第十六話 『憎き相手の命乞いは蜜の味』


 王宮区画に戻る為、王城の使用人に先導されていると、前から見知った男の声が聞こえてきた。


「実の父親に挨拶も無しとは、どういう事だメルナ」


 そこに居たのは紳士服を着た、見たくも無い顔の男だった。

 スカートを持ち、男にお辞儀する。


「お久しぶりです、お父様」


 私の言葉に睨みつけてくる、この男こそ、紛れもない私の父親。

 この帝都で会いたくも無い家族の第一号。

 今回の謁見には沢山の貴族達が集まっていたが、当然の様に父親も居たみたいだ。

 父親は私を見上げながら言う。


「ふん、その様な姿では嫁ぎ先なぞ見当たらん。もうお前には腕自慢しか取り柄が無いようだ。まったく、リフレシア家の恥晒しめ」


 そう言って腕を組み、忌々しそうな眼を向けてくる。

 実の娘が皇帝に謁見し、王子二人の護衛に着いたというのに、この男にとっとは女は嫁ぎにしか価値が無いとでも言いたいのだろうか。

 この様子では、あの性格がひん曲がっている生意気な妹でさえ、嫁ぎ先の候補にしか興味がなさそうだ。

 どうせこの父親の事だから、今は母親と新たな小作りに励んでいる事だろう。

 男児が生まれる事を期待して。

 

 まったく、なんでこんな奴が父親なんだ。

 私には親に恵まれない呪いでもかかっているのだろうか?

 前世だってそうだ。

 自分の見栄の為にバカみたいなマンションを買って、それの返済の為に一日中仕事に追われ、帰って来るなり酒を浴びる様に飲んで家族に当たり散らす。

 人生で成し遂げた事なんて「俺は会社の売上の優等生」なんていうしょーもない成功体験しか無いくせして自業自得な人生の捌け口を家族に求める、そんな奴が前世の父親だった。

 ああ…… 思い返すと腹が立つ。


 ドスンドスンと重い足音を立てて父親の足元まで行く。

 驚き私を直角に見上げている父親に言ってやった。


「申し訳ありません、お父様。私は腕っぷししか取り柄がないようで、自身の見栄にしか興味の無いお父様のお眼鏡には叶わない様です」


 それを聞いた父親は、わなわなと体を震わせ、怒りの顔を私に見せつけてきた。


「言うではないか…… リフレシア家の娘に生まれておきながら、よくわからん『巨大化』なぞを神から貰いおったお前が、よくもまあ私に盾突こう思うた――! ……っ!」


 激高して拳を振り上げる父親だったが、その手を止めた。

 そんなの当たり前だろう。

 今の私は四メートルの巨人。

 殴った仕返しに蹴られでもしたら、一たまりも無いのは馬鹿でもわかる筈だ。

 振り上げたこぶしをフルフルを我慢している父親に、私は腰を曲げ上から見下げてやった。


「その振り上げた手は何ですか?」

「っ! ……なんでもな――」

「まさか私を殴るおつもりで?」

「……っ! キサマという者は、私をどこまで愚弄すつもりだッ!」


 少し挑発したら、ほらこの通り。

 下に見た相手には、とことん強気に出るその思考回路。

 こんな体格差があって、尚且つドラゴンを倒したと言われた相手ですら、こやって上から目線で強気に出てくる。

 父親は拳を振り上げ、私の足を殴りつけた。

 正直、痛くもかゆくもない。

 ふふっ、格の違いっていうのを見せつけて差し上げようかしらね。


 何度も足を殴りつけてくる父親の手を上から掴んでやった。

 驚き困惑する父親。

 

「何をするッ!私に逆らうと言うのかッ!お前は私に――!」


 そう喚き散らす父親を、そのまま手首を掴んで持ち上げてやった。


「ひいぃぃぃっ!」

「で?『お前は私に』? その次は何ですか?」

「今回は見逃してやるが、こんな事をして許されるとでも――!」


 その手首を持ち上げる手を絞めてやる。


「あぎぃぃぁぁああっ!」

「ふん……? 雑魚が何か喚いてますわね」

「ひいぃぃぃっ!」


 手に持った手首を上げ、父親の顔が見える位置まで持ってきた。

 無表情を作り、至近距離で父親の顔を見る。

 恐怖の色に染まった父親。


「プッ……! あははははっ!」


 その顔を見ていたら、自然と笑いが出てきてしまった。


「あんなに威勢が良かったのに、なんです?その顔は? あっははははっ」


 情けない姿の父親に言葉を吐きつけてやるが、父親の顔は恐怖に染まったまま変わりがない。

 全く、つまらない。

 本当に、つまらない。


「メルナよ!悪かった!私が悪かったから、はやく降ろしなさ――!」

「ええー?何か言いましてー?」


 そんなことを言う父親を、聞こえないフリをして煽ってやる。

 いったいお前に、どれだけ苦しめられたと思っているんだ。

 これくらいで満足できるわけがない。

 目の前の恐怖に歪む父親の顔を見ていると、今までの気が晴れる様だ。

 もう一度、手首を絞めてやる。


「私が悪かったっ!私がわるかったから――! ぐああああぁぁぁぁっ!」

「聞こえませんわー?何を言っているのです、お父様っ?」


 ああ、面白い。

 前世のインターネット上で溢れていた復讐ジャンルのウェブ小説の良さがいまいちわからなかったが、なるほど、なるほど。

 確かに恨みを圧倒的な暴力で晴らすのは、すこぶる清々しい。

 開いている腕で、歯をガタガタと揺らし恐怖に染まる父親の足首を持ち、手首を持っている手に手渡す。

 宙吊りになった父親に言葉を吐く。


「間抜けな姿ですね、お父様」

「ひっ…… ひぃいい!」

「自分の言いなりだった娘に宙吊りにされて、見上げる景色はどうですか?」

「た、たすけっ!だ、だれか助け――!」


 周りに助けを求め始める父親を、足首を持った手を左右に動かしてやった。

 ぶらんぶらんと、時計の振り子のように左右に大きく振られる父親。

 

「ひぃぃぃいいい!助けてくれぇ!」

「あはははっ!みっともない声ですね! だっさあ!」


 しばらく振り子の様に父親を振り続け、飽きてきたので片手で頭を持って宙吊りにしてやる。

 私の顔の高さまで持ってきて、空いた手を握り、構えた。


「私、こんな体格で人を殴ってしまったら、いったい相手はどうなっちゃうんでしょうねっ?」

「ひっ、ひいいいいっ! 殺されるっ!殺されるぅぅぅ!」


 父親の叫びが響き渡る。

 ああ、気持ちいい。

 いままで虐げてきた奴の悲鳴って、こんなにも気持ちいいのか。

 愉悦…… そう、これは愉悦だ。

 まさしく今の私が感じている、この何とも表現しがたい感情は愉悦に違いない。

 ギリリと拳を握り絞める。

 私の握り絞めた手を見る父親は、それはそれは面白い顔だ。


「たっ助けてくれメルナっ!私が悪かったっ!こ、殺さないでくれっ!」

「えー?なんの事を言っているのですかー?」


 父親の命乞いが始まった。

 ああ、おもしろい。

 あれだけ上から目線で態度が大きかった、あの父親が私に命乞いをしている。

 宙吊りの父親に見せつけるように腕を大きく振りかぶってやった。


「し、死にたくないっ!殺さないでくれメルナっ!私が悪かった!すべて私が悪かった!」


 なんて必死な命乞いなんだろう。

 ああ、哀れ。

 本当に哀れな姿。

 あの父親が、私に命乞いをしてるなんて、なんて哀れな姿なんだろう。

 でも…… なんか、飽きてきた。


「じゃあ、お父様――」

「な、なんだっ!」

「――さようならっ?」


 そうして、振りかぶった拳を前に、突き出す。


「ひぃいいいっ!」


 父親の悲鳴が響きわたる。

 私の放った拳は父親の上半身を貫き、内臓を抉り背骨から全てが爆ぜ、辺り一面に血と肉片を飛ばし、哀れな父親は見るも無残に絶命したのだった。

 ――と、そうなる寸前に、私の後ろから女性の声が聞こえてきた。


「そこまでにしなされメルナ嬢!」


 私の握った拳が父親を貫き殺す寸前で、その手を止めた。

 父親の頭を持ったまま、声の方角を見る。

 騎士鎧を着た金髪ストレートヘアの金色の瞳をした女性が私の元に走ってきていた。

 その女性を見て、助かったと言わんばかりに父親は言う。


「これはルーシア騎士団長殿っ! た、助けてくれ!この女に殺されそうなんだっ!」


 そんな事を言う父親。

 頭を持っている手を強く絞めてやる。


「がああああぁぁぁぁっ!し、しぬぅぅぅぅ!」

「もう止めなされメルナ嬢!本当に死んでしまいますぞ!」


 その女騎士の言葉に、父親を持っている手の力を抜く。

 父親の悲鳴が止み、女騎士は私に諭す様に言う。


「もう、その方を開放してあげてはくれないか。メルナ嬢の怒る気持ちは十分わかる。でも、ここは私に免じて彼を開放してくれ」


 そう私に言う女騎士は、私を刺激しないよう必死に言葉を選んでる様子だ。

 女騎士の必死な表情をを見ていると、熱が冷めていく感じがする。

 まったくの興ざめだ。

 父親を持った手を放す。

 ボトリと地面に落ちた父親は、這う這うの体で女騎士の後ろに逃げた。


「さあルーシア騎士団長殿!早くこの女を牢に連れていくのだ!私に暴力を振るったのだぞ!」


 父親は女騎士にそう言うと、勝ったと言わんばかりの顔をする。

 ふぅん……?

 別に、その女騎士は強そうに見えないから、その女騎士共々、私が相手になってあげようじゃないか。

 腕を上げて準備運動がてら腰の柔軟をする。

 そんな私を見て、女騎士を慌てた様子で言ってきた。


「め、メルナ嬢! 別に私は貴殿と争う気は無い!」

「何を馬鹿な事を言っている!さっさと目の前の女を牢にでも連れていけッ!」


 女騎士は後ろに居る父親に振り返り、呆れた様子で答えた。


「目の前におられるのはレッドドラゴンを倒した英雄であせられるぞ!私や騎士団などが相手になる筈が無いであろう!」


 そう言うと女騎士は後ろに合図を送る。

 鎧の音を立てて十人以上もの騎士達がやってきた。

 女騎士は、やってきた騎士達に父親の身柄を差し出した。


「このお方を詰所に連れていけ。事情聴取だ」

「な、なぜ私なのだ!悪いのは明らかに女の方だろ! おい、なぜ手枷をつける!は、放せ! あの女を捕縛しろ!私は公爵家の貴族だぞ!」


 手枷を付けられ暴れる父親の言葉を誰も聞こうとはしていない。

 そうして父親は数人の騎士達と共に去っていく。

 最後まで父親は私を捕縛しろと言っていた。

 連れていかれる父親を見送った後、私は女騎士を見る。

 で、私も今から捕縛されるわけだ。

 まあ、あれだけの事をやれば、捕縛されて牢屋に入れられても無理はないか。

 私の視線に気が付いた女騎士は私に振り向き、苦笑いを見せた。


「別に貴女は無罪放免ですよメルナ嬢」


 女騎士がそう言うと、驚いた様子で周りの騎士達が反応し、その女騎士に詰め寄る。


「マジですか隊長。王城で騒ぎを起こしたのです。この女も同罪でしょう」

「もともと暴力を振るっていたのは女性の方だ。早く捕縛の命令を」

「秩序を乱す者を庇うおつもりですか隊長殿。さすがにそれは看過できませぬぞ」


 詰め寄る騎士達の言葉に両手を上げ、たじたじの様子の女騎士だったが、意を決した顔で周りの騎士に言った。


「そのご令嬢はレッドドラゴンを一人で倒したお方だ。それほどの実力を持つメルナ嬢に挑んで手枷を付けたいなら、好きにすればいい」


 女騎士の言葉に全員が黙り込み、私を見上げてきた。

 全員が緊張した面持ちで私を見つめていたが、何かを諦めた様子で溜息をつき、騎士達はぞろぞろと私と女騎士の元を後にしていった。

 去っていく騎士達を見送ると、女騎士は私を見た。


「メルナ嬢、一旦、王宮区画まで戻りましょう」


 そう言うと女騎士は私の前を先導する。

 辺りを見回すが、つい先ほどまで私を先導していた王城の使用人の姿は何処にもなかった。

 逃げられてしまったみたいだ。

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