三話 嫌な夢

 ––––ほら、あなたの弟よ。


 母親が疲れた顔で、でもどこか嬉しそうな顔をして、両手に抱く赤子を見せてきた。


 ––––わあ、可愛いねぇ。


 ––––今日から望緒も、お姉ちゃんね。


 幼い望緒は大きな返事をして、これからの未来に大きな期待をしていた。

 そう、


 ––––お母さん、あのね、今日学校の授業で絵を描いてね!


 ––––ああ、ごめんね。もう少し待っててね。


 次第に彼女の母親は望緒のことを後回しにするようになった。それでも彼女は、もう少し弟が大きくなれば、これも落ち着くだろうと、大人しく待っていた。


 が、その頑張りも無駄でしかなかった。


 ––––あの、お母さん……、私の誕生日なんだけど…………。


 望緒が言うと、母親は冷たく彼女を見るだけだった。



「!」


 そこまでで、望緒はバッと起き上がった。冷や汗が止まらない。息も切れていて、何度も何度も吸ったり吐いたりを繰り返している。


 部屋は薄暗くなっており、そこからもう日が暮れているのだと判断した。


「やな夢……」


 彼女がそうつぶやくと、襖の向こうから女性が声をかけてきた。返事をすると、使用人の女性が襖を開ける。


「望緒様、お夕飯の支度ができましたので、お越しください。案内します」


「あ、はい」

 

 そう言われてついて行った部屋には、もう他の三人が座っていた。


「さ、一緒に食べましょ」


 望緒は促されるままに机へ座る。全員でいただきますと言ってから、狼狽うろたえながらも料理を口に運ぶ。


「美味しい……!」


「ふふ、そうでしょうそうでしょう」


「なんで君が誇らしげなのさ」


 飛希の両親のやり取りに、望緒は少し笑った。その様子を見て、飛希たちも微笑んだ。


 ––––久しぶりに、こんな食卓囲めたな。


 ご飯を食べたあとはお風呂に入った。お風呂は向こうとは違い、銭湯に似た感じの狭いお風呂であった。


 寝間着に着替え、布団に潜るのだが、望緒は知らない場所で寝られるか不安だった。それに、まだこの空間のことをよく知らず、何が起こるかわかったものでは無い。


 ––––不安は沢山あるけど、みんな優しかったな……。



「普通に寝れた……」


 不安を抱えながらも、案外ぐっすり寝ることが出来た。


 しかし、いつもよりかは起きるのが早いのだろう。まだ部屋は薄暗いままだ。


「時計がないからわかんないなあ。昨日、頼んでおけば良かったかな」


 だが、ここに時計という物が存在するかはわからない。どこにもそれらしき物が見当たらないのだ。

 カチコチという秒針の音も、どこからも聞こえない。静かにしていると聞こえるのは、使用人たちの話し声ぐらい。


 恐らく、望緒が住んでいた空間とは、時代感が違うのであろう。


「望緒様」


 襖の向こう側から、昨日の使用人と同じ声が聞こえてきた。


「起きてらっしゃったんですね。では、こちらが、巫女装束となります」


 渡されたのは、白の着物と赤の袴。よく神社で見る、巫女さんの服と同じだ。


「あ、でも着方……」


「ご安心ください。私がお手伝いいたします」


 望緒は戸惑いながらも、使用人の女性に言われるままに着付ける。ただ、やはりスムーズには行かない。

 何せ、浴衣すら着付けたことがないのだから、巫女装束なんて、もっとよくわからない。


 だが、使用人の手伝いもあり、どうにか着ることができた。


「わ、可愛い……」


「ええ、とてもお似合いです」


「ありがとうございます……。あ、髪の毛ってどうしたら?」


 神社でよく見る巫女は、髪を後ろで一つ結びにしている。が、望緒がよくする髪型は、ツインテールだ。


「髪はそのままでも大丈夫だそうです。ただ、気になるようでしたら、一つ結びでもいいと思いますよ」


「わかりました」


 ––––なら、いつも通りにしよ。

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