猫と列車旅

 官舎の部屋に戻って旅の支度を済ませてから、首都中央駅に向かった。

 目指すは西の辺境、アドリア市。


 辺境へ行くには列車を乗り継ぐ必要がある。

 山岳地帯にあるアラゴ市というところで一度降りて、アドリア行きの列車に乗り換える。



 意外なことに、切符の購入はシィナが率先してやってくれた。


 改札前で待っていたレオンのもとに、「買ってきたよ!」と、シィナが二人分の切符を持って駆け寄ってくる。



「どうしてそんなに嬉しそうなんだ」


「だって列車に乗って旅できるんだよ。窓から景色を見てー、車内販売でおかし食べてー、長旅で凝り固まったからだを宿の温泉でほぐしてさー……」


「これは任務だぞ。旅行に行くわけじゃない」


 レオンが釘を刺しても、少女の心は依然として浮ついたまま。

 ピアスが刺さった尻尾を振って、鈴の音をかき鳴らしていた。



 列車が煙を吹かしながらホームに停車する。

 汽笛が鳴ると、負けじとシィナも鈴の音を大きく鳴らした。


 今からこんなに浮かれていて、ちゃんと潜入捜査をこなせるのか。不安に思いながら、レオンは列車に乗りこんだ。




「こんなに贅沢な席をとったのか……?」


 二人が乗ったのは最後尾の車両。

 そこにはコンパートメントの個室がならんでいた。家族連れや、数人のグループでゆったりくつろげるほどの広さだ。


「二人なのにこんな広い個室とらなくてもいいだろ。もったいない……」


「せっかくの遠征なんだし、贅沢してもいいじゃん。ほらこの座席! すっごい座り心地だよ。これなら、おしりも痛くなんないよ」


「俺たちが尻を痛めないがために、よけいな税金が使われるのか……。むしろ心が痛むよ」


「ねえレオン、車内販売きたら、おかし買い占めてやろうにゃ」


「それで領収書をきってみろ、俺が即刻、破り捨ててやるからな」




 ***




 噴煙を上げながら、力強く線路を走っていく蒸気機関車。

 現在、内燃機関の鉄道が各地で普及し始めているが、長距離移動の鉄道はSLが今なお現役だった。


「きもちーにゃあ」

 窓を開け、目をほそめるシィナ。猫耳が風にあおられてなびく。


「俺がマトリになって首都に出てくるときも、こうして列車に揺られたよ。つい一か月前のことだけど、もうずいぶん前のことのように思える」


「レオンはどこの出身なの?」

「東のほうの山間やまあいの地域だ。不便な田舎町だったけど、トンネルが開通して鉄道が走るようになると生活が一変したよ。初めて列車に乗ったときは感動したもんだ」


「思ってたより田舎モンだにゃ、レオン」

「言うなよ、気にしてるんだ」


「おや失敬。でも大丈夫だ、クンクン……うん、レオンは田舎臭くないよ」

「さてはバカにしてるな?」



 そのとき列車の汽笛が大きく鳴る。


「おー、機関車の音だ。運転士さん、テンションあがってんのかにゃ」


 機関士が上機嫌になったから汽笛を鳴らしていると思ったらしい。

 そういう場合もあるかもしれないが、今は違う。

 汽笛を聞いて、レオンがせかせかと窓を降ろしはじめる。



「どしたのレオン。なんで窓を閉めるのさ」


「これはトンネルに入る合図だ。トンネルの中は機関車の煙でいっぱいになる。

窓を開けてたら、黒い煙が入ってきて煤だらけになるぞ。SLに乗るときの注意点だ、覚えておけ」


「そうなんだ。知らなかったよ。田舎モンの知恵ってのも、案外役に立つモンだにゃ」

「なるほど、やっぱりバカにしてるな」




 ***




 列車がトンネルの中に入った。ゴゴオオとこもった音が聞こえる。

 たしかに窓のそとは煙でいっぱいだ。


 景色を見る楽しみを奪われて、シィナは退屈そうに座席にもたれかかった。

 しばらくボーっとしていたが、ふと思い出したように飛び起きる。


「あっ、そうだ。トランプ持ってきたんだった。ねえレオン、一緒にやろうよ」


 レオンは「任務に向かうのにトランプ遊びなんて……」と少し渋ったが、時間を持て余しているのは事実。仕方なく、付き合うことにした。



 ゲームはポーカー。

 よくカードを切り、持ち札をわける。

 ……列車がトンネルから抜けるころには、あっさりと勝敗が決していた。シィナの勝利である。



「そ、そんなばかな! こんな強い役がすぐ揃うなんて……」

「なんだレオン、よわっちいにゃ」

「ただのまぐれだろ、次だ次!」


 すぐに二戦目を始めるが、結果は同じだった。

 シィナのカードの引きは驚くほど冴え渡っていた。

 次も、その次も。レオンはなすすべもなく負かされ続ける。



「ふっふーん。これがお遊びでよかったにゃ。もし賭けてたら、レオンは今ごろケツの毛までむしりとられてたぞ」


 下品極まりない言い回しを注意する気にもなれない。

 レオンは「いくらなんでも、こんなに引きが強いなんて……」と、呆気にとられるばかり。



「なんだよレオン、顔真っ赤にして。そんなに悔しいかにゃー? ほら、窓開けてやるから、風でも当たって頭冷やせよ」


 すでにトンネルは抜けている。

 シィナがにやにやと笑いながら窓をあけた。


 草原の風がいきおいよく車内に吹き込んで、シィナの服がぶわっと巻き上げられた。

 すると、服の裾からトランプのカードが飛び出してくる。

 コンパートメントの個室の中に、はらはらと舞い散るカード。

 レオンはその一枚を拾い上げ、じっと見つめる。どうやら彼女は裾の中に同じ柄のカードを隠していたらしい。つまり……。


「お、おまえ……。まさか、イカサマやってたのか」

「スラム暮らしのときに教わってさ。どう? ぜんぜん気付かなかったでしょ?」


「公安のくせにイカサマなんかするな‼」


 レオンの怒号が飛ぶ。

 直後、彼の怒りに呼応するかのように、ポォーっと汽笛が鳴った。

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