第4話:レナセール

 名前を尋ねようとしたが、彼女はふたたび高熱を出して動けなくなった。

 表面上は治りかけているが、記憶の混濁も見られる。きっと内蔵器官もまだ修復途中だろう。


 冬なので冷たい水は俺の手にも堪えるが、額の冷たい布を置いてあげると喜んだ。


 翌日、初めは奇跡的にパンを食べられたが、胃袋がまだ受け付けないらしく吐いていた。

 できるだけお粥に似たものを作ろうと、の世界のササリカ米に似たものを購入、湯で温め塩と卵で味付けをした。


 食べさせながら、彼女は静かに涙を流していた。


「……ありがとうございます」

「礼はいい。俺は主人だからな。身体が治ったらちゃんと働いてもらうぞ」

「……もちろんでございます」


 こうはいっているが、完全回復した瞬間、俺は八つ裂きにされるかもしれない。

 奴隷の刻印を調べてみたが、魔力が強すぎると解除される事例もあったらしい。



 三日目ともなると彼女はベッドの上から俺の仕事を眺めるくらいには回復していた。


 ポーションの材料の草をすり潰していると、声をかけてきた。


「それ……私にもできますか?」

「ん、すり潰すだけだが結構力がいるぞ」

「ベッドの上で良いならば、できると思います」


 別に手伝いは必要ないが、何もしていないのもしんどいだろう。

 

「待ってくれ」

 

 小さなすり鉢に変えてから手渡すと、彼女は一生懸命にごりごりと削ってくれた。

 そのまま無言の時間が続き、俺は重要なことに気づいた。


 そういえば名前をまだ聞いてなかった。


「なあ」

「あ……私ですか?」

「名前、なんていうんだ?」


 だが思い出したくもない過去があるらしく教えてくれなかった。

 強制的に魔法で聞き出すこともできるが、できるだけ手荒な真似はしたくない。


「昔の名前は捨てたいです。新しい名前を、与えてもらえませんか」


 ただ一言それだけ。


 ペットに名前を付けるときよりも真剣に考えないといけないと思いつつ、すげえ失礼なことを考えていたと一人、反省する。


 やがてふと浮かんできたのは、生まれ変わりを意味する、外来語の言葉だ。


「レナセール、でどうだ?」


 すると彼女は、まるで初めてプレゼントをもらったような笑顔を見せた。


「ありがとうございます。凄く、素敵な名前で嬉しいです」

「そうか。俺は買い物にいってくる。なんかほしいものあるか? ってもご飯はまだダメだが」

「……何もいりませんが、質問してもいいですか?」

「ああ」

「どうして奴隷の私に、そこまで優しくしてくれるのでしょうか」


 俺はレナセールについて詳しく聞いていない。

 辛い話なんてできるだけ耳を防ぎたいし、もしそんな酷い奴がこの街にいたら俺が嫌な気持ちになる。


 彼女を助けているのも、奴隷として役に立ちそうだと思ったからだ。


 それを伝えると、彼女は「嬉しいです。ハッキリいってもらえて」と言った。

 よくわからないが嘘をつかれないことがよかったのかもしれない。


「ベルク様、私はあなたに命を助けていただきました。その恩は、一生かけて尽くします」

「そうか。ありがとな。少し遅くなるから眠っててくれ」

「畏まりました」


 美人すぎると奴隷とは思えないな。


 さて、もう一枚か二枚ぐらい服を買ってくるか。

 できるだけ可愛いやつを。


   ◇


 ベルクが去った後、レナセールは力いっぱい手を伸ばして椅子の上にある彼の服を取った。

 抱き寄せると、まるでぬいぐるみのように抱えて、鼻を静かにこすりつける。


「ベルク様……」


 すぅすぅと匂いを嗅いで足を何度ももじもじさせながら、彼女は静かに眠りについた。


 ――――――――――――――――――――――

 あとがき。

 片鱗か、愛情か!?


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