第2話 重武装エルフの一日

エルフの朝は早い。



 まず夜明け前に起床。泊まっている宿の水浴びをする井戸に向かい体の芯まで凍るような冷たい井戸水を頭から被り、汗と垢で汚れた体を石鹸と一つ銅貨一枚の安い使い捨て海綿を使い綺麗にし、気持ち悪い口内を綺麗にするために塩と豚毛で作られた歯ブラシで口を濯ぐ。



 さっぱりした体になった後に今度は装備の点検をする。



 3本ある武器を一つ一つ点検し、買った布きれで血や肉片を拭き取る。錆があるかないかを確認した後、錆止めの油を塗り、盾、鎧と順番に確認した後に装備を装着する。



 足から順番に装着していき頭の兜を被る前に長い髪をまとめて、頭巾を被り装着する。この大甲冑は特殊で、心臓辺りにはめられているボウリングボール程の大きさの紅い魔晶石により鎧にも身体強化と同じ要領で魔力を纏うことが出来る特注品だ。



 その後は今日使う武器を持ち、宿屋から出る。その頃には朝日が昇り始め、明るい橙色の光が目一杯に広がる。他の人達も眠りから覚め活動を開始し始める。



 そんな中でも、もう仕事を始めている人達がせっせと働く。



 ある者は門に立ち、この都の安全を守るために門番をし、またある者はこの都の巡回を終らせ詰め所で引き継ぎをする。



 私はその人達とすれ違いながら朝飯を売っている屋台に向かう。


 「おっ。旦那ぁおはようございます。何時ものっすね?」



 この屋台はスープを売っている屋台で、あっさりとした鳥系の出汁に芋と根菜がたっぷりと入ったお気に入りの朝飯で毎朝同じ物を食べている。



 この屋台の店主に向かって無言で頷きスープ代+銅貨数枚のチップを手渡しする。



 お代を貰った店主は熱く湯気の立つスープを古くなって硬い黒パンで作った器に入れ使い捨ての木で出来たスプーンと共に渡してくれる。



 「毎度!」



 その声を背中越しに聞いた後、噴水の前にあるベンチに向かう。何時もは子供達の遊び場や大人の待ち合わせ場所に使われる公共施設だが、朝早すぎるため数羽の鳩っぽい鳥しかいない静かな場所だ。



 手頃なベンチにどかりと座り、兜のバイザーを上げてスープに口をつける。昨日夜まで酒を飲んだせいで焼けた喉に染み渡り、起きていない脳みそに摂取した栄養が回っていき体が完璧に起き上がった。



 スープを飲み終わった後は残っている具をスプーンで掬い食べる。ほくほくの芋や根菜は口の中でほろほろ崩れ程よい塩っ気を感じながら黙々と食べる。

 


 最後は器のパン。少しふやけた硬い黒パンの器をバリボリとせんべいのようにかみ砕き嚥下した。



 その頃には食べこぼしを狙う鳩っぽい鳥がくるっポーと言いながら落ちたパンくずをついばむ。木のスプーンは設置してあるゴミ場に入れ、食事が終った私は冒険者ギルドに向かう。



 噴水から近い場所にある冒険者ギルドは24時間空いているものの、この時間帯は受付嬢と職員以外はいない。ギィーっと扉を開け、クエストボードに向かうと依頼書が貼ってありそこから手頃な物を選び受付嬢の所へと持って行く。


 

 今日選んだ依頼書は下級階層にスポーンするブラックオークの黒骨10本の納品。ドロップ率は3体に一体だが、この手の仕事は慣れているのでおやつ時には帰還できるだろう。



 その依頼書を受付に持って行き処理を終えた後、冒険者ギルドの地下にあるダンジョンの入り口に向かう。



 冒険者ギルドはダンジョンのスタンピードを止めるための蓋としてダンジョンの上に立てられている。



 地下のダンジョン入り口にいる守衛に自分の階級を示すドックタグ――ローマ字数字のⅠと自分のコードネーム、”シンラ”が刻まれた5センチメートルの角が丸みを帯びている金色の金属板――を見せ、古代のオーパーツである魔術式が刻まれた岩の台に乗り下層のセーフティーゾーンに向かう。



 青い光が収まった後には光る水晶が所々に露出している洞窟の広場に立っていた。そこには私以外の1級冒険者が野営をするためのテントがポツリポツリとたっており、見張り以外はまだ寝ているのか数カ所のテントからは鼾がグゥーガーグゥーガーと五月蠅く聞こえていた。



 そんな光景を無視しながらセーフティーゾーンから出る。



 すると今さっきの寝音が響いていた暢気な空気から一変。360度から殺気が浴びせられる戦々恐々な戦場に変化する。何処からでも感じる舐め回すような視線、獲物をまだかまだかと待つ獣の生臭い匂い。血と腐臭がほんのりと漂い無意識に汗が皮膚から滴った。



 だが、こんなザマになろうがこの階層は何度も何度も来ている。故に焦らずに冷静にされど大胆に行動を始める。

 今回狙うブラックオークは大体単独で出現する徘徊型の魔物なのだが、この時期は発情期に当たるため、雌を見つけて苗床にするために5~6頭の群れを即席で形成し、徘徊している筈だ。



 これだけの情報だと直ぐに見つかる様に錯覚するが、侮るなかれ。この階層は中層、上層に比べて10倍近くの広さを誇る大迷宮。

 そんな中から群れを探すのは困難ではないにしろ、時間はかなりかかる。



 だからこそ、私は直ぐに見つける方法を使用する。



 懐から白く、コルク栓を入れてある陶器製の親指ほどの瓶を取り出し地面に向かって投げて割った。この中身は自分の血だ。オークは鼻が犬以上によく、血の臭いで女か男かを判別するため、血の臭いがするほうに、まるで夜の街灯に群がる蛾の様におびき出すことが出来る。



 そして近くにある袋小路に身を潜め静かにチャンスを狙った。



 数十分。体感でそのぐらいの時間を感じた頃に奥の暗闇から目的の集団が現れた。黒っぽい灰色の普通種よりややデカいオークが5体。奥の方にはそんなオーク達の1.5倍大きくしたボロボロの鉄製鉈と石で出来た棍棒を持った個体率いる群れがノコノコとやってきた。



 今回の群れは当たりの部類で一番狩りやすい。


 血の臭いでやってきたオーク達の一匹が地面すれすれまで屈んで鼻を地面にこすりつけるように匂いを嗅ぐ。恐らくはこの血の持ち主である女を捜す為であろう。



 ここまで近づいてくれたのなら狩ることが出来る距離だ。


 私は、袋小路から飛び出し、一直線にこの群れの長であろうデカいオークに向かい突進する。踏ん張った衝撃で地面は放射状に割れ、目元から漏れている紅い光が煙のように空中に軌跡を残した。

 


 この間の時間はコンマ2秒。あまりの速さに気付かなかったオークは痛みを感じる前に頭がピンボールのようにはじけ飛んでいき壁に投げられたトマトのようにベチャッ!とただの肉片になった。


 その後、体が頭を無くしたことに気付いたのかビクッ!と痙攣しその場に膝から崩れ落ちた。


 この事態に気付いた他のオーク達は何事かと慌て始めるがその隙無く私は淡々と処理していく。


 手に持つメイスを一回振れば頭がザクロのようにはじけ、拳を振れば顔面が粘土のように陥没する。そこに技術もクソもなく純粋な力任せの蹂躙劇が開幕しただけだ。



 1体2体3体・・・どんどんと減る群れの仲間に恐れを感じたのか私から逃げるように持っていた武器を投げ捨て逃げ出す個体がいた。しかしこの場から逃がす程私は間抜けではなく持っていたメイスを地面に落とし、瞬歩のごとく移動し全体重をかけ、後頭部をわしづかみにした頭を地面に向かって叩きつける。地面はひび割れ、開いた傷口からスプリンクラーのように吹き出た血が甲冑を紫色に汚していく。



 群れを鏖殺する狩りが終った私は、頭がミンチになったオークの死骸を引きずり、先ほど大量に殺したオークの死骸達の近くに持って行った。



 因みに、ダンジョンの魔物は魔晶石を取ると灰になって死ぬが、潰さない限りその死骸は消えることがない。そして私の依頼は黒骨10本の納品。



 やることは一つだけ。抜いたナイフを太ももに向かい突き立て厚くて筋肉質な肉を剥ぎ、大腿骨を抜き出した。痛覚は感じていないだろうが、電気信号は体に響きビクンッ!と少し脈動している。

 だがそんなのお構いなしに屠殺した家畜の肉を切り分け部位ごとにパック詰めするように作業を行う。手にはねっとりとした肉汁が糸を引き大腿骨はまだ命の証が残っているかのように温かい。

 


 そして計20本ほど採取した黒骨を背中に背負うズタ袋に入れ、魔晶石をナイフで取り出すのをめんどくさがり素手の貫手でもぎ取っていき、最後には灰の小山がチラホラと残るだけ。



 依頼を達成した私はこのまま上層に向かい、一人行軍を始める。



 下層までは魔法陣を使い転移することが出来るが、上層までは徒歩で帰らなければならない。普通の冒険者でも2日~3日はかかる道のりだが、ゲームをやっていたときの階層構造・抜け道を知っているので4時間程でこのダンジョンを抜けることが出来る。


 

 まぁこの道のりもパーティーを組めば役割が分散してより早く帰れるのだが、まだ初心者冒険者の時に嵌められて、ゴブリン共にピィーされそうになったことがトラウマなのでもう暫くは組む気は無い。それに、荒削りだが4時間で帰れるし今のところはいいかなと思っている自分がいる。あっ、因みに嵌めてきた先輩冒険者3人組はギルド黙認のもと。南無三。



 迷路のように入り組んでいる下層を、クリアリングしながら上へ上へと上がり、森林のように天を貫く針葉樹並ぶ中層は、蟲型の魔物をはたき落とすように蹴散らしながら突っ切り、草原のようになっている上層は、ゴブリンの群れを見つけるたびにサーチアンドデストロイを実行しながらゆったりと歩き、何故か上層にいた中層区域にいる雑魚を粉☆砕し逃げ遅れた冒険者を助けたり、4時間は嘘かのようにダンジョンの大きな石扉の前にいた。


 この石扉は、開けることは出来ないが手で触れることによりダンジョンの外、あの守衛がいた魔法陣近くに出ることが出来る。


  因みに助けた冒険者は入り口近くの魔物が来ないところに放置した。後で色々因縁つけられたら後始末がだるいからね。(経験済み)



 手を石扉に触れ、白い閃光がパッと0.1秒ほど視界を埋めた後には、何時ものダンジョン入り口が広がる。初心者から熟練の冒険者が、食い扶持を稼ぐために列をなし、中には楽しそうに談話するパーティーや、何やら悪巧みをする毛むくじゃらの男達も居る。多種多様な人達の列が目に残った。そんな中、私は出入りする冒険者の管理をする守衛ふたりに挟まれたギルド職員の元に向かい、ドックタグを見せダンジョンから出たことを記録して貰う。この時に数枚のチップを渡すとこの処理がより早くなる。

 だが、今日は自分とは別のギルド職員の所で二人の少年のような冒険者が何かわめいていて五月蠅い。何か、あったのだろうか?ま、いっか(適当)



 処理が終り、ご苦労様でしたと言うギルド職員に会釈をして、依頼品を受付に持って行き、依頼達成の処理をして貰い、依頼金を貰う。依頼の二倍量の黒骨を持ってきたため依頼金も二倍。金貨30枚の依頼金が60枚に化け、金貨一枚1万円と同等額なので60万円を一日で稼いだことになり、自然に笑みがこぼれる。



 それにしても笑顔をこぼした瞬間ギルド全体が殺気だったが・・・何故だ?私は(襲ってきたチャラ男に女性恐怖症を植え付ける)ゴミ掃除をした(けっこうえげつない行為)だけなのに?社会貢献ぞ?犯罪者でもないのに・・・。



 依頼金を手に持ち、本来なら宿に戻った後に依頼金を国営銀行に持って行き貯金後速攻で酒場に行くのだが、生憎今日は休肝日。そのため、屋台で売られている甘いコーヒーと、揚げパンに砂糖まぶしてカリカリになるまで干したようなラスクっぽいお菓子を片手に、そこら辺をぶらぶらと歩く。今は宿で鎧を脱ぎ、ラフな格好――白いTシャツにジーパン――と言う前世でも普通にある平凡な格好をしているので、道行く人から萎縮した態度を取られないが、逆に道行く男共の視線が自分の胸部装甲に向かっていることが気になる。(自意識過剰気味)



 前世の俺もこんな感じだったが、いざ自分の身に降りかかると何か言葉に言い換えれない絶妙な不快感があるので、皆もそんなじろじろ見ないようにしよう。これはTS転生エルフお姉さんとの約束だぞ?



 とこんな感じで、後は宿に戻り日記をつけたり鍛錬したり、好きな娯楽小説を読み終ったら直ぐに寝るのが、重武装エルフの一日だ。

 

 ってことで皆さんグッナイ!睡眠は大事だからね(〇-〇ヽ)クイッ!


 てか提出物とかギリギリで徹夜せずにサッサと寝るんだよ?じゃなきゃ死ぬで?(自我)







――――――――――――now loading



「いや!こ、こないで!」



 今日、私は簡単な依頼を受けていた。薬草の採取。初心者でも簡単にできる依頼だった。即席で組んだ初心者どうしのパーティーで薬草を詰み束を作っていた。


 だが、この日は運が悪すぎた。


 草原の奥向こう、灰色の荒々しい毛並みに外骨格の様に厚い装甲に覆われた前腕、長く丸い尻尾に爛々と金色に光る目でこちらを睨む虎の顔。ナックルタイガーと遭遇してしまった。本来ならこんな入り口近くの草原エリアにいるはずがない魔物。中層序盤の魔物、新人殺しの魔物。


 私は”あぁ、ここで死ぬのか。”と悟ってしまった。それは他のメンバーも同じだった。でも、それでも生き残るために私達は奮闘した。初心者用の魔法杖で支援をして、前衛の大剣使いがヘイトを買って、ナイフ持ちの斥候が後ろ足の腱を切る。


 でも一個も刃が立たなかった。斥候のナイフは割れて、自慢だったであろう大剣はガラスの様に粉々になった。


 皆が絶望した。自分たちにはこの魔物を倒すことが出来ない。生きたまま食われるんだって誰かが叫んだ。


 それでも私は諦めずに、得意ではない初級攻撃魔法を放った。何個も、何個も。攻撃力が足りないなら量でカバーをした。それでも、相手は一向に倒れない。毛が燃えて皮膚が火傷を覆っても、直ぐに再生して元通りになる。



 ふと、ズブッと足に鋭い痛みを感じた。何が起きたのと足を見ると、黄色の針が刺してあった。私はこれに見覚えがある。今日パーティーを組んでいたときに初心者の斥候が自慢していた麻痺針だった。


 気付いた時には遅く、体の自由がきかなくなり膝から崩れ落ちていた。魔物を麻痺させるほどの毒に、体の神経を切断されてピクリとも動けず、それでも頭だけは冴えて、生臭い息と顔にかかるネバっぽい涎の感触を感じていた。


 私は嫌だった。こんな所で死ぬなんて、生きたまま食べられるなんて。


 自分の顔に牙が当たる感触がする。


 許さない・・・許さない・・・あの冒険者共・・・絶対に・・・許さない!!


 もう舌も動かなくなってアガアガと顎を動かすことしか出来ない。次第に目も見えなくなるのだろう。


 そして、顎に力が入り頭がかみ砕かれそうになった瞬間



 ブォン!



 風切り音と共に、頭から血を被った。自分の血ではなく、あの魔物の血が。麻痺した鼻では匂いなんて分からなかったけど、濃厚な生っぽくて鉄が混じった血の匂いを幻覚した。


 まだ動く目でその下手人を映す。

 

 その姿は、悪魔みたいな大男だった。自分の何倍もある大鎧を纏い、紫色の血で濡れた特徴的なメイスを持ち、変な形の兜のサイトから赤色の光が漏れている。


 怖かった。あのナックルタイガーが子供に見えるぐらいの殺気が私の喉元まで迫っていた。歯をガチガチと鳴らしてしまう。


 でもそんなことを知ったこっちゃ無いと言わんばかりに冷静に対処してくれて、苦い解毒薬を飲まされた後、緊張から解き放たれた私は、目が覚めると入り口の近くにいた。


 あの冒険者が運んでくれたのかな?だとしても私は生還できた。あの、生死の境から。そして一つの思いが胸に熱く燃えていた。


 ”かっこよかった”と。最初は確かに怖かった。人生で1位を取るぐらい。でもそれ以上にその強さと優しさに惚れた。

 一撃で中層の魔物を屠れる強さ。惜しげも無く解毒薬を使ってくれる優しさ。


 その美化された姿が脳に焼き付いて離れなかった。


 「お礼を言わなきゃ。」


 こうして私は、無事生還し地上へと戻っていった。



 脳裏に美化した偶像を掲げ。


 

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