第5章 君に教えたい

第24話 あの日の真実


 グレンは、カミーユとのことを思い出していた。


 5年生に進級したばかりの頃のことだ。

 その日、グレンはレオナルトに用事があって探していた。なかなか見つからずに、校舎裏までやって来た。

 物陰から不穏な音が聞こえてきた。怒号と肉を打つ音。グレンは即座に乱闘の音だと認識し、走った。


 そこでは想像通りの光景がくり広げられていた。

 レオナルトが6年生を相手に拳を振るっている。相手は見覚えがある。素行が悪いことで有名な連中だ。彼らのリーダーはトビという、大人顔負けの屈強な男だ。

 体格ではレオナルトが負けている。それも一対複数だ。だが、レオナルトは怖気付くどころか、深紅の瞳に闘気をたぎらせている。相手を圧倒する気迫は健在だった。実際、レオナルトの一睨みで他の不良はひるんで、攻めきれないでいる。


 その眼光にひるまないのはトビだけだった。彼は舌なめずりでもせんばかりの表情で、レオナルトにつかみかかっていく。


「グレンくん……っ」


 控えめな声で名を呼ばれる。1人の少年が駆け寄ってきた。

 薄茶色の髪の儚げな少年だ。名をカミーユといって、グレンとは旧知の仲だった。

 カミーユは青い顔でグレンに告げる。


「お願い、レオナルトくんを止めて!」

「カミーユ先輩……」


 レオナルト、グレン、カミーユは同じ孤児院の出身だ。それぞれ里親が決まって孤児院を去り、リブレキャリア校で再会を果たした。

 カミーユの頬には殴られた跡がある。それでグレンは事情を察した。

 迷わず乱闘の中に割って入る。レオナルト相手にはひるんでいた者も、グレンの姿を見ると途端に気を大きくした。


「何だ、こいつ」

「俺、知ってるぜ。5年の秀才坊やだろう?」

「ひょろっちい体しやがって。ガリ勉野郎は引っこんでろ」


 彼らにそう言われた瞬間、


「……あ?」


 グレンは眼光をぎらつかせる。相手の腹に蹴りを入れ、


「てめえ、今なんつった?」


 すかさず次の相手に拳を叩きこむ。

 ちらりとグレンを見るレオナルト。グレンは視線で応じる。それだけで通じて、2人はすかさず次の行動に移る。

 グレンがケンカに参戦すると、カミーユは更に慌てた。


「ぐ、グレンくんまで……っ」


 その後、勝敗はついた。

 周りのとり巻きは意に介さず、2人は徹底的にリーダーであるトビを狙うことで、彼を負かしたのだ。


「くそっ、覚えてろ!」


 捨て台詞を吐いて、不良たちはその場を去る。

 カミーユが駆け寄って来て、


「レオナルトくん、グレンくん、ありがとう。それと、ごめんね……」

「気にすんな」


 カミーユはハンカチで、2人の傷跡の手当てを始める。頬をぬぐわれながら、レオナルトが何かをとり出した。財布だ。どうやら連中の物らしい。いつの間にスッたんだ……と、グレンは目を細める。

 カミーユも呆気にとられた様子でレオナルトを見る。


「あれ、レオナルトくん……それ……?」

「いくらとられた?」


 それでグレンも状況を把握した。

 カミーユの里親はレルクリアでも有数の資産家だ。そのため、連中に金を揺すられていたのだろう。

 レオナルトとグレンは、「あいつらに金は渡さなくていい」「何かされたら、俺に相談しろ」とカミーユに告げた。その時はカミーユも「わかった」と言っていたのだ。



 だが、トビと不良仲間による恐喝は、その後も続いた。



「なぜあいつらに金を渡す? あいつらに絡まれたら、すぐ俺に言えよ」


 カミーユは泣きそうな顔で俯いている。

 表面上に傷跡はないが、彼は苦しそうな顔で腹を抱えていた。連中は知恵を付けたらしく、目立つところを殴るのをやめたらしい。

 だが、カミーユの様子を見れば、何らかの暴行を受けたことは確実だった。

 レオナルトは苛立った様子を見せる。すぐにでも報復に向かおうとするのを、グレンは冷静に制した。


「したくてもできないんだろう? あいつらに弱みを握られているじゃないのか?」


 カミーユはハッと顔を上げる。

 それから目にたくさんの涙をためて、下を向いた。


「脱がされて、写真をとられて……」


 レオナルトが瞳に怒りを灯す。


「そういうことか。なら、俺がその写真をとり返す」

「いや。それは難しいだろう。写真はコピーをとられていると考えた方がいい」


 グレンは静かに考えこんだ。相手が5人いるというのが厄介だ。全員から写真を回収するのは至難の業だろう。

 もっとも被害を抑えた上で、解決する道は1つしかないと思った。


「俺たちの手に負えない。教師に相談するべきだ」

「いや……でも……。先生にも、あの写真を見られるのは恥ずかしいから……」

「我慢すればいいなんて思わない方がいい。ああいう連中はエスカレートしていく。ひどい目にあわされる前に、手を打つべきだ」

「でも……」

「もういい」


 苛立った口ぶりで、レオナルトが告げる。


「もう二度とお前に手を出せないように、俺が徹底的にあいつらをぶちのめす」

「待って、レオナルトくん! そんなのはダメだよ……。だって、そんなことをしたら、君が……」


 カミーユは顔を青くする。

 それから決意した眼差しで頷いた。


「わかった。僕、先生に相談してみるよ」

「誰か信用できそうな相手はいるか」

「アーチボルト先生は、いつも親身になって話を聞いてくれるから……先生なら大丈夫だと思う」

「俺もついていこうか」

「いいよ! 恥ずかしいし……」


 と泣き笑いのような表情を浮かべ、


「レオナルトくん、グレンくん……ありがとうね。2人がそうやって親身になってくれることが、なによりも嬉しい」




 数日後。

 カミーユが明るい面持ちを浮かべているのを見て、グレンも安堵した。声をかけると、彼は嬉しそうに笑った。アーチボルトに相談してから、トビたちに絡まれることがなくなったらしい。


「それにしても、レオナルトくんって過保護なところあるよね……。もう大丈夫だって言っているのに、いまだに放課後、様子を見に来てくれるんだよ?」


 カミーユはそう言って、久しぶりに晴れやかな笑顔を見せた。

 それから夏休みに入って、グレンはこれで本当に終わったと思った。夏休みの間、カミーユは実家に戻る。さすがに学校外では連中も手を出せないだろう。そう思っていたのだ。


 だが――夏休みが始まってから1週間後。

 グレンの下に届いたのは、耳を疑う報せだった。

 カミーユ・フィレールが飛空艇から身を投げ出して、命を絶った。


 グレンはすぐに家を飛び出し、学校に駆けつけた。寮でレオナルトに出くわして驚く。彼が傷だらけだったからだ。

 寮室でグレンは彼から話を聞き出した。そこでカミーユの自殺の原因にトビたちが関わっているらしいこと、彼らとケンカして、証拠と思わしき物を手に入れてきたことを知った。


 レオナルトの手には、トビの私物らしいカメラが握られていた。

 最新型のカメラで、動画を撮影することができる。中を確認すると、夏休みの日付で動画が1つ存在していた。

 互いに固唾を呑んで、カメラを見つめる。

 2人とも再生ボタンを押すことができないでいた。レオナルトの手が震えている。グレンの手も同じように震えを帯びていた。


 2人とも答えは半ばわかっていた。

 それは悪夢の答え合わせだ。

 やがて、レオナルトが決意を固めて、再生ボタンを押す。

 映っていた物は想像をはるかに超える、醜悪な光景だった。


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