第28話:好敵手と最終決戦

 後期提出を直前に迎えた俺たちは、自宅用のエアコンを取り付けていた。

 扇風機を作って設置しているが、動くと暑いので、タオルを首に巻いている。


「にゃおーん」


 サーチも暑いらしく、棚の一番涼しいところで取り付けを眺めていた。

 壁の上部には小さな長方形の窓があり、そこをくりぬいて筒型の箱で外に熱を放出する。


 改良に改良を重ねた自信作だ。


 レナセールにも魔法をいっぱい使ってもらったので、是非成功してほしい。


「ベルク様、落ちちゃだめですからね?」

「こうみえて運動神経は――おっととと」

「ふ、ふぁああ!?」

「冗談だよ。ばっちりだ」

「びっくりしまし……」


 軽い冗談を交えながら椅子を降りようとすると、本当に踏み外した。

 レナセールに覆いかぶさるように倒れこむが、彼女が凄い力で止めてくれる。


 無事に何事もなく立ち上がって、申し訳なく謝罪した。


「す、すまん……」

「許しません。でも、慌てるベルク様も可愛かったからいいですよ」


 寛大な心に感謝しつつ、パンパンと服の埃を取って、喉の調子を整える。

 火打石と同じで詠唱型だ。


 魔法印は永続的なものじゃないが、数年は持つだろう。

 効力が無くなれば中を開いて書き直すだけ。


 と、成功すればの話だが。


 レナセールと顔を見合わせ、一応、サーチにも了承を取る。


 そして――。


「――起動リジェクト


 ゆっくりと、確かに詠唱した。

 初めは何もなかった。


 失敗かと思い調べようとしたが、そのとき、ゴゴゴゴと内部から音がした。

 やがて光のエフェクトが発動し、涼しい空気が顔を襲った。


 それに気づいたサーチがぴょんと棚から飛び降りると、やっぱり一番風当たりのいい場所で身体を丸めた。


 それを見てレナセールがふふふと笑い、俺も釣られて笑った。


 大成功だ。


「よし、後は同じものを作ればいいだけだ。ありがとうレナセール」

「とんでもないです。ベルク様が天才だからですよ!」

「はは、だといいんだがな」


 温度の切り替えはまだできないが、適温になるよう調節はしている。

 自宅用に限ってはおいおいでいいだろう。


 一日、また一日と過ぎ、ついに展示会の前日。


 商人ギルドから借り受けたリヤカーで運ぶのは少しシュールだったが、最後までやり切ったという気持ちにもなれた。

 

 提出を終えて帰り道、偶然目が合った美女は、艶やかな黒髪の眼鏡、チェコだった。


「あ、そっちもギリギリですか?」

「ああ、だがいいものができたよ。チェコは?」

「最高傑作っす。レナセールちゃん、こんばんは」

「こんばんは、チェコさん今日もお綺麗ですね」

「むふふ、褒め上手だねえ」

「えへへ、でもベルク様はあげませんよ」

「おお、言うねえ」


 姉と妹のようにじゃれ合う姿は新鮮で、思わず微笑んだ。

 だが、チェコは突然に真剣な表情を浮かべる。


「私は一級錬金術としてのプライドがあります。幼い頃から創作に触れてきた自信も。――ベルクさん、レナセールちゃん、負けないよ」


 正直、気合が入ったというよりは嬉しかった。

 ただ異世界で能力を得ただけの俺を、ちゃんとライバルだと思ってくれている。

 レナセールがいなければここまで辿りつくことはできなかった。


 彼女の為にも負けたくない。


「宣戦布告というわけか。だが、俺たち・・・だよ。楽しみにしてる」

「チェコさん、私たちは負けませんから!」


 笑顔でその場を後にする。

 勝っても負けても、なんて綺麗事を言うつもりはない。


 絶対に勝ちたい。


「大丈夫ですベルク様、絶対に優勝できます。 後、俺たちって……いい響きですね」


 背中を後押ししてくれる、最高のパートナーがいるからな。

 ちょっと変態チックだが。



 それからは何もない日々が続いた。

 上位入賞者と優勝者は、授与式に呼ばれるとの話だが、何も音沙汰がない。


 初めは気合十分だった俺も、段々と不安になってくる。

 調べたら、もうすでに終わってますよ、と言われるんじゃないかと。


 そんな空気がほんの少し流れていたとき、サーチがふんぎゃあと警戒した。


 レナセールと顔を見合わせ玄関に目を向けると、コンコンコンと音がする。

 俺が前に出るより先に彼女が守るかのように立つ。


 そして――。


「王家兵士の者です。扉をあけてもらえますか?」


 どっしりとした声が聞こえた。

 おそるおそる彼女が扉を開けると、現れたのは王国兵士だった。

 レナセールはピンっと背筋を伸ばすも、サーチが警戒したので急いで抱きかかえる。


 俺が駆けよると、ベルク・アルフォン様ですか? と聞かれ答えると手紙を渡された。

 しっかりとした羊皮紙で、丁寧な刻印がされている。


「急ぎですみません。今夜、授与式がありますので、ご出席よろしくお願いします」


 それだけ伝えると、兵士は消えていった。


 正直、嬉しさよりも驚きが優っていた。

 授与式は上位入賞者のみだと聞いている。


 つまり選ばれたのだ。

 明確な順位はその際に発表されると聞いている。


 とはいえ今夜とは急だ。

 日本ならさすがに炎上しそうだなと少し冷静に考えていると――。


「ベルクさまああああああああ」

「れ、レナセール!?」

「良かったです。嬉しいです。絶対優勝ですよ! 中見なくてもわかります!」


 振り返り、抱き着いてきたのはレナセールだった。

 俺よりも大喜びで、涙を流している。


 サーチは驚いてぴょんと逃げたが、おかまいなしだ。


「いや、レナセールのおかげだよ」

「えへへ、ベルク様が凄すぎるんです!」


 頭をたっぷり撫でた後、とんでもないことに気づく。


「レナセール、マズイ。急いで用意してくれ」

「え、何がですか?」


 俺は、自分の恰好とレナセールを交互に眺めた。

 別に汚いわけじゃないが、如何にも平民の装いだ。


 一張羅もあるが、授与式にはふさわしくない。


「服を……買いに行くぞ。このままでは笑われてしまう」

「え? そ、そうですかね?」

「行くぞレナセール!」

「は、はい!」


 

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