第7話 あざとい王妃

「王太子教育といっても、王家の一員として恥ずかしくない教養と作法を身に着けてもらうだけ、難しく考える必要はないわ。仮の王太子との仮の婚姻といっても、お披露目のパーティは開かなきゃならないのだしね」


 翌日、王妃の部屋でメルは言われた。


「それから私の書類仕事も少し手伝ってほしいの。ああ、大丈夫よ。そんなに難しい仕事ではないし、他の女官もやっていることだからね。これらのことをやったから離婚できなくなるってことはないから心配しないで頂戴」


「はい……」


 王妃の屈託ない様子にメルは小さくうなづくしかなかった。


 その日から午前中は家庭教師と王妃による教養や礼儀作法の授業。

 午後は他の女官たちと一緒に書類仕事をメルはこなすようになった。


 メルは王妃の書類仕事を手伝うのに疑問を持たなかったが、実はこれも王妃のあざとい計算でいいように使われていただけだった。


 仕事を手伝う女官たちは王妃に振り分けられた予算の中で雇っている。


 予算を別のことに使いたいのなら、女官を減らして自分で仕事を片付けていけばいい。そこは予算と労力との兼ね合いだが、王妃はメルをタダで使える便利な労働力として利用しようとした。

 

 通り一辺倒の行儀作法などの教育で体裁を整えた後は書類仕事。

 その合間にウエディングドレスの仮縫いや試着もあり、メルはなかなか忙しい日々を過ごしていた。



 四日目の午後、王妃や女官と一緒に書類を片付けていると大臣の一人が部屋に入ってきた。


「恐れ入ります、王妃殿下。宝石商が来ております。お披露目パーティ用の装飾品の相談を王家の皆々様が相談するため、すでに集まっておりますゆえ」


「まあ、そうだったかしら。すぐに行くわ」


 王妃は立ち上がった。


 お披露目パーティ。

 自分にも関係ありそうだが、王妃が声をかけず部屋を出て行ったので、メルは引き続き部屋にとどまった。


 王妃は久しぶりに国内外の要人を招いてのパーティのため新しいドレスやアクセサリーを作れるので浮かれていた。言われた部屋に足を運ぶとすでに、王太子ベネットを除いた子供たちと国王がそろっていた。


 二人の王子の間にはなぜか、王太子妃となるメルの妹のエメが座っている。


「やはりこのピンクダイヤモンドがいいと思いません、お母様」


 マティエ王女がカタログを開いて言った。


 この世界の宝石や美術品などのカタログは、ページを開けるとその色や大きさなど実物そっくりのホログラムが浮かび上がり、確認することができる。


「お目が高いですな。今年は色も大きさも素晴らしいものがいくつか取れましてね」


 宝石商が売り込みをかける。


「そうね、同じ宝石をお揃いでというのもいいわね」


 王妃がつぶやきマティエが歓声を上げる。


「素敵ね、私もあんなのが欲しいわ」


 エメは隣に座っていた第三王子のクレールに声をかけた。


「そうだな、母上やマティエが買うなら僕の予算からも買ってもいいはずだよな」

 

「おい、彼女はまだ王家のメンバーじゃないんだぞ。王太子妃になる方ならともかく……」


「わかってますよ、兄上」


 第二王子のオーブリーは少し堅物だわ、と、エメは思った。


 話が盛り上がってきた矢先、ドアをノックして入ってくる者がいた。


 ベネット王太子の乳母のサモワである。


「失礼、こちらにメルさまが……、おや、いらっしゃらない? おかしいですね。今日はずっと王妃様とご一緒ということなので、お披露目パーティ用の装飾品を購入する集まりに一緒にいらしているとばかり……」

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