【源頼光】頼光、占い師に会う

 路地に入った途端、あれほど騒がしかった人々の行き交う声が消える。不思議に思って路地を出ると再び伝わる喧騒感。なんだろうこの感じ、何処かで―――


「あ、富ちゃんのお屋敷」


 いつ訪ねても春の陽気に包まれたあそこと比べるとすごく寂しい感じだけど、こんな不思議な場所って意外とそこらにあるものなのかな?

見るとさっきの黒い人が5m程先に立っていた。呼ばれた気がしたけど何を話せばいいのやら……。


「えーと、こんにちは? さっき私のこと見てた気がするんだけどなにか――」


 用でもあるの? そう続けようとしたら周囲が黄色く染まり、ビービーとやかましい音が鳴り響く。


『Emergency! Emergency! 結界内に許可されていない生命体の侵入を確認。対策プログラムの確認――――Error。結界内に他者が侵入するケースへの対策が設定されていません』


「なになになに!? ここから出ていった方が良いの!?」


 これだけ騒がしいのに誰も様子を見に来ないってことは、この音は外までは届いてない。やはりこの不思議空間に私が来たことがまずかったのかな。

路地から出ようとしたところ、腕にぬらりとした感触が。ちょっと何よ――って肩から腕が伸びて私を掴んでる。そういえば私を呼んだのこっちだったわね。


「観測者の権限では対応不可能と判断。管理者に対応を求む」


 黒い影が両手を広げると、その後ろに真っ暗な渦を巻く穴が開く。

そこに腕を伸ばし思いっきり何かを引き抜いた。


「へぶぅ――!!」


 穴から引っ張り出されたのは布を一枚だけ羽織った女の子。

思い切り地面に叩きつけられそうになったけど、黒い人の肩から伸びた第3の腕が頭の下に入り込む。

ぬるっとしてる分衝撃も少なそう。見た感じ怪我もないかな?

……ただなんていうか、この投げはすごく格好いいな!


「えーと? 大丈夫……?」


 とりあえず落ち着いてきたみたいなので声を掛けると、ようやく私と目が合った。


「ええ、無問題です。大丈夫じゃないとしたらただ1つ――どうもお見苦しいものをお見せしてしまってるようなので、ショーツの1枚でも頂けたらってとこですかねー」


 1度自分のむき出しになった下半身を確認したと思ったら無表情でこっちに向き直る。なにをしでかすか分からない表情に警戒せざるを得ないけど、それよりもまずは


「しょーつ……?」


 って何? うーん、なんとか力になってあげたいけど何が欲しいのかわからない。

色々考え込んでるのが不安になったのか、黒い人の拘束を解いた女の子が声をかけてくる。


「えーと……。つかぬことお伺いしますけど、ここってどこですか? ついでに何年かも教えていただけると助かるんですけど」


 場所はともかく今何年だっけ? あれ、私何年家に閉じ込められてたんだっけ? 自分の年齢すら出てこないって、結構やばくない? つなは知ってたというか私の年齢から陸奥守の任期を逆算してたから……19? 23ってことはないよね……?


「平安京の東市の外れよ。何年かと言われると……私の生まれが鴻鈞こうきん1990年で今19歳だから――ひい、ふう、み……鴻鈞2009年かな? 多分」


うん。19歳。2択なら若い方を取るのは仕方ない。


「えーと、鴻鈞暦……ですか? それっていつから使われてるかわかります?」


 やっば……何だろこれ。常識として教えられてたものをがっつり説明させられる感じ。間違えたらどうしようと、手のひらが汗で湿ってくるのが分かるわ。


「たしか昔大陸にあった【殷】っていう国を滅ぼした【周】って国の王様が、力を貸してもらった鴻鈞道人っていう偉い仙人様を称えて建国1年目を鴻鈞元年って定めた……とかそんな感じ?」


 そう伝えると目の前の女の子は、何やらブツブツ言いながらうつむいて考え込む。

それが突然ピタリと止まったかと思ったら、ガバっと私の方を信じられないものを見るような眼で見つめてきた。


 あれ、これは私の答えに間違いがあったかな? さすがにいくら自他ともに認める世間知らずの私でも、常識と思ってることを間違えてしまったとなると恥ずかしいが過ぎる。


「?」


 にっこりと。綱ばりの笑顔で私は何も間違えてませんよと主張する。

なのに目の前の女の子は落ち着くどころか、かたかたと小刻みに震えだす。

くそ、やはり綱の笑顔をお手本にしたのは間違いだったか……! 私から見ても胡散臭すぎるし!


「私がここで何をしていたかとのことでしたが、それにつきましてはこちらの上司から説明させていただきます」


 そんな気まずい雰囲気を打開してくれたのは他でもない黒い人だった。さっきまでビービー音を立て、わけの分からないことを言ってた人とは思えないしっかりした口調。

そう言えば対応を管理者に委ねるって言ってたっけ。


「すいません、状況がよくわかってないんですけど……もしかしてこいつがなにか迷惑おかけしました?」


「いや、なんか全身真っ黒な人がいるなーって見に来ただけなんだけど……」


「あーそうなんですねー……。それなら良かったです……ははは」


 なによこのよく分からないやりとりは! って、この子より私のほうが状況わかってるわけだし、こっちから積極的に話しかけてあげないと。


「それで結局あなた達はこんな市場の外れで何してるの?」


 あ、この子いなかったのに「達」とか言われてもわけわかんないか。私を邪魔者と見てたような黒い人と、私をここに留めようとした肩の腕の人。


「え!? い、市場、市場~……あ、そう! 私は占いやってるんですよ! 細い路地の方が雰囲気出るかな~なんて。そう、ここは運命に導かれた人しか入ってこれない場所で――」


 ……あ、話止まらないや。なんか適当に話してる感はあるけど、終わるまで聞かなきゃだめだよねやっぱり。


「――と、いうことで運命に導かれたお客様! なにかお悩みはありませんか!? 今ならなんと、初回特典で無料で占います!」


 あれから5分間、じっくりと話を聞いたわけだけど――。


 この占い師さん凄い! 頼りになる。絶対何でも解決してくれる! そっか~私、運命に選ばれちゃったか~。陸奥守になることは運命か~当然と言えば当然ですわ。


「よろしければお名前をうかがっても? 占いの材料になりますので」


「私? 頼光らいこよ。源頼光みなもとのらいこ


「源頼光……さん? えっと女性ですよね? それとも佩刀はいとうしてるので男性?」


「よく間違えられるけど、れっきとした女だよ。でも女で佩刀してるのってそんなに珍しい? つなは女の武士なんて珍しいものじゃないって言ってたけど」


 と、言ってみたけど実際どうなんだろ? ウチの屋敷にでは見たことないのよね。言ってるのが綱ってのも信頼ができない一因だし。まぁ今はどうでもいいか。


「それでどう? 私、陸奥守むつのかみになりたいんだけど、どうすればなれる?」


「そうですね。女性の武士が珍しくないのであれば、地道に手柄を立てていけばいずれは――」


「それじゃ遅いのよ!!」


 当然私が陸奥守になる最短の道を教えてもらえると思ったのに、返ってきたのは綱と同じ答えだったから思わず怒鳴ってしまった……。占い師さんなら『次の』陸奥守になりたいと理解してくれてると勝手に思ってたとはいえ反省しないと。


「今年現任の国司の任期が切れるの。次に選ばれなかったら最低でも4年待たなきゃダメ。私はこれ以上あの娘を待たせる訳にはいかない」


 改めて時間制限ありの思いであることを告げる。

他の人からしたら意味のない時間制限だけど、私にとっては絶対譲りたくない一線。ここを守り抜けるならどんな無茶でも辞さない覚悟はある!

目を閉じ、大きく息を吸って吐く。


「私は陸奥守になりたい……いや、ならなきゃいけない。これは私の友達との大切な約束だから。あなたとの出会いが運命だというのなら、どんなか細い道でも可能性を示して欲しい」


 とにかく親父まんじゅう覇成死合はなしあいで勝つことだけに必死だった今の私には知恵がない。それが甘えと言われたら反論できない。

それでもどんな不可能な道でも踏破するという意志はある!


「妖怪退治?」


「え?」


「そ、そう! たった今占いの結果が出ました。妖怪退治をしましょう。ほらほら、なんちゃら山のなんちゃら童子を退治すれば必ず想いは叶いますって」


「倒すべき相手が、かなり曖昧なんだけど……」


 しばらく考え込んだ占い師さんの結果が、なぜか口にした本人さえ疑問に思う感じだったのがなんか不安……。


「それは仕方ないことです。占いとは道を示すもので答えを与えるものではありません。しかしあなたが真に陸奥守にふさわしい存在なら、必ず成し遂げられるはずです」


 いや、違う。これは相当な試練の道のりってこと? 達成できるかどうかが疑問なだけであって、道筋としては確かってことじゃないかな!? 物語の英雄でしか辿れないような道筋、すなわち陸奥守になるためには英雄たれということ!


「なにもあなた1人で抱える必要はありません。綱さん、でしたっけ? 女性の武士は珍しくないって言ってた方と相談してみるのも良いのではないですか?」


「……なるほど。うん、それもそうね! ありがとう占い師さん。なにかお礼になるものを……砂金は綱に預けたままだっけ。他には――」


「あ、お礼とかほんと結構なんで。迷える子羊を救えればそれで結構です、はい」


「うーんそれじゃ私の気持ちが――……うん、分かったわ。今度会えたときには改めてお礼をさせてもらうってことでいい?」


 最初に無料で占うって言われたとはいえ、私なりの感謝の気持ちを伝えたかったんだけど、ここまで固辞されたら仕方ない。こういうとこも信用できるのよね。弟くんとかにも宣伝しといてあげよ。


「はい。そういうことで結構ですからお気をつけて」


 背中にかけられた優しい言葉を胸に、私は路地を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る