【源頼光】頼光、茨木童子に加担する

「多分あの小屋のことよね」


 みやこを出て街道沿いを走ること40分ほど、大和国につながる道と重なる丁字路にその小屋はあった。

大きさとしては一般的な庶民の家といったくらいだけど、床屋をやってると分かるようなものはないか。

でもなぜか外には派手な装飾の牛車ぎっしゃが停まり、刀を帯びた護衛の武士の姿が6人。


「……もしかしてあの人たちも茨木童子の噂を聞いて討伐に来たのかな。ねえつな?」


 ん? 後ろにいるはずなのに返事が――……ってなんか倒れてる!? 息は……良かった生きてる。

ここに来るまでの間に13匹の穢物けがれものを倒して来たけどその時は……そういえばいつもの動きじゃなかったような? だめだ、よく覚えてない。

体を見る限りどこにも怪我をしてる様子はないわね。

とりあえず一安心だけど連戦の疲れが出たのかも知れないし、少し休ませてあげよ。

なんか小声でブツブツと「ざっけんな」とか「ついていけるわけねーだろ」と普段の綱なら私に向かって吐くことのない汚い言葉が飛んでくるけど、動けない綱に代わってしっかり小屋の様子を見張っておかないと。



 それから10分。ようやく綱が復活したと思ったらなぜか正座させられる私。


「これから戦いになるかも知れないのに、足がしびれたら困るんだけど……?」


「ん~? あの様子じゃしばらく大丈夫じゃない? それよりさー頼光。京からここまでどれくらいあったかわかってるー?」


「えっと、体感じゅっ……いや、20km、くらい?」


「30kmだよ。穢物との戦闘時間を差っ引いたら30分で着いてるよね? マジで無理なんだわ」


 えーと、余裕を持って走ったつもりだし、綱ならいけると思ったんだけどな。

あー普段は短い距離だから出せてる速さってことか、長距離の移動は今後の課題――――。


「あ! それなら馬は? 今後、綱は馬に乗ってついてれば楽なんじゃない?」


「いや。馬でもぶっ倒れる速さだって言ってるんだけどー?」


 えぇ……でも実際ついてこれたじゃん。そう抗議したら「そりゃ戦闘は頼光に任せて座って休んでたからねー」とあっけらかんと言われる。何もしてなかったんかい……。


「もう嫌や! うちはもうこんな事しとうない!」


 突如響いた悲鳴のような叫び声に小屋の方を見るとオカッパ頭の娘が小屋から飛び出すのが見えた。


「待たんかい! お客さん置いて逃げんなこんガキ!!」


 その娘を追いかけるように飛び出す中年の男に続き、顔に白粉おしろいを塗り立鳥帽子を被ったいかにも貴族といった服装の男がゆったりと歩く。

綱と一緒に様子を見てたら、その娘とばっちり目が合った。


「助けてください!」


 飛び込んできた娘を両手で抱きとめ、追ってくる男たちに目をやる。


「うちの娘がえろうすいません。とはいえ仕事がありますさかい、返してくれませんか?」


「客の血を舐めるんが仕事の訳あるか―!」


「じゃかましい! 娘のお前は黙って親ん言うこと聞いとりゃええんや!」


 なんか親父まんじゅうみたいなこと言ってるわねこいつ。


「ちょっと、あんたこの娘の親なの? 親の都合で振り回される娘の気持ち考えたことあんの?」


 あ、こりゃダメだわ。この娘が可愛そうとかそういうのじゃなくて、ずーーーっと親父に抱いてた怒りがふつふつ湧いてくる。

たじろぐおっさんに近づこうとする私の前に入った綱がなだめようとしてる時、なんとも空気の読めない甲高い声が響いた。


「ほほほ。その者の言う通りでおじゃるよ主」


 牛車に控えてた武士を引き連れた貴族は、そのうちの1人から刀を受け取る。

えーと? とても刀を握ったことがあるように見えないんだけど……斬りかかってくるつもりなのかな。綱もいつもの嘘くさい笑顔じゃなくて本気で苦笑いしてる。


「無理やりではなく自発的にしてもらうことが大切でおじゃる、の」


 そう言うと何を思ったか、おもむろに自分の顔に刃を当て、思いっきり引いた。うん、私も引いた。

あなたの後ろにいる牛車を引く牛も意味のわからないこの空気に耐えられないのか、ブモーブモ―鳴いてるわよ。


「ほほほ。どうじゃ小娘よ。舐めたくなったでおじゃろ?」


「なるかボケー! こんな仕事しとうない言うたの聞こえんかったんか!?」


 ダバダバと血を流す貴族に対して、涙ながらの抗議する女の子。


 え、何この状況……?


「あー、なんか史記で読んだことあるやつ? 目の前でやられるとこんな気分になるのね……」


「越の人たちに謝って! 国のために自害した囚人よりこいつん方がよっぽど業が深いわ!」


「あれ、囚人だっけ? 決死隊じゃない?」


「あははー。春秋左氏伝、今度貸すから読んでみてー」


「この状況でなに落ち着いて話しとんねん!?」


 てゆーか床屋の娘さんが普通に話に入ってこれるのにびっくり。もしかして一般常識なの?


「おい、どこの誰だか知らんが何だその態度は! このお方は右大臣・藤原道長様の寵愛を受ける尊いお方であらせられる――――」


 呆れ果ててたら護衛にキレられたし。家に閉じ込められてたからどう反応すればいいのかわからないのよこっちは。刀を突きつけてなんかべらべら話してるけど、内容が全く入ってこない。


「綱」


「はいはい?」


「この連中をとっちめてやりたいと思うんだけど、世間一般的な倫理観としてそれで合ってる?」


「あははー、倫理観的には合ってると思うよー。でも東市で話してた藤原道長に付くって話は不可能になるんじゃない? ボクとしてはどっちを選んでも従うけどねー」


 そう言うと体を低くし交差させた両手の指を地面につけるという、いつもの構えで舌なめずりする綱。


「ちなみにここに出るっていう茨木童子って妖怪、誰のことを指してるかもわかってるよね?」


「え、妖怪が出る噂とかあるんですか? 怖ッ……」


「大丈夫、大丈夫。私も綱も京じゃ妖怪扱いらしいから!」


「何も大丈夫やあらへんけどお!?」


 抱きかかえてる茨木童子こと茨木ちゃんが、腕の中で必死に暴れる。流石に刀を抜いた男の重圧は小さな女の子にはキツイみたい。早くなんとかしてあげないとね。


「とりあえず私はこの娘のそばにいるから。道中怠けてたんだし、綱。あんたが制圧しなさい」


「あはは、了解。制圧――――ね!」


 言い終わるや否や、刀を突きつけてた男の懐に入った綱が喉を鷲掴みにして地面に叩きつける。

残る護衛が慌てて刀を抜こうとするも、その暇もなく綱に顎を撃ち抜かれていき、残るは茨木ちゃんの父親と貴族の2人だけ。


「ひいいいいい~~~~~~!!」


 まぁ逃げるよね。恐怖に駆られた2人を追うか綱が視線で確認してくるけど、私が決めることじゃない。腕の中で震える茨木ちゃんにこそ確認とらないと。


「あなたはどうして欲しい?」


「た、食べないで欲しい思うとります」


「いや、食べないけどさ……。人間って食べると美味しいの?」


 そんなことを口走る私の肩を掴み、ふるふると首を振り「それはいけない」と全力で止めてくる綱。いや、だから食べないっての。


「そうやのうて、その……妖怪なんやろ……?」


「ん? ああ、噂じゃそうなってるみたいね。だから茨木ちゃんと一緒。仲間仲間」


「……………………茨木童子ってうちの事か!?」


 私を含め普通の人間が何かの拍子で妖怪扱いされるなんて面白いよね笑いかけると「あの動きは普通の人間ちゃうと思います」と抗議の目を向けてくる茨木ちゃん。


 そんなやりとりをしていたら、茨木の集落につながる街道の先からさっきの2人の悲鳴が響き渡った。

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