【源頼光】頼光、妖怪を勧誘する

「あははー、参った参った。すっかりびしょ濡れだよー」


 のした連中をそのままにしておけず、とりあえず牛車の中に詰め込んでもらってたいたつなが入ってくると、濡れネズミのまま取次に腰を掛ける。茨木ちゃんの家の中に招かれてすぐ音を立てて降り始めた雨に打たれるとか相当に運が悪い。


「うちのおとんと常連が迷惑をかけてもうて、ほんますんません……」


 そんな綱を茨木ちゃんが甲斐甲斐しく拭いてあげてるけど、拭かれてる本人はなんとも微妙な顔をした。


「優しくしてあげるより、『濡れたまま座んなー』ってどついてあげたほうが喜ぶわよ」


「んなアホな。そんなんさっきの貴族やん」


「あははーしれっと評判落としてくるねー。……んー? なんか言いたいことあんのかこらー」


「…………頼光こいつの言ってることが事実だろ。わざと土間で水滴落とさなかったのに、茨木童子に謝られて動揺してんじゃねえか」


「いや、うち茨木童子ちゃいますけどね」


 酒呑に顔を覗き込まれ、指摘された綱の表情が一瞬消えるも、すぐにまたいつもの笑い方に戻る。


「おーおー、ボクのことよく知りもしないくせに言ってくれるねー? 喧嘩続けんなら買うぞこらー。戦う理由さえ作ってやれば頼光は喜んでるぞー」


「お前が戦わねえのかよッ! つーかそもそもやらねッつってんだろ! お前もその気になんな!」


 えー、痺れの具合を確かめるために左腕を回しただけなのに、いきなり怒鳴られる理不尽すぎない?


「たしかにお前のことはよく知らねえが、考えてることくらい表情見りゃ分かんだよ。そうやって生きてきたからな」


「人ノ顔色ヲ窺ウコトニ関シチャ、相棒ノ右ニ出ル奴イネエンダヨナア?」


「うわー……鬼ってよりさとりの化け物じゃん。苦手だわー」


 綱はおどけて肩を竦めてるけど、結構本心で苦手そうねー。

だけど、戦闘中に挙動じゃなくて表情をずっと見てたのはそういうことだったのね。となると次に闘うときの立ち回りは――――……。


「攻略法を考えるのやめろ! 仲良くなれそうとか本気で言ってたやつのすることか!」


「あははー、頼光って『強敵』と書いて『とも』って読む人間だからねー」


「そういうことは冗談でも言うな――――いや、そこはマジなのかよ。やべえなコイツ」


 全く会話に参加してなかったのにめちゃくちゃ言われてない? 針仕事してる茨木ちゃんも苦笑してるし!


「それはそうと酒呑。あんた普段どこに住んでるの? わざわざ隠してるし、その姿じゃ結構苦労するんじゃない?」


「結構って……さっきも言ったが人目を避けて生きてきたもんでな、山の中で雨をしのげるとこに適当に渡り歩く感じだよ」


「え? そんなの不便じゃない。あんただったら穢物程度怖くないのかもしれないけど、わざわざ街の外に住むことないじゃない」


 酒呑は再び「何言ってんだこいつ?」の表情を浮かべると綱の方を向き、苦笑した綱が肩をすくめてる。


「……生まれた時すでに髪と歯が生え揃ってたってだけで山ん中に子供がき捨てる人間共やつらが、こんな姿になったやつと一緒に住むと思うか?」


「うーん……?」


「あははー、分からないなら分からないでいいと思うよー。それより今の言い回しだと生まれたときは、それくっついてなかったのー?」


「オウ、オレハトアル神社ニ封印サレテタノヲ、相棒ニ解キ放タレタノヨー」


 背中をバンバン叩かれるも、体の構造上なすがままにするしかない酒呑が渋い顔をする。


「ンー? 聞キタイカー? オレタチノ出会イノ話ヲ聞キタイカー? 涙ナシジャイラレナイゼー?」


「へー、人間追い詰められるとえらいことしたくなるよねー。聞かせろよー」


 ニヤニヤ楽しそうな綱が促すも、必死に鬼を止めようとする酒呑だったけど、茨木ちゃんの「まだ少しかかりますし聞かせて下さい」の1言で口をふさぐのを諦める。

さっきは否定してたけどなんだかんだで茨木ちゃんに優しい辺り、やっぱり少女性愛のがあるんじゃ――物投げんな!


「今ヤコンナニ擦レチマッタ相棒ダガヨ、昔ハナントカシテ人ノ中デ暮ラシタイト思ッテタミタイデナ、『鬼踊リ』ッテイウ鬼ノ仮面ヲツケテ踊ル祭リニ参加シヨウトシタノヨ」


「トコロガダ、仮面ヲ探スモ場所ガ分カラネエ。街ノ人間ニ聞コウニモ、生マレテスグ捨テラレタモンダカラ言葉ガ分カラネエ。ソレデ何トナク入ッタ社ノ中ニアッタ、干カラビタ感ジノ鬼ノ面ヲ被ッタツモリガ、本物ノ生皮ツケチマッタ結果、半身ヲオレニ持ッテカレタッテワケヨー!! ブヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」


「あっはっはっはっはっはっは!!!」


 涙を流しながら笑う鬼と綱に両側からバンバン背中を叩かれ、キレた酒呑が綱と取っ組み合いを始める。


「いやいや、笑い事ちゃうやん……それ酒呑さんも怒るわ」


「んー、どうだろ。私も親父まんじゅうに閉じ込められてた時は精神的にきつかったけど、綱とかと出会ってからは楽しくやれてるわけだしね。辛気臭いよりは笑い飛ばされる方がマシじゃない?」


「うーん、そういうもん……やろか……? ちなみに頼光さんと綱さんはどう知り合ったんです?」


「爺様の決めた結婚相手を闇討ちして服を奪ってなりすました綱が、私のこと殺しに来た」


「は!?」


 ふと頭に浮かぶのは陸奥の山奥で1人暮らしていた富ちゃんのこと。私が無為に過ごした10年を超える年月、あの娘には私以外の誰かでもそばにいてくれる人はいたのかな?


「酒呑、あんたさえよければ私たちと一緒に来ない?」


 もみ合ってた酒呑と綱の動きが止まり、注目がこっちに向いたので続ける。


「嫌なら嫌で、畿内こっちが生きづらいなら陸奥に行けばいいと思う。あっちなら常人に比べて数は少ないけど羅刹っていう親父よりでかい人も協力して暮らしてたもの。でも陸奥を目指すなら、私の陸奥守になるって夢と合致するし協力できたらなって」


「あははー、妖怪退治はもう止めって感じー?」


「妖怪ってものがどういうものか分かってなかったのもあるけど……正直、穢物のすごいヤツくらいの感覚だったのよね。よく考えたら職人さんが言ってた噂になってる妖怪って、茨木ちゃん以外全部源氏うちの関係者だったし、むしろ私は妖怪と呼ばれる人のほうが、気が合いそうとういうかなんというか」


 私の真意を図ろうとしてるのかじっと私の顔を見つめる酒呑。しばらくの沈黙の果て深くため息を吐く。


「ま、どうせ行く宛もねえし付き合ってやってもいい。ただし気に食わねえことがあれば即出ていく」


「それでいいわ。ありがとう酒呑」


 差し出した手を面倒くさそうに握り返され胸が熱くなる。そういえば私から誘って仲間になってもらったのって初めてね。綱も貞光さだみつ季武すえたけも勝手に居座ったって感じだし。そうなると感情のままにもう1人勢いで誘いたくなるものね。


「茨木ちゃんはどう? 父親とうまくやっていけないようなら一緒に来ない?」


「え、でもうちは戦えへんし……。そらうちにも世界をまたぐ大商人になりたいちゅう夢あるし、おとんの無事も確認できたし、貴族様と関係築けたらとは思いますけど……」


「別に戦う必要はないわ。今はいないけど貞光と季武も、穢物の10匹や20匹問題としないくらいには強いから武官は余ってるもの。できることだけやってくれればいいわよ」


「あはは、大商人を目指してるっていうからには色々できるんじゃないのー?」


「商人的な能力ですか……四則演算程度なら何桁だろうと暗算できるのとー……あと目分量を外すことはないです。ついでに異国に行ったことある商人さんから教えてもろた外国語も少しやけど」


 なんとなく程度で聞いたはずの能力だったけど、ためしに出した3桁の掛け算を一瞬で答える茨木ちゃんに対し、年上3人が5分かけて土間で計算してなんとか答え合わせ。縫い物を終えた茨木ちゃんは散髪の準備をしながらも呆れ顔をする。


「答えすぐに出せん問題出さんといて下さい……」


「も、もう解けるから! 328*174=56072。茨木ちゃんが出した答えは57072! 惜しい! でも速さはほんとに凄い!」


「いや、ここんとこ3と8と9足してるんですから2繰り上げんと」


「「「………………………………」」」


「ブヒャヒャヒャヒャヒャ! 大ノ大人ガ3人揃ッテ恥ズカシクネエノカネエ!?」


「綱、この娘……」


「あははー……ほぼ間違いなく芯が通ってるねー。源氏うちらの芯が通ってる連中が妖怪扱いされてると考えれば、茨木童子も紛れもない妖怪だったわけだー。武芸以外で芯の通ってる人間は貴重だよ」


「いや、だからうち茨木童子ちゃう――――いや、もうそれでええです。心機一転の意味も込めて、今日からうちは茨木童子や」


 こうして手柄を求めてやって来たこの場所で、私たちに頼もしい2人の仲間が加わった。

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