魔王転生 ~僕は悪い魔王じゃない~

鯱福

プロローグ 異世界転生

『…お前は自分で思ってる程、ろくでもない人間じゃない』


波乱万丈な人生ではなかったからか走馬灯は流れないけど、人生の最後に大好きだった先輩から言われて一番嬉しかった言葉を思い出した。


これはこれで悪くない。

もっと先輩に教わりたいことは沢山あったけど、それは来世で期待するしかない。


俺の身体は急速に冷たくなっていき、俺は意識を手放した。





平日の昼下がり、客先から会社に戻る途中の人もまばらな電車内、20分程度の道程をいつも通りうつらうつらと夢見心地に過ごしていた。


キャーーーーーーーッ


突如辺りを切り裂く女性の悲鳴が車内を切り裂き俺の意識は覚醒。

直後隣の車両から大慌てで他の乗客達が駆け込んでこようとしているのが見えたが、連結部分の入口が狭く我先に、と逃げようとする乗客達で滞留している。

その間も後方からの悲鳴は止む気配がない。


俺のいる車両の他の乗客達もいぶかし気にそちらを見ていたが、悲鳴の先にニタニタ笑いながらゆっくりと歩いて来る長身の男、その手に握られた血塗れの刃物を見た乗客達の間に瞬時に混乱が伝染していく。


などと、悠長に構える程他人事ではない。

俺も急いで逃げなくてはならない。が、我先に我先にと逃げ惑う乗客達の中、逃げ遅れている老婦人。

共働きの両親の元に生まれた俺は生粋のばあちゃんっ子だった。見過ごすことなど出来る訳ないだろ!!


「!?」


「おばあさん!大丈夫!?ほら掴って!!」


俺が声を掛けようとする直前、近くにいた大学生くらいの男の子が老婦人に手を差し伸べる。世の中まだまだ捨てたもんじゃない。


幸いまだ刃物男と老婦人たちとの距離は十分。俺も急いで逃げよう。


しかし、ついてない日はとことんついてないものである。


急いで隣の車両に向かう途中、お腹を抱えて座席に座ったままの女性が俺の視界に入る。

誰も彼女に気付いていないが、こんな状況では誰も責められない。


「だ、大丈夫ですか!?立てますか!?」


俺の問い掛けに女性は脂汗を浮かべながら苦しそうに首を横に振る。


「な!?」


独身の俺には全く持って確信は持てないが、恐らく妊婦の方だ。

女性は苦しそうに自身のお腹を守っている。


「……ご、ごめん…さ…い。お腹……痛くて……」


畜生、自分の子供どころかこっちは生まれてこの方彼女すら出来たことがないというのに……このまま見過ごしたら将来の嫁さんと子供たちに顔向けできないじゃないか!!


典型的な運動不足サラリーマンの俺では妊娠している女性を抱えながら逃げるのは不可能だ。


「誰か!!こちらの女性を支えて一緒に逃げて下さい!!!」


俺は急いで逃げる人達の流れに逆らい歩を進める。

後ろを振り返るとスーツの中年男性と30代くらいの女性が両脇から女性を支えているのが目に入る。きっと横にさせるべきなんだろうが当然そんな猶予はない。


刃物男がゆっくり歩いているとはいえ、このままでは確実に追いつかれるし、そもそも急に走り出すかもしれない。


であるならば次の停車駅まで時間を稼ぐしかない。

狙ってやったのか現在走っている『登戸-下北沢』間は約10分、非常に長い区間だ。

まだ成城学園前付近、先は長い。

その前に誰かが非常停止ボタンを押すかもしれないが、今の状態では根本の解決には繋がらない。


俺以外の乗客は次々と隣の車両へと逃げていき、現在の車両に残っているのは俺と刃物男と妊婦さん達だけである。


俺はビビりながらも男の前に立ち塞がる。リュック型の鞄を前面に抱えて防御力を上げるが、所詮焼け石に水だろう。


「む、無駄な抵抗はやめろ!」


5m程先の刃物男に向かって呼び掛けるが、そもそも抵抗している訳ではないなと、冷静に一人つっこむ。刃物男は歩みを止めない。


「おい、こんなことしてどうするつもりだ?目的はなんだ?」


取りあえず、刃物男に必死に話し掛けて時間稼ぎを試みるが男は見向きもしない。


3m

「今ならまだ大丈夫だ!持っている包丁を置くんだ!」


何が大丈夫なのかはわからない。


1m

「ちょ、待てよ!」


生まれて初めて使ったけど技とではない。


男がその気になれば俺に手が届く距離。俺は思わずきつく目を閉じる。


「………」


予想した痛みが中々訪れないのでビビりながら薄目を開けると男は俺を避け通り過ぎている。


「お、おい」


刃物男の肩を掴む俺の手を煩わしそうに振り払うが、俺自身には見向きもしない。

男の目線の先にはー


妊婦の女性。


「お前男の癖に力の弱い女性を狙うなんて最低だぞ!止まれよ!!」


「……は?」


初めて俺の声が男に届いたが、それまでの薄ら笑いは消えて、その眼には明らかに怒りが浮かんでいる。


「…力が弱ければ人の心踏みにじってもいいのか?」


「な、何を言ってー


「力が弱ければ、旦那が寝る間も削って働いている中他の男と宜しくやって子供作った挙句家や車や貯金持ち逃げしても仕方ないっていうのかよぉぉぉおおお!!」


刃物男は俺の言葉を遮り血走った目で叫ぶ。

その間に俺は恐怖に押しつぶされそうになるのを何とか耐え、再び男と妊婦さん達の間に入る。


「お、落ち着けって」


「口を開けば『男の癖に』、自分の母親と一緒に『男の癖に』…結局あいつは俺のことなんかATMとしか考えてなかったんだろうなー」


男が再び落ち着きを取り戻すが相変わらず刃物を握ったままである。


「適当にその辺の女を片っ端から切りつけようと思ったけど…お前みたいな男が女をつけあがらせるんだろうな…」


刃物男の話が事実であれば非常に気の毒だが、それとは関係なしに男でも女でも、性別問わずクズはクズだ。

しかしこれで刃物男のヘイトが妊婦さんから俺に向いたので、今は結果オーライだ。


「よし、お前を殺して俺も死のう」


そういうと男の持っている包丁が俺の腹に深く突き刺さっていた。


あまりに自然な動きだったからなのか、時が止まったように自分の身体に包丁が突き刺さるのをどこか他人事のように眺めていた。


「あ、あれ?」


あー何というか、やっぱり俺はモブが似合うんだろうな。

ちょっとカッコつけたらこれだもん。なんとか妊婦さんが助かってくれると良いんだが…俺の身体はもう動きそうにない。




『…お前は自分で思ってる程、ろくでもない人間じゃない』



波乱万丈な人生ではなかったからか走馬灯は流れないけど、人生の最後に大好きだった先輩から言われて一番嬉しかった言葉を思い出した。


これはこれで悪くない。

もっと先輩に教わりたいことは沢山あったけど、それは来世で期待するしかない。


俺の身体は急速に冷たくなっていき、俺は意識を手放した。




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--




オキロ…イツマデネテイルノダ…


(…んん…体が動かん……)


サッサトォォォ…起きろぉぉぉぉおおお!


(うぉぉおお、びっくりしたぁぁぁ!)


「いつまで寝ているつもりだ馬鹿者。そもそも貴様は今精神体なんじゃから寝るも起きるもなかろうが」


(精神体?どうい…う……こと………あぁっ!俺は助かったのか!?)


「ようやく目覚めたか。寝ぼけおってからに」


落ち着いて周囲を見てみても何も見えないが、何故か目の前の真っ白なフードを被った恐ろしい程美形な少年だけは認識できる。


見た目は少年なのに年寄りみたいな話し方が目の前の少年の異常性を際立たせている。


「まぁそう慌てるな、今から順を追って説明してやるから落ち着いて聞け」


(こ、これはひょっとして、異世界転生的なあれか!!白い部屋、見たこともない美しい女神、みたいなイメージだったが真っ暗少年パターンもあるのか!!ようやく俺の時代が来る!!!!)


「はっはっはっは…察しが良くて話が早い。私は神だ…魔族の神、魔神だ!」


(…え?魔人??…何そのパターン?)


「貴様は間もなく魔界『ブラッドレイヴン』に魔族の王として転生する」

(え?…えぇ??ちょっ…ま……)

「貴様は魔王として魔族たちを束ね魔族の繁栄を目指すのじゃ」


(勇者は?俺勇者じゃないの??)


「はっはっは。転生する前から宿敵の存在を既に意識しているとは此度の魔王は期待できるな!!」


(違う!そうじゃない!!)


「勿論だ!無論貴様には私が直々に選んだ非常に強力なスキルを与えるぞ」


(それは中二病心がくすぐられる…でも彼女も欲しい…)


「当然王たるもの見た目も重要だ。モテモテに決まってるだろう」


(魔王最高かよ!!!)


「魔王よ、期待しているぞ…。人間どもを根絶やしにし、1万年以上続く戦乱の世に終止符を打つのだ!!!!!!」


(いえ、それは無理です。)


「はっはっは。謙遜するでない。貴様の持って生まれた悪の才能と我の与えるスキルさえあれば叶わぬことなど何一つとしてない」


(俺の才能…?)


「そうだ!長いこと貴様らの世界を観察していたが、貴様程『負の波動』をまとった人間は初めてだったぞ。憎悪・絶望・憤怒・殺意・虚無、あらゆる負の感情が、信じられぬほど人間の常識を超えている。ほれ、今も溢れ…ん……ばか…りに…?」


(ん??)


「誰だ貴様?」


(え?え??どういうこと???)


「平凡過ぎるぞ?全てにおいて平凡過ぎ…る??」


(…てめぇ……まさか………人違いじゃ…)


「よし。では間もなく貴様は魔界に転生される。魔界は過酷な環境である故、十分気を付けるが良い。まぁ我が力を与える貴様は万が一も起こらんだろうがな。はっはっは」


(おい、お前何もなかったことにしようとしてねぇか?)


「我は忙しい故そろそろ『ブラッドレイヴン』に送ろう。貴様が次に目覚めた時、まずは主のステータスを確認するのじゃ。安心のアシスタント機能を付けておいたから心配はいらぬぞ。」


(待て待て、一旦落ち着いて話そうぜ魔神さんよ。)


「では魔王よ!貴様の覇道と混沌に満ちた生に祝福を!!……死ぬなよ」


そうして俺はブラッドレイヴンに転生することとなった。

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