい先ほどまで二人揃ってこの場所にいた筈だった。しかし、いない。森の奥をいくら凝視しても、少女の姉らしき姿は見当たらなかった。


「クソッ、何でこの状況で進んだんだ! しかも単独で!」

「二人共、声が大きくなってます。一旦冷静になりましょう」

「で、でもっ……!」


 どうやらこの冒険者達は結構なお人好しらしく、急な合流となった他パーティの、殆ど他人でしかない少女の姉の事を真剣に心配していた。相変わらず感情の起伏の少ないカンロとは、真逆の反応といえるだろう。だが、時間がない。カンロの姉はもちろん助け出したいが、このままではガリクの村も危ないのだ。三人は悩む、どちらを優先すべきかを。


「あの、撤収するのであれば、私達の事はお気になさらないでください。私達、元からアレを討伐するのが目的ですから」

「「「えっ?」」」


 無表情のまま、しかし彼女は確かにそう言い切った。次いで「心配してくださり、ありがとうございます」と、頭を深々と下げるカンロ。十歳やそこらで冒険者をやっている幼い少女が、ここまで礼節を重んじている事に三人は驚かされたが、それ以上に彼女達の目的が気に掛かった。


「カ、カンロさん、それはどういう……?」

「……? ええと、そのままの意味ですが。あ、いえ、言われてみれば、確かにそれはちょっと違うかも、ですかね。討伐はあくまでも手段で、私達が求めているものは―――」


 カンロが何かを訂正しようする。が、ちょうどその時になって、森の奥から何かが、猛烈な勢いで飛び出して来た。急な出来事に冒険者達はビクリと体を震わせる。但し不味いと思うと同時に、おかしいとも感じられた。飛び出して来た者からは、モンスターが放つような殺意がまるでなかったのだ。


「―――甘露かんろちゃーん! あっちに開けた場所があってね、焚き火台作っておいたよー! これでいつでもレッツクッキング! お姉ちゃん、すっごく頑張って来ちゃったー! 褒めてーッ!」


 次の瞬間に巻き起こったのは、女性のものとは思えないほどに響き渡る、大きな大きな叫び声であった。

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