第5話 弟子入り

 一時的に引き取るとヨーゼフに報告する為、カノンは城へと帰って行った。さて、これで家には俺と悠那の2人だけ。この世界に来たばかりだとすれば、色々と説明しなければならない事が山積みだ。居間で簡単に昼食を済ませて、悠那と再び向き合う。


「早速鍛錬といきたいところだが、まずはお前の部屋を確保したいと思う。前に居候していた奴が使っていた部屋があるから、そこを使ってくれ」

「はい! でも師匠、見たところ部屋の入口が埋まっているのですが……」

「ハル」

「………?」

「いや、お前だお前。フルネームで呼ぶと面倒だから、最低限まで短縮してハルな」

「あ、なるほど。愛称ですね、了解です!」


 結構嫌みを込めて言ってみたんだが、素直に受け止めてくれるのか。本当にポジティブな奴だな。爽やかな割に原動力が拗れているのが嘘のようだ。


「で、この散らかり具合の原因なんだけどな。俺は整理整頓掃除が大の苦手だ。どこに何があるか把握はしているが、それだけで片付けようと思っても実行できてない。ちょっとしたゴミ屋敷とでも思ってくれ」

「詰まり師匠の家事力は死滅している、と。カノンさんが言っていた通りですね」

「ぐっ……! な、なかなか真正面から言ってくれるじゃないか」

「私、師匠には裏表なく接しようって思ってますから。隠し事はしません!」


 うん、それは嬉しいけどさ。多少は手加減してくれるともっと嬉しい。


「本格的な修行は明日からするとして、良い機会だから今日は掃除に徹する。さあ、ハルの力を見せてもらおうか!」

「師匠も手伝ってくれるんですか?」

「流石にこの無秩序を全部任せるのは心が痛いからな。今日は手伝う。さ、指示をくれ」


 師匠が弟子に指図されるのはどうかって? 悪いがこればっかりは管轄外だ。



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 掃除開始から暫くして。昼にスタートしたというのに、気が付けば日が沈んでいた。


「やり遂げたな」

「やり遂げましたね」


 しかし、まさかここまで綺麗になるとは思わなかった。乱雑に置かれたブックタワーは種類別に分別、並び替えて本棚へ、積もり積もった埃を取り除いてピカピカに水拭き。ハルは予想以上に家庭的だったようで、俺に出す指示はどれも的確。調子に乗って部屋から飛び出し、家中の至るところまで清掃をしてしまったほどである。ほれ、姑のように指で窓っぺりをなぞっても汚れていない。疲労感は半端ないが、それさえもどこか心地良い。


「よし、整頓整理清掃は合格だ。良くやったな、ハル」

「身の周りが綺麗だと、心も豊かになりますからね。師匠はお仕事に、私は鍛錬に集中できるというものです! あ、夕食はどうしますか?」

「……保存食ならある」

「師匠、もしやと思いますが料理するのが面倒で、ずっとそれで凌いでいたとか? そういえば、お昼もそういった食べ物ばかりだった気が―――」

「………」

「師匠は料理も死滅している、と」


 気のせいだろうか? 師匠である筈の俺の面子が大暴落している感じがする。


「ま、まあ今日は日が落ちてしまったからな。今から街に行っても店は閉まっている。今回ばかりはある物で済ませてしまおう。今日のところは調理場にある道具の使い方だけ教えるから、材料の買い出しはまた明日な」

「えっと、調理道具はあるんですか?」

「前の同居人の私物が残ってんだよ。ま、使っても問題ないさ」

「そういう事ですか、了解です。明日からは食事に期待してくださいね。私、頑張りますから!」

「はは、楽しみにしているよ」


 よし、消耗品は必要経費として王城に請求しておこう。ハルの必要品は明日カノンが持ってくるとして、明日の買い出しで足りない物を全部揃えて――― ハルを鍛えるのは昼くらいからになりそうだな。明日に備えて、今日は早いとこ休んでもらうとするか。



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 翌日、居間のテーブルにて白紙の冊子を広げ、ペンを置く。調理場からはハルが作った料理の良い香りが漂ってきている。


「さて、ハル君。買い物が終わって昼食まで時間が少しある事だし、それまで座学でもやっておこうか」

「た、鍛錬って体を動かす系じゃないんですか……!?」

「ハル、お前の職業魔法使いじゃなかったっけ?」


 何でそんな絶望的な表情になってるんですかね。いや、久しぶりに優越感に浸れて嬉しいと思ってる俺も俺だけどさ。


「座学は苦手なのか?」

「い、いえ。いつも全力で勉強してますし、苦手という訳ではないんですが、体を動かす方がやっぱり楽しいので……」

「そうか、ハルは勉強が弱点か。ククク」

「わー、師匠が悪い顔してるー…… 言っておきますけど、これでもテストでは下よりの中間くらいの成績ですから!」


 えへん、じゃない。高校にも依るだろうが、基本的には威張れるレベルではないからな? それに人のウィークポイントを把握しておくのは基本だろ。実際、ハルも昨日やってたし。


「ま、冗談はさて置き、さっさと済ませてしまおう。飯が冷めてはもったいない」

「そうですね。私も温かいうちに食べてもらいたいです」

「安心しろ、今日は小難しいくらいだから直ぐに終わる。で、ハルに説明しなくちゃいけないのは、レベルとステータスについてだ。この世界じゃ一般常識として認識されてるから、まずこれだけは覚えておけ」

「は、はい!」


 ペンを手に持ち、ハルはメモをとる体勢に移行する。既に頭から煙が出そうになっているけど、そこは努力でカバーしてくれ。


「ハルのステータスを見ながら説明しようか。ハル、頭の中でステータスを見たいと思い描いてみろ」

「こう、かな? ―――わっ」

「その反応からすれば、ちゃんとステータスが目の前に表示されたみたいだな」

「はい、本当にゲームみたいです」

「ヨーゼフのじじいが使った石板がなくても、そんな風に自分のステータスだけはいつでも見られるんだ。一方で今ハルが見ている表示は俺には見えない。あの石板はあくまで他人にステータスを公開させる為のものだ。ステータスの情報は生命線だからな、これからは他人に見せないように注意しろ」


 ガリガリと白紙のページにハルが字を書き加えていく。たぶん、ヨーゼフのじじいはこの説明もなしに神問石かみといしで全員のステータスを開示させたんだろう。まあ、その方が管理しやすいだろうし、間違いではない。ずっとその方針だと、いつか離反者が出るだろうけどな。わざわざ1クラス分の人数を転移させるなんて、無為にコントロールし難くするだけだろうに。じじいも物好きだな。


「次にステータスの見方だが、注目すべきは職業とスキルスロットだ」

「私の職業は魔法使いになってますよね。これって初めから決まっているんですか?」

「いや、最初は何も設定されていないんだが、この世界に転移してしまった副作用みたいなもんだな。普通はなりたい職業に対応したギルドで決める。尤も、他のお仲間達にはそれが恩恵として作用しているようだが」


 職業のレベルやステータスが最初から異様に高かったのはそのせいだろう。ま、それはそれで後々苦労すると思うけどな。ヨーゼフが全員を管理し切れるとは思えないし、この世界の強さの求め方は少し特殊だ。


「転職って可能ですか? 欲を言えば格闘家とか」

「……残念だったな。1度決めた職業は生涯に亘って付き合っていくものだ」


 お前さ、魔法使いの師匠の眼前で言える台詞じゃないよね、それ。

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