第14話 かつての英雄




「ロイア様、息子は本当にここにいるのですか?」


「はい。私以外には見えないようですが……」


 残念そうに語るロイアに頷いた母は、横目でロイアをキッと睨んでいた。当然、ロイアには気づかれないように、一瞬だけ。


 見えないから、ここにいるのかの確証が持てない。

 金持ちの虚言に付き合わされた、今はそれどころでない、との思いが、焦燥した様子から見て取れる。


 ロイアは嘘をついていないのに、それを証明できないことが、なんとももどかしい。


「ではレドルさんのお母様、今から彼に、何でも良いから質問してみてください。どんな質問の答えでも、私が通訳するので」


「分かりました」


 それならば、と、半信半疑で母は俺に問いかける。


 ――貴方の名前は?――


「え……、レドル・クリスタル……?」


 拍子抜けた俺が呟くと、「レドル・クリスタルと。疑問符を付けていました」と、ロイアが通訳した。


「ありがとうございます。ロイア様。息子は、ここに居るんですね?」


 確信に満ちた顔で、静かに母は言った。


 名前の答え、それだけで、俺が居るのだと信じてくれた。

 昨日の夜だって、ただので、その存在に気が付いた。


「はい」


 その一言を残すと、ロイアは部屋から立ち去った。

 二人でお話を、と。


 そんなことを言われたとしても、俺と母とでは会話が成立しない。

 一方的に喋る母の言葉を、ただ、じっくり聞いていた。


 なぜか込み上げてきた涙を拭いながら聞き終えると、現状を認める決心がついた。

 信じられていなかった現実が、限りなくゼロに近づく。


 元の姿を取り戻さない限りは、元の生活は戻らない。このまま生きていけるのかすら分からない。


 始めよう。


 俺の大好きな調べ物。


 人生のかかった、俺からすれば、転生云々を超えた事件を解き明かせ。




――――――――――――


「戻りません」


「え?」


「だから、元には戻りません」



 有り難いことに、俺の代わりにロイアが教会へ行き、今の俺の症状にういて尋ねてくれた。


 だが、結果はご覧の通りの完敗。


 成果は何も得られなかった――いや、元には戻らないと、それを知れたことが成果とも言えるが。


「本当に、何をしたとしても戻らないのですか?」


「……一つだけありますが、諦める方が身のためですね」


 女神様がそこまで言うのならば、よほど現実とはかけ離れた方法なのだろう。


 ただ、ものは試しだ。

 ロイアにその方法を尋ねてもらうよう伝えた。


「女神様、一応教えていただけませんか?」


「……更に強い魔法で上書きします。奇跡の確率で出会える“勇者”だとか、“神の御力を持つ者”、“かつての英雄”――逆に、危険を冒せば誰でも出会える可能性があるのが、“魔王”、“暗黒竜”などの闇の力が強い者。彼らの魔法ならば、打ち消すことが可能でしょう」


「女神様は……?」


「すみませんが私達には何も……。貴方達人間にかけることのできる魔法は、限られているので」


 何も悪くないのに、悲しそうに言う女神様を見るのが辛かった。

 ルビエル様の優しい顔が歪んでいて、その原因が俺なのが一層辛い。


 相手が女神様とは言え、見返りもなしの優しさを求めるのは違うだろう。

 それなのにここまで真摯に向き合ってくれるなんて……。


「それでは失礼します。女神様、ありがとうございました」


「いえ……。お役に立てずに申し訳ないです」


「十分です。助かりました」


 ロイアがペコリと頭を下げ、俺達は教会を後にした。

 教会の庭が、以前に見たときよりも新しく、花々も咲き誇っていて、今度は俺も、花をプレゼントできないかと考えた。


 そんな俺の態度を無視して、ロイアが俺の肩を叩いた。


「……私、“かつての英雄”になら心当たりがあるの。付いてきなさい」


「マジ……?」


 付いてこいと言うロイアに付いて行った先には、小さな公園があった。


 そこには特別変わったものはなにもなく、ブランコが二つ、滑り台が一つ、三人がけのベンチが一つあっただけ。


 植物もそこまで生えておらず、低木がいくつか生えているだけ。雑草も少し。


 そんな公園に何かあるのかと、周りをキョロキョロと見回すが、やっぱり何もない。

 ロイアの様子を横目で伺ってみると、無表情すぎて怖かった。


「ロイアさん……? ここに何か?」


「レドル……、貴方何も見えないの?」


「いやいや! 遊具くらい……って、そんな訳ないか」


「そんな訳ないわ。ほら、そこにいるじゃない」


「え――?」


 ロイアが指差した方向にあるのは、ただ一本の低木。

 どれだけ目を凝らしても、低木に近づいてうろついてみても、やはり何もない。


 俺の姿が唯一見えたのと同じように、ロイアにしか見えない誰かが、ここにいるのだろうか。


 いや、じゃない。


「……そこに……いるんだな?」


「ええ、いるわ。やっぱり見えないのね。そんな状態だし、貴方にも見えたら良かったのだけれど……」


 残念そうにロイアは俯いた。


 彼か彼女か、俺には誰も見えないのだけれど、確かに“かつての英雄”はいるのだろうか。


 そんな奇跡の存在が、ロイアの目には映っている。


 ルビエル様は何もしていないとおっしゃっていたが、彼女――ロイアの転生特典はこれなのかもしれないと思った。


 本来見えない者の姿を見られるのはどうしてだろう。

 そんな能力の存在がありながら、ルビエル様にも見えない俺の姿とは?


 俺の目には誰も映らない空間を見つめるロイアの後ろ姿が、顔が、何故か悲しそうな女神様の姿と重なって見えた。


「……あのさ、思ってたんだけど、ロイアさんはどうしてここまで……? 前に会ったときは、ホラ……」


「真っ当な理由なんてないわ。カリのため以外の何ものでもない。――それより、前に会ったとき? 私なにかしたかしら……?」


「えっ!? いやー……、俺が無駄に覚えてるだけで、全然大したことなかったよ?」


「そう……? なら良いのだけれど」


 思い出せないどころか、全く心当たりがないかのように頭を捻るロイアに、気がつけば大したことがないと返していた。

 悪気がなかったのか、記憶喪失でもしたのか、他の何かかは分からないが、お世話になったし、もうそのことは頭から消すことにした。


「それよりレドルさん、この人が貴方を直してくれるらしいわよ」


「ホントですか!?」


「ただ、現世に留まれる時間も減ってしまうから、無償は難しいみたい。一つ言うことを聞いてくれれば良いんですって」


「それって、?」


 重なった、じゃない。

 今度は本当に、ロイアがルビエル様の姿に見えた。


「復活する魔王の、討伐メンバーを集めて欲しいって」


 確かに、ルビエル様の美しい白銀の髪が、そこにはなびいていた。

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