第5話 学園視察

「魔王様、お言葉ですがなぜあの時アクアスを殺してしまわなかったのですか?私はもう悔しくて悔しくて…」


そう言いながらもアルスは思い出してワナワナと震えている。

昨日はシャドウヴェイルの宿に泊まり、俺たちは今グリムウッドへ向かっている。


ちなみに、寝て起きたら体が一回り大きくなっていた。

といってもまだ人間でいう2~3歳の幼子にしか見えないが…。

これ本当に3日後に大人になれるんだろうか。

3日後って明後日だろ?少し不安だ。


なお、この姿を見たアルスとセニアは感激のあまり号泣し、またしばらく会話にならなかった。

この人たち本当に面倒くさいな。


「まぁまぁ、今は言わせておけばいいですよ。何か直接的な被害を受けた訳でもないですし。」


「魔王様がそう仰るなら我慢しますけど……」


非常に不服そうではあるが、俺が本当に気にしていないので気にしないで欲しい。


「そんなことよりグリムウッドについての情報を教えてくれますか?」


話題を変えようと次の都市の話を持ち掛ける。

農業と畜産の都市、とは聞いているがそれ以外情報がない。


「グリムウッドは農業・畜産の都市であり、主に大豆の生産と豚の飼育をしています。またこの都市では優秀な人材を育てるため教育機関が充実しており、多くの学生や研究者が集まります。」


なるほど。つまり魔族の食と教育を支える重要な都市ということか。


「ちなみに魔族の食料自給率はどのくらいですか?」


「じ、自給率ですか…?」


「ええ、食べ物の確保は安定した生活の基本中の基本ですからね。」


「…なるほど。自給率でいえば、自分たちで全て賄っているので100%です…」


「おぉ、それは素晴らしい!」


生活必需品を相手に握られていては不都合しかないからな。

特に食糧に関していえば、戦の勝敗に直結するといっても過言ではない。


「ですが、あくまでも自給率が100%なだけであって…多くの魔族は飢えに苦しんでおります…」


「なるほど……」


前言撤回。

食と教育が重要な事は分かっているようだが問題は山積みだ。


「ちなみにアルスさんとセニアさんは普段何を食べてるんですか?」


「そんなのプロテインに決まってるだろう魔王様www」


アルスに変わり普段あまり積極的には話さないセニアが答えた。

おかしいな。聞き間違えたか?

俺は食事の話をしていたはずだ。


「ちなみにアルスさんとセニアさんは普段何を食べてるんですか?」


「…?だ、だからプロテインだと……」


「食事で?」


「は、はい…」


「魔王様、魔族の基本の行動原理は戦いと筋肉です」


埒が明かないと判断したのか、それまで寝そべって暇そうにしていたはちべえが口を挟む。


「……はちべえ、犬の見た目でしゃべると気味が悪いから二度と言葉を発さないでくれないか?”ワン”以外ね。」


「ッ!?魔王様……今……なんとおっしゃいました?」


「ん?”ワン”以外発言するなと言いましたが…」


「いえ、その前に”はちべえ”と……」


俺に関わること以外でアルスがここまで取り乱すのは初めてだ。

何か俺しでかしてしまったのだろうか…。


「あ、あぁ。なんか俺をサポートしてくれるAI、ん-サポートしてくれる精神体みたいなもの?に肉体を与えてみたんだけど……まずかったかな?」


「「はちべえ様!!初めまして!!!」」


「うむ。魔王様をよろしく頼むぞ」


「も、もちろんですわ!!」

「おおお!!この奇跡……ま、魔神よ感謝します!!!」


はちべえの名は俺が名付けたはずなんだがなぜこの2人が把握しているんだ?


「なんではちべえを知ってるんですか?」


「はちべえ様は私ども魔王様の側近を務める魔族にとって伝説的な憧れの存在。時折歴代の魔王様から存在のみ知らさせれる程度でした。それがまさかこうして直接お目にかかれるなんて…」


どうやら『万物の理』の影響で歴史を上書きしてしまったらしい。

アニメやゲームの知識では歴史の書き換えは極めて重罪が基本だ、本当に控えよう。


「伝説的な憧れの存在……?はちべえ、お前一体何者なんだ……?」


「初代様からサポートさせていただいております。」


「初代って……最初の魔王ってこと?」


「左様でございます。」


「初代ってどんな人だったの?」


「それは初代様に直接お聞きください。歴代魔王様方の情報を私から発信することは許されておりませんので。」


直接って無理に決まっ……考えたら初代の魔王が出てきそうだから極力考えないぞ。

ちょっと万物の理の対策を考えないとな。


「……まぁいいや、とりあえずグリムウッドへ急ぎましょう。」


その後道中、ちべえはアルスとセニアから質問攻めに合っていた。

本当に憧れていたらしい。

俺は何より面倒がだいぶ減ってかなり気が楽になったわ。


---

それから歩いたり空飛んだりしながら移動を続け、空が暗くなる前にグリムウッドに到着した。

かなり大きな都市だ。

農業・畜産が盛んなだけあって、都市の周囲は広大な農地と牧場が広がっている。

また、都市の中央には中高一貫の巨大な学園があり、学生と思われる魔族で賑わっている。

この都市には教育機関が充実しているとアルスが言っていたのはこの事か。


「さて、まずは宿を探しましょうか。」


「では俺が手配してくる。アルス、魔王様のこと頼んだぞ。」


そう言ってセニアは駆けて行った。


「魔王様、グリムウッドは農業・畜産が盛んな都市です。そしてこの都市の名物は……」


残されたアルスがキラキラした表情で俺に話し掛けて来る。

そんなおすすめの名物があるかな…。


「ん?何ですか?」


「当然プロテインです!!」


「……」


俺も前世では簡単なトレーニングをしていたのでプロテインを飲んだことはある。

はっきり言って最近のプロテインはジュース感覚で飲めて非常に美味しい。


だが、今目の前に出されたプロテインは大昔の、それはそれは不味かった時代のプロテインだ。

余程筋肉が好きな連中しか飲むことがなかった、あまりの不味さにプロテインが一般化する前のもの。

なんかドロドロしてて臭さそう。

美味しい味を知っている俺がこんなもの飲める訳ない。


「アルスさん…とてもじゃないがこれは飲めないです……」


「え?美味しいですよ?……確かに私も昔は苦手でしたが、今ではこの不味さが癖になりましたわ!」


「そ、そもそもそれだけプロテインが好きなのにセニアさんもですけど、そんなに筋肉が発達していないようですが…」


「……………」


ごめんよ。

どうやら触れてはいけない部分に触れてしまったようだ。

アルスは無言でプロテインを引っ込めた。


そうこうしているうちにセニアが帰ってきた。

そうして俺たちは宿に向かった。


---

グリムウッドの宿で一晩を過ごし、翌日。

俺の身体は幼稚園児程度まで成長したが、明日で大人になるとは思えない。


「魔王様、ご立派になられて…」シクシク


「魔王様、なんと神々しい……」シクシク


「……」


2人はもう面倒臭いので放置する。


グリムウッドは農業・畜産が盛んで、都市には学生が多くいる。

学園では多くの魔族の子供たちが勉学に励んでいるらしい。


この都市の教育機関は非常にレベルが高く、多くの優秀な人材を排出しているそうだ。

その為、この都市には多くの研究者や学生が訪れるという。

見学は自由に誰でも出来るので授業の様子を視察する。


--近接格闘術

「諸君らが遠隔武器の敵と相対した時どう対応するか?近接格闘の強みは何か? それは、攻撃の回転力だ。特にそれはリーチの長い相手にとってより大きな脅威となる。その為には筋肉が必要不可欠だ。この授業では諸君らの肉体を徹底的に追い込むから肝に銘じておけ!」


生徒「「「はい!!!」」」

サイコージャネーカ

キレテルキレテル


魔王「………。」


--健全な精神と筋肉の関係性

「君たちが健全な精神を養うにはまず肉体を鍛えなければならない。なぜならば、筋肉は心技体の全てを教えてくれるからだ!」


生徒「「「はい!!」」」


「つまり筋肉さえ鍛えれば、全てが上手くいのである!」


生徒「「「うぉおおおおおお!!!」」」

モットオイコンデクレー

ウデカラアシガハエテルヨー


魔王「……………。」


--高等戦略術

「戦いにおいて一番大切なことは何かわかるかい?」


生徒「折れない心です!」


「うーん、それも間違いではないんだけど一番ではないかな。一番大切なことは当然筋肉なんだよ。」


生徒「うわぁ引っ掛けはずるいですよ先生wそんなの当たり前じゃないですかww」


「はっはっは、君たちはまだまだ筋肉が足りないな。もっと鍛えたまえ。」


魔王「…………………。」


--魔法学

「魔法とは何か?」


生徒「はい!魔力を使って様々な現象を起こすことです!」


「正解だ!しかし、その魔力の源はなんだ?空気中に漂っている魔素か?それとも大地に流れている気脈か?」


生徒「それは……」


「そう!!筋肉だよ!!」ドドンッ!!


生徒「「「うぉおおおおおお!!!」」」


「筋肉さえあれば魔力は無限に生み出せる!つまり魔法術とは筋肉を鍛える事に他ならない!」


生徒「「「ヒャッホウゥゥゥゥウウウ!!!」」」



---

魔王「いい加減にしろや!!」


教室の外から静かに視察を続けていたが、とうとう我慢できず思わず1人ツッコミを入れてしまった。


「「!!!」」ビクゥッ


急に大声を上げた俺にアルスとセニアが驚いているがこっちの方がびっくりである。


「筋肉そんなに万能じゃねぇからな!!」


「ま、魔王様……?」

「……お、落ち着いてくれ我が主よ…」


「なんでこんなに筋肉に偏った授業なんですか!!??」


「魔王様、どうされたのですか?突然当たり前のことを仰られて……」


「……は!?まさか……主よ遂に筋肉の素晴らしさに気付いたのか!?」


「違います!!なんなんですかあの授業内容は!?」


「「……?」」


ダメだこいつら。早く何とかしないと……。

未来を担う若者たちが脳筋しか育たん。

……いや……つーかその結果が今なんだな……。


もし末永くこの世界で暮らすのであれば、教育制度の見直しを急ごうと固く誓う俺だった。

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