平安ファンタジー

さいたま人

序章

【混沌】混沌、理解のない上司と同僚に詰められる

「混沌。妾がうぬに何を望み、その身を生み出したのか分かっておるのか?」


「ええ。人間を繁栄に導くんですよね? 術を用いて、条件を変えた未来のシミュレーションを繰り返しておりますので結果を待っていただければ」


「うぬは妾が生み出した存在。妾の使う術のすべてを扱えるよう設定したが、それ故に妾の扱えぬ術はうぬにも扱えぬ」


「だから寝てくださいよ。寝りゃきっと使えますって」


 私のことを生み出した上司じょかに政務室まで呼び出され、今日もまた付き合わされる耳タコレベルで繰り返してきたアホくさいやりとり。

私自身詳しい仕組みはわかってないけど、たぶん脳みそのスペックを術に全振りできるとかそういう理由。睡眠中だけ仮想未来を観測する術が使えるわけだけど、完璧な上司様には睡眠なんて必要ないもんだから、ま~~~~~理解させるのが難しい。実際自分が全部正しいとも思ってるだろうし無理でしょこんなん。


「やれやれ凡愚の下らぬ言い訳で御身を煩わせるとは、女媧じょか様に対してあまりにも不敬だと思わないのか? 意味のわからぬ造語まで用いて恥を知ることだ」


 うざー……。上司の説教を聞かされるだけでもだるいのに、今日はこの全知(笑)までくっついてるもんだから最悪。


「造語じゃなくて西方の神様方の使う言語ね。ところでこの前作ってやった肉まんはうまかったかい? 異国の言語も料理の作り方も知らないくせに、何自分はすべてを識ってますみたいな態度でいられんだよ饕餮とうてつ。そんなんで『全知』とか名乗れるキミの恥知らずっぷりの足元にも及べないことには恥じ入ってしまうね」


「これだから凡愚は。すぐにバレる嘘をつけばなんとかなると思っている。猿の如き浅知恵よ」


 こいつは私でいうとこの術の代わりに、上司の持つ全ての知識を与えられた同期だったりするけど、逆に言えば上司の知らないことは知らない。なのに知らないことを言うやつが間違ってるという姿勢を崩さない。それどころかこっちを全力でバカにしてくるんだもん。そんな2人に囲まれたこの空間をなんと表現すればいいかって? 地獄だよ地獄。


 ぐうぅぅぅぅ~~~~……。

そんな緊張感に包まれる中、空気を読まずに自己主張する腹の虫。窓から覗く空はすっかり赤く染まってる。朝からずっと不毛なやり取り交わしてるんだし、許してもらえなきゃおかしい。


「混沌よ。不本意であるが、このままではうぬを失敗作と判断せざるを得ない。処分されたくなければ結果で示せ」


「ゆうて、文明も起こったばかりの人間相手に何しろって言うんですかね? しばらくは様子見でいいんじゃないですか?」


 私の質問を無視してずるずると蛇の半身を引きずって奥へと消える上司。あー、やっと終わったわ。


「それじゃあ饕餮。ちっとは新しい知識でもつけるんだねー」


「馬鹿馬鹿しい。全知たる我が得る知識などどこにもないわ」


 ドヤ顔かます饕餮に中指を突き立てながら部屋を出る。とりあえず何か食べないことには始まらないよなー。厨房に手軽に食べられるものなんかあったっけかな。



「きゅーーーー!!」


 厨房に入ると目に飛び込んできたのは、狂ったように鍋だ蒸籠せいろだをバンバン叩く腹は黄色、背中は緑の毛が生えた狸サイズの動物の姿。飯作れってことなんだろうけどさ、いつから待ってたのキミ。


「はいはい、調理器具を叩かない。壊れたら飯作れないんだぞー?」


 注意された途端、素直に従う緑の狸。

はっはっはいやつめ。全く話の通じない奴らを相手してた後だと、ほんとこの素直さは美徳だよ。


「ま、今日は料理する気起きないんだけどねー」


 そう聞いた途端「きゅきゅッ!?」と声を上げるや背中を駆け上がり、バンバン私の頭を叩きまくられる。


「んだよー。そりゃ腹減ってるんだろうし、うまいもん食べたいんだろうけどさー、こっちも朝から説教で疲れてんだよー。仲良く干し芋でもかじろうぜー?」


 こっちの提案は受け入れられないかー。全く頭叩くのを止める気ないわこの畜生。

癒やしの存在だし、なんとかしてやりたい気持ちはなくは――――待てよ? たしか先月肉まん作りすぎていくつか余ったよな。頭にそいつ乗せたまま吊り戸棚の扉を開く。


「どうだー? その辺に氷漬けの肉まん転がってないかー?」


 私の頭よりも高い位置にある戸棚に飛び移りごそごそ音がした後に「きゅー!」とご機嫌な声が響き、吊り戸棚から3個の肉まんが放り投げられる。


「さて……、冷凍肉まんなるものを試してみたはいいけど、蒸籠に直接いれていいのかね」


 表面の氷が溶けるたびに即再冷凍する術をかけてるから鮮度は問題ないにしても、調理の方法がいまいち分からん。

……まあ、表面の氷を全部取っ払って蒸籠で蒸せばなんとかなるだろ。失敗だったら次に活かせばいいさ。


「それじゃお湯を沸かしてっと……。あ、当たり前だけど私が2個でキミが1個な」


 「きゅー!」と頭の上で再び抗議する畜生を素早くキャッチ。

どうやら貴様には神の恐ろしさを教えてやらないとダメなようだなー?

蒸籠をセットし終えたし、後は待つだけというこの時間。私を止められるものなどいないのだよー! そらそらそら! ここか~? ここがええのんか~?


 15分ほど経過し、湯気とともに美味しそうな匂いが部屋を包みこんだところで腹を撫でる手を止めてやる。「きゅふきゅふ」という鳴き声とともに恍惚の表情を浮かべるそいつの前に、2つに割った肉まんを置いてやる。うん、なかなかうまく出来てるみたいで良かった良かった。


「それじゃあなー。焦って舌火傷すんなよー?」


残りの肉まんを皿に移し、私は厨房を後にした。

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