数字に囚われる

颯風 こゆき

第1話 繰り返される時間

「見て、ラファエル様よ。まだ小さいのに、いつ見ても麗しいわね」

遠巻きにそう囁く女性の声が聞こえる。

立ち寄った本屋には、ヒソヒソと噂話が飛び交う。

「でも、バンティエラ伯爵家の三男でしょ?それにあの外見・・・」

「呪われてるって本当かしら?」

そんな声にうんざりしながら、目当ての本を一冊棚から引き出すとレジへと向かう。

「ラフェエル様、お屋敷に戻られますか?」

ついてきた従者が耳元でそう囁くが、小さく首を振り、店を出た。

しばらくぼんやりと街並みを歩く。

ふと、小脇の路地に座る黒いフードを被った男の子が目に留まる。

その風貌で平民の孤児なのだとわかるが、なぜか引き寄せられるようにその子の元へと歩んだ。

目の前に立っているのに気付いたのか、男の子が顔上げ、目を丸くして見上げる。

「行くところがないのか?」

「・・・・いいえ、今、見つけました」

「どういう意味だ」

その問いかけに、抱えていた膝を崩し、男の子は正座をして頭を下げる。

「僕を拾ってください。きっと僕が、将来あなたの役に立ちます」

その答えに、何を言っているのかわからなかった。

「僕はあなたに会うべきして出会った。後悔はさせません。あと5年、僕をお側に置いてくだされば、あなたの悩みを解いてみせます」

悩み・・・・悩みではなく、解いて欲しいのは呪いだ・・・。

そんな言葉をグッと飲み込んで、ついてこいとだけ言葉を発してその場を離れた。

男の子はその後ろをひょこひょこと付いてくる。

きっとこの子にも呪いは解けない。

わかっている事なのに、どうして拾ってしまったのだろう・・・。

あぁ・・・もしかしたら、自分の結末の相手を選んだのかもしれない・・・


1年後––––

「ラファエル様、お茶の時間です」

黒髪を後ろに束ねた少年が、クッキーが並べられたお皿と、紅茶セットをワゴンに乗せ歩いてくる。

私はその様子を横目で見ながら、少し不機嫌そうな顔をして呟いた。

「・・・・リアム、お前はここに来てどのくらいになる?」

「そうですね・・・ちょうど1年くらいでしょうか?」

「それなのに、私が甘い物を食さないという事がまだわからないのか?」

「存じております。ですが、朝食もあまり召されなかったと聞きました。適度に甘い物を摂ることは脳の活性にも繋がりますし、体にも良いのです。それにこのクッキーは野菜が苦手なラファエル様の為に考案されたクッキーです」

リアムは優雅に紅茶を入れながら、小皿にクッキーを分ける。

「野菜・・・・?」

「そうです。甘みを持ちながらも栄養たっぷりな物です」

「いらぬ」

「またそういうわがままを・・・ほら、お一つお口に・・・」

リアムはそういうと笑顔を浮かべたまま、強引に私の口へと放り込み、すかさず私に紅茶を手渡してくる。

「一度口の中に入れた物は綺麗に召し上がらないといけませんよ。貴族たるもの上品さを保ちませんと・・・」

太々しくそう答える彼を睨みつけながら、俺は口に入った物を慌ただしく噛み砕き、紅茶で流し込む。

「全く・・・たった一年でこう生意気になるとは・・何故、私はお前を拾ってしまったのか・・・・」

紅茶を飲み終えた私はブツブツと文句を垂れる。

「それは、僕達が運命の相手だからです」

「始まった・・・記憶がほとんどないくせに、何を言っているんだか・・・・」

そう言いながら、読みかけの本を取り、そこへ視線を向けた。


私はラファエル・バンティエラ。

バンティエラ伯爵家の三男だ。もうすぐ11歳になる。

周りからは大人びた子供と言われ、家族からは病弱な子供と言われている。

実際、私は体が弱い。

昔はこうではなかったはずだが、回数をこなすごとに体が弱っていく。

それに伴ってか、容姿もどんどんと変わってきた。

母親譲りの綺麗な青い髪は、どんどん色素を失い、今では白髪に近い銀色・・・。

父親譲りの端正な顔立ちも、体が弱い為に色白になっていく肌が功をなしているのか、中世的な顔立ちになっていた。

9回目・・・・今回の人生は9回目の回帰だった。

何かの呪いのように、私は人生を繰り返している。

そして、決まって24歳で死ぬ・・・・

その度に弱くなっていく体、存在を消そうとしているかのように変わっていく容姿、全てが自分には未来などないと言っているかのようだった。

それならば、いっそ輪廻もないほどに私を消し去ってくれたら、どれほど幸せな事か・・・そう願えば願うほど、叶わない願いに虚しさを覚える。

ぼんやりと本を見つめていた私に気付いたリアムが、そっと私の手を取る。

「もう少しです。必ず僕が助けます」

拾った日からずっと言い続けているリアムの言葉に、ふっと笑みを溢す。

もしかしたら、今世はリアムの手にかかるのかもしれない・・・

それでも、誰かも知らない奴に手をかけられるより、どんな形での結末でさえ、少しは情を交わした知っている者に手をかけてもらう方が、少しは救われるのかも知れない・・・そう思えるからこそ、私はリアムをそばに置いた。

私の本当の願いをリアムは叶える事はできないが、最後を看取ってくれという願いは叶えてくれるかもしれない・・・。

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